第2章(JOKERサイド) 始動! 怪人捕獲作戦!!
2-①
「・・・・・・のわぁぁぁっ!?」
バリカンを頭に当てた瞬間、俺は目を覚ました。慌てて周囲を見回し、今いる場所が自分の部屋だと確認すると、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・なんだ、夢か」
ま、そりゃそうか。怪人や正義のヒーローなんて現実にいるわけな・・・
“もしゃっ”
ベッドから降りようとして何かを踏んづけた。ゆっくりと視線を足元に向けると、足の下にまるで髪の毛のような黒い塊が・・・・・・いや、髪の毛ようなと言うか、これ・・・・・・髪の毛だあああああ!!
俺は雄叫び上げながら洗面所まですっ飛び、洗面台の前に立った。恐る恐る顔を上げると、そこには、まるで鏡に映したかのように、俺に瓜二つのお坊様がパジャマ姿で立っておられた。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁっ!?」
俺の悲鳴を聞きつけて母親と弟がやってきた。
「もう、朝っぱらから何騒いでるのよ」
「ななな、何で俺の頭こんな事になってるんだよ!? 一体誰が!? 何の目的で!?」
「何言ってんだよ・・・兄ちゃんが自分でやったんじゃないか」
弟は中学二年生で野球部で坊主頭である。弟の証言によれば、どうやら俺は家に帰ってくるなり、弟からバリカンを借り、「遭遇したら坊主・・・」と、うわ言のように繰り返しながら、それはもう、黙々と、粛々と、一心不乱に頭を丸刈りにしたらしい。
「結構似合ってるじゃない」
母と弟はケラケラと笑っているが、こちとら笑い事ではない。誰かに突然丸刈りにした理由を聞かれたら何と答えれば良いのだろう。まさか、「本物の怪物と遭遇したから」などと言うわけにもいくまい。それに、本物の怪物と遭遇したら丸刈りにする必要があるのか分かる人間など地球上にいないだろう・・・何しろ当の本人が分かっていないのだから。
「二人とも、早く着替えてご飯食べちゃいなさい」
「はーい、兄ちゃん行こう」
「お、おう」
制服に着替え、弟と二人で朝食をとったが、俺は半ば放心状態だった。それにしても・・・昨日見た光景は本当に現実だったのか。いまだに信じられない。
「食べたら学校行きなさいよ」
母の言葉にハッとした。そうだ、竹内に会えば昨日の事が本当にあった事なのか確かめられる。俺は味のしない朝食をかき込むと急いで家を出た。全身から汗が噴き出すほど全力疾走しているのに、頭だけが涼しい・・・・・・ちくしょー!!
学校に行く道の途中に昨日の〈この先工事中・絶対に通行禁止〉の看板が立っていた。俺の前を歩いていたサラリーマンが看板を見て進行方向を変えたが、俺は看板を無視して先に進んだ。俺には確信めいたものがあった。やはり、工事などしていなかった。
2-②
2―bの教室に入ると、見慣れない坊主頭の男が「トカゲ男に遭遇した」と騒いでいた。5秒程そいつの顔を見てようやく俺は気づいた。竹内よ・・・・・・お前もかっ! ・・・・・・と言うか、お前が坊主になるのはおかしいだろ!!
「おはよう」
「さっ、桜井さぁぁぁぁぁん!?」
俺が教室の入り口で呆然としていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには、クラスメイトの桜井由香里が立っていた。
桜井さんは、肩まで伸びた艶やかな黒い髪、ぱっちりとした目が印象的な美少女で、入学式の日に一目見た時から俺は激しく恋に落ちた。俺は、桜井さんを一目見るために毎日登校していると言っても過言ではない。
「ど・・・どうしたの、その頭?」
桜井さんが首を傾げながら聞いてくる。あぁ・・・・・・恋の女神のなんと残酷なことか! よりにもよって一番聞かれたくない質問を一番聞かれたくない相手に・・・終わった・・・俺の恋はたった今終わりを告げた。
俺はこの瞬間、次にトカゲ男と仮面カイザーに遭遇したら、二人ともボコボコに叩きのめした後、コンクリート詰めにして海に沈める事をキリストとブッダと八百万の神々に誓った。
「い、いやぁ、いろいろあって・・・・・・」
「・・・・・・意外と似合ってる! むしろ前より全然カッコイイよ、うん!」
しどろもどろになっていると、桜井さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。
い・・・・・・イヤッホォォォォォウ!!
俺はこの瞬間、5秒前の誓いを全面白紙撤回して、トカゲ男と仮面カイザーに山より高く、海より深く感謝した。でかした恋の女神っ!
「おはよー!」
“ぺちーん!”
俺が悦に浸っていると、突然誰かに頭をはたかれた。振り返ると、長い髪を後ろで束ねた小柄な女子がいた。クラスメイトの上原恵だ。
「どないしたん、ひろひろ頭ハゲてるやん、仏門にでも入んの?」
恵は高一の時に大阪の高校から転校してきた。一体何がそんなに楽しいのか、年中無休で全方位360度に元気を撒き散らしているような奴だ。メガネが似合っていて、“黙っていれば”結構可愛い部類に入るのだが、まあ桜井さんとは比ぶべくもない。俺は桜井さん一筋なのだ。
「放っとけ!」
「仏門だけに? ・・・ぷぷぷ!」
「面白くねぇから! つーか、俺の事“ひろひろ”って呼ぶのやめろ!」
「意外と、に・・・似合ってるやん、って言うか、ま・・・前より男前・・・・・・あかん我慢でけへん! アハハハハハ!」
「ぶっとばすぞこの野郎!」
「えぇー、ゆかりんの時と態度ちゃうやん! ヒドいでござるよ、一休どのー・・・・・・なむなむ」
「誰が一休さんだ! つーか手を合わすんじゃねぇ!」
恵がしげしげと俺の頭を見た。メガネの奥の瞳が興味津々だと言っている。
俺は逃げるように自分の席についた。竹内は相変わらずトカゲ男に遭遇したとクラス中に触れ回っていたが、みんなの反応は呆れているか、面白がっているかのどちらかだった。まぁ、当然の反応だろう。
「だーかーらー、ほんとに見たんだって。ほら、正木も坊主になってるでしょ!」
クラス中の視線が俺に集まる。指を指すんじゃねぇこのハゲ! ・・・・・・あっ、俺もかちくしょー!!
「竹内、ちょっと来い」
「何するんだよ」
竹内を非常階段まで引っ張っていった。周囲に人がいないのを確認し、竹内の両肩に手を置いた。
「残念だが、お前の頭を見れば昨日の事が現実だと認めざるを得まい。でも、みんなに信じてもらうのは無理だ」
「証拠ならあるんだ」
「確かに本物のトカゲ男が現れたら丸刈りにするとは言ったけどよ、俺やお前が坊主になったからって・・・・・・」
「違うって、トカゲ男の姿をカメラにバッチリ収めたんだよ」
竹内はズボンのポケットから携帯を取り出して俺に見せた。確かにトカゲ男がバッチリ写っている。写ってはいるのだが・・・
「竹内・・・この写真じゃ皆に信じてもらうのは無理だ」
「そんな、一体どうして!?」
「いや、どうしても何も・・・お前これ、スーパー美顔モードで撮影してんじゃねえか。何かトカゲ男おめめパッチリになってるし!」
「うっ」
「何かトカゲ男の肌ツヤッツヤしてるし!」
「ううっ」
「何か全体的にキラッキラしてるし!」
「うううっ」
「ネットで拾って来たか、自作自演だと思われるのがオチだ!」
「むう・・・・・・」
竹内は黙り込んでしまった。
「・・・・・・よし、決めた!」
「あん?」
「トカゲ男を捕まえる。正木、協力してくれ!」
いきなり何を言い出すんだ、コイツは!?
「いやいやいやいや、無理に決まってんだろ。相手は化け物なんだぞ!」
「正木は嘘つき呼ばわりされたままで良いの?」
いや、それお前だけだし。第一どうやってあんな化け物を捕まえようというのか。
その時、予鈴のチャイムが鳴った。まだ竹内には言いたい事があったが、とりあえず教室に戻った。竹内は授業中もずっと何かを考えている様子で、休み時間中もクラスメイトに何かを聞いて回っていた。
2-③
放課後、竹内に図書室に呼び出された。普段は読書や勉強をする生徒で賑わう図書室だが、今日はほとんど人がいない。それだけに部屋の中央で腕を組んで仁王立ちしている竹内の異様さが際立っている。
「よく来たな、同志よ!」
「ちょっ、声がでけーよ。つーか、誰が同志だ! 司書さんめっちゃ睨んでるから」
「これを見てもらいたい!」
「無視か!?」
竹内は手に持っていた紙を机の上に置いた。どうやら昨日トカゲ男と遭遇した場所の周辺地図のようだ。図書室のパソコンからプリントアウトしたのだろう。地図にはいくつか×マークが書き込まれている。竹内は地図の一点を指した。
「ここが、昨日僕達がトカゲ男と遭遇した場所ね」
地図に赤い×が書き込まれている。
「で、こっちの黒い×が工事中の看板で封鎖されていた道」
なるほど、休み時間にクラスのみんなに聞いて回っていたのはこの事か。
「何か気付かない?」
「・・・・・・赤い×を取り囲むように黒い×があるな。あと、お前ズボンのチャックが全開だぞ」
「その通り、僕達がトカゲ男と遭遇した場所に続く道は全部封鎖されてたんだよ。これは大きな陰謀の匂いがする!」
「お前は今すぐ耳鼻科に行けよ!」
まあ、確かに赤い×からだと、どの道を通っても必ず黒い×に行き当たる。まるで、トカゲ男の出現場所に人が近づかないように封鎖しているかの様だ。
「つまり、あの看板を辿ればトカゲ男に行き着くって事だよ。ふっふっふ、トカゲ男め、このUMA(未確認生物)ハンター、竹内巧から逃れられると思うなよ」
自分に酔っているのがヒシヒシと伝わってくる。この男はチャック全開で何をカッコつけているのか。
「ああそう。頑張れよ。俺は帰るわ」
「ちょっ、待ってよ」
「馬鹿馬鹿しい、俺はダラダラするので忙しい」
「馬鹿なの!? もしトカゲ男を捕まえたら、歴史に名を残せるかもしれないんだよ」
「それが馬鹿馬鹿しいって言ってんだよ。大体、あんなもんどうやって捕まえるんだこの馬鹿!」
「馬鹿が馬鹿な真似をするのは大自然の摂理じゃないか。肉食獣が肉食をべずにいられないのと一緒さ!」
「わけの分からん事を・・・・・・この馬鹿!」
「馬鹿馬鹿うるさいこのハゲ共! 勉強の邪魔やー!」
俺達が言い争っていると、いきなり後ろから硬い物でぶん殴られた。振り返るとそこには恵がいた。大の勉強嫌いの恵が図書室にいるとは珍しい。しかしながら、勉強と言いつつ、その手に持っているのは動物図鑑だった。勉強してたとか絶対ウソだ。
「さっきから二人してチャック全開で何騒いでんねん、このハゲ! 図書室では静かにしろっ!」
「うおっ!?」
「はうあ!?」
俺達は慌ててズボンのチャックを閉めると、逃げるように図書室を出た。
「ねぇ、頼むよ。協力してよ」
「断る。俺は絶対協力しないからな!」
と・・・竹内とそんなやり取りをしていたのが、昨日の事である。そして現在、俺と竹内の目の前では、またしてもトカゲ男と仮面カイザーが闘いを繰り広げていた。
2-④
「絶対に協力しないからな!」とは言ったものの、結局竹内の事が心配になった俺は、怪人捕獲作戦とやらに付き合っていた。何しろ俺はトカゲ男に殺されかけているのだ、竹内が無茶をしようとするなら止めなければならない。自分で言うのもなんだが、友達思いだなぁ、俺。
捕獲作戦開始の翌日、早くも俺の携帯に、『例の看板を探し当てた。至急、指定のポイントに来られたし!』というメールが届いた。
竹内からのメールを読んだ俺は、竹内に指定されたポイントにやって来た。現場は竹薮と田んぼに挟まれた一本道だった。竹内は先に準備をしておくと言っていたが、姿が見当たらない。
その時、道路脇の竹藪から、黒い影が飛び出してきた。
「のわっ!?」
驚いて思わず尻餅をついてしまった。
「なんだ、チュパカブラじゃないのかぁ」
「お前・・・何なんだそれは!?」
竹内は、右手に金属バット、体には剣道の胴、左肩に黄色と黒のロープの束、そして顔にはジェイソンばりのホッケーマスクという怪しさ爆発の格好をしていた。
警察に目撃でもされようものなら補導されかねない。いや、確実に補導される。俺が警官なら間違いなく補導する。無茶をするつもりなら止めなければと思っていたが・・・・・・案の定、無茶をする気満々だ。この男は一体何をやっているのか。
「それはこっちの台詞だよ! 正木隊員、チュパカブラを甘く見るんじゃないっ! 全く・・・・・・しょうがないなあ」
竹内はフッと笑うと、自分とお揃いのホッケーマスクをそっと差し出してきた。
「アホかっ!!」
なんと、竹内は捕獲用ネットと称して、ハンドボール用のゴールネットまで用意していた。どうやら体育倉庫の備品を拝借してきたらしい。もはや狂気の沙汰である。
俺達は、出現予測地点の近くの竹薮で身を潜めて待機する事にした。やぶ蚊の大群と竹内のくだらない未確認生物の話が1時間を超え、俺の我慢は限界を迎えようとしていた。
あぁ・・・もしも隣にいるのが桜井さんだったら、たとえ襲いかかって来るのが、やぶ蚊ではなくオオスズメバチの大群だろうと、何時間でも一緒にいられるのに。
しかしながら、今俺の隣にいるのは桜井さんではない、金属バットを握り締めたジェイソンもどきだ。念の為もう一度よく見てみたが・・・・・・うん、やっぱり金属バットを握り締めたジェイソンもどきだ。
「・・・もういい、帰るぜ俺は!」
「ちょっと待って!」
「うるせえ、この腐れジェイソンがっ!」
「・・・あれ!」
竹内の指差した先を見ると、トカゲ男が物凄い勢いで走って来て、道路脇に立っていた電灯にドロップキックを食らわせた。
その後、立ち上がったトカゲ男は間髪入れずに凄まじいナックルパートの連打を見舞う! ・・・電灯相手に。
トカゲ男の攻撃は尚も続く、今度は素早く後ろに回り込みコブラツイストでギリギリと締め上げる! ・・・電灯相手に。
しばらくして、コブラツイストを解いたトカゲ男は、鞭の様なしなりの鋭いローキックを入れ始めた! ・・・電灯相手に。
親を電灯に殺されでもしたというのか、トカゲ男は一心不乱に電灯を攻撃し続けている。一体、さっきからトカゲ男は何をしてるんだ!?
「よし、僕の予想通り」
竹内に突然金属バットとホッケーマスクを手渡された。
「じゃあ、これで後ろから一発ガツンとやってきて!」
「えーっと・・・・・・・・・・・・俺!?」
「チュパカブラが怯んだ隙に、僕が捕獲用ネットで動きを封じて、さらに上からロープで縛って捕獲完了だ」
「む、無理だって、警察呼ぼうぜ」
「ここまで来て、何言ってるんだよ!」
「じゃあ、お前がバットやれよ!」
「はぁ!? 正気なの!? チュパカブラはあの鋭い牙を獲物に突き立てて、それはもう、えげつない程生き血を啜るんだよ!? 怪我したらどうするのさ!?」
「てめぇ、ふざけんな!」
“変・・・身ッ!!”
俺達が言い争っていると、突然、どデカイ声がした。声のした方を見ると仮面カイザーが銀色のバイクに跨り、猛スピードでトカゲ男に向かって来るのが見えた。
銀色のバイクはトカゲ男に突っ込み、トカゲ男の体が宙を舞った。仮面カイザーはバイクから降りてポーズを取り、名乗りを上げた。
「悪を斬り裂く鋼の刃、仮面カイザー見参ッ!」
俺達が仮面カイザーの登場に呆然としていると、仮面カイザーが現れたのと反対側から、更に思いがけないものがやって来た。
「現れたわね、仮面カイザー!」
仮面カイザーに続き、今度は黒い仮面を付けた謎の女が現れた。謎の女は、黒のゴスロリっぽい衣装に身を包み、額に二本の角がある黒い仮面で口から上を隠していた、まるで特撮番組の悪の軍団の女幹部みたいな格好だ。
俺達は捕獲作戦を一時中断して事の成行きを見守る事にした。
「お前たちの悪事はこの私が叩き潰す!」
「ふん、今日こそ地獄に送ってやるわ! 行けぇっ、トカゲ男!」
もう何がなんだか。何この特撮番組みたいな展開。
唖然とする俺たちをよそに、仮面カイザーとトカゲ男の闘いが始まった。
闘いは前回同様、仮面カイザーがトカゲ男を終始圧倒していた。前回と違うのは、仮面カイザーはどういうわけか、トカゲ男に対して、執拗なまでに関節技を繰り出している事だ。なんとか逃れようとするトカゲ男に対して、流れるような動きで次々と関節技を極めてゆく。
全身の関節を痛めつけられて、もはやトカゲ男は立っているのもやっとと言った様子だ。仮面カイザーが必殺技の構え取った。
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・キィィィック!」
「ギャアアアアアーッ!」
カイザーキックの直撃を受けたトカゲ男は、断末魔の叫びを残し、灰になって消えた。俺達は、この冗談のような光景を呆然と見ていた。
トカゲ男を倒した仮面カイザーは謎の女の方を見た。
「とうとう追い詰めたぞ・・・ブラックローズ!」
「くっ・・・こうなったら私が直接相手をしてあげるわ!」
ブラックローズと呼ばれた謎の女が、腰に吊るしていた先端に小さな錘の付いた鞭を取り出した。更なる激闘の予感に俺達は息を呑み、そして次の瞬間、女の振るった鞭は唸りを上げて、自分のスネに襲い掛かった。
「いっっっっったぁぁぁぁぁーっ!!」
うっわぁぁぁー、痛い。コレは痛い。あの仮面の下絶対涙目だな、うん。
スネを押さえて地面をのたうち回る謎の女を見て、俺は思わず自分のスネをさすった。
盛大な自爆によって悶絶する敵を前に、仮面カイザーも戸惑いを隠せないようだ。それにしても、敵があれだけ隙だらけなのに攻撃しないとは・・・・・・さすが正義のヒーロー。
妙な空気が流れる中、謎の女がスネをさすりながら再び立ち上がった。
それを見て、仮面カイザーも気を取り直して構え直した。謎の女が再び鞭を振るって仮面カイザーに襲いかかる。
「たあっ! とりゃあっ! せいやっ! はあっ! うりゃあっ! そいやっ!」
だがしかし、何度振るっても、ただ立って構えているだけの仮面カイザーに、女の鞭は当たらない。
女が忌々しげに呟いた。
「くっ、ちょこまかと・・・」
してませんけど!? 仮面カイザー、微動だにしてませんけど!?
早い話が武器をまったく使いこなせていないのである・・・・・・もう直接ぶん殴りに行けよ。
「あっ!?」
そうこうしているうちに女はとうとう鞭の先端を掴まれた。仮面カイザーは掴んだ鞭を、謎の女ごと頭上でカウボーイの投げ縄のようにぶん回した後、掴んでいた鞭を放した。女の身体が宙を舞い、俺達が潜む竹薮に突っ込んできた。
「わぁぁぁぁぁー・・・・・・・・・あうっ!?」
「ぐへぇ!?」
「ほげぇ!?」
俺と竹内は突っ込んできた謎の女と派手に激突した。激突した拍子に女の仮面が外れ、宙を舞った。
「痛たたた・・・・・・はうあ!?」
よろよろと立ち上がった女の顔を見て俺達は思わず声を上げた。
「め、恵!?」
「恵ちゃん!?」
メガネこそかけてはいなかったが、女は恵にそっくりだった。謎の女(恵?)は俺達に気付くと、慌てて足下に転がる仮面を装着し、逃げるように再び戦いの場に戻った。
戻ったはいいが、やはり謎の女(恵?)の攻撃は当たらない。
「正木、あれ!」
竹内の指差した先を見ると、仮面カイザーが腰を落として必殺技の構えをとっていた。まさか・・・カイザーキックを食らわす気なのか!?
あんなもん喰らったら、謎の女(恵?)は間違いなく死んでしまう。俺は咄嗟に手にしていたホッケーマスクを被ると、慌てて竹薮を飛び出した。
「必殺っ・・・カイザァァァ・・・」
「待てこの野郎!」
「!?」
“どぼーん!”
俺は、決死の体当たりで仮面カイザーを田んぼに突き落とした。
「今だ、逃げろーっ!」
「くっそー、覚えとけ仮面カイザーのアホーっ! ボケーっ! カスーっ!」
謎の女(恵?)が突然関西弁になった。やはり恵なのか。謎の女(おそらく恵)は捨て台詞を残すと逃げ出した、が・・・
「足遅っ!?」
謎の女(おそらく恵)は腕をあまり振らず、内股気味に走る、いわゆる女の子走りで走っていた。実は、恵はクラス一の運動オンチなのである。走り方を見て、俺はますます謎の女が恵であるという確信を深めた。
そうこうしているうちに、仮面カイザーは田んぼの中から立ち上がり、謎の女(ほぼ間違いなく恵)を追いかけようとしていた。少しでも時間を稼ぐべく、俺は仮面カイザーに背後からしがみついた。10秒近く頑張ったのだが、凄まじい力で投げ飛ばされ、地面で思いっきり背中を打ってしまった。息が詰まり、思わず涙目になる。地面固ぇ!
だが、なんとか時間は稼げたはずだ。
そう思って女の逃げて行った方向に視線を移すと、謎の女(ほぼ間違いなく恵)はわずか30m程先で息切れして立ち止まっていた。
さ、30m走ったくらいで息切れしてんじゃねえー!
仮面カイザーは俺を一瞥すると、謎の女(ほぼ間違いなく恵)の方を向いた。
もう駄目だ、あいつの足で逃げ切るのは絶対無理だ!
諦めかけたその時、仮面カイザーの頭上から何かが降ってきた。竹内が投げた「対怪人用捕獲ネット」だった。上手い具合にネットの網目が仮面カイザーの頭部のアンテナや各部の突起に引っ掛かった。
「くっ、何だこれは!?」
「今だ!」
「おう!」
「・・・ダブルキィィィック!」
「・・・ダブルキィィィック!」
“どぼーん!”
俺は竹薮から飛び出してきた竹内と共に、ネットを外すのに苦戦している仮面カイザーを再び田んぼに蹴落とした。俺達が時間稼ぎをしている間に謎の女(ほぼ間違いなく恵)は逃げる事ができたようだ。俺達は、ついでに仮面カイザーのバイクも田んぼに突き落としてから、全力でその場から逃げだした。