第1章(ヒーローサイド) 変身! 正義のヒーロー!!
1-①
“私”こと桜井由香里は、戦国時代から続く正義の味方の家に生まれ、物心ついた時からヒーローになる為の戦闘訓練を積み、正義のヒーロー、仮面カイザーとして人間の自由の為に悪の秘密結社と戦う高校2年生である。
小説やマンガだったら、読者に「突拍子もない設定にすれば良いってもんじゃねーよ」とツッコまれてしまうような、高校2年生だ。
私は泉市立城山高校へと続く長い坂道を登っていた。
今週も無事に学校生活をスタートする事が出来る。私は月曜日が待ち遠しくて仕方ない。
「正木、とうとうこの近くにも出たよ!」
「トカゲ男の話なら遠慮しとく」
二年b組の教室に入ると、長髪のひょろっとした男子生徒が興奮した様子で、髪の短い男子生徒に話しかけていた。
ひょろっとしている方がクラスメイトの竹内君、髪の短い方が同じくクラスメイトの正木君だ。
竹内君はオカルトや都市伝説が好きらしく、正木君に、ここ最近泉市を騒がせている怪人、トカゲ男の話をしていた。
「ねぇ、アレどう思う?」
正木君達をぼんやり眺めていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、柔和な顔つきをした背の高い男子生徒がいた。
士多正守君・・・彼もまた、古くから続く正義の科学者の家に生まれ、弱冠17歳にして、仮面カイザーの変身ベルトや仮面カイザー用の超高性能バイクを開発した超天才で、その類い稀なる頭脳と技術力で、私の戦いをサポートしてくれている。
「もしかしたら、悪の秘密結社の怪人かもしれないよ?」
「ええ」
竹内君はかなり熱心に語っていたが、正木君はうんざりした表情で話半分・・・・・・いや、話4分の1くらいといった感じで聞き流している。それを見ていた士多君が言った。
「まぁ、信じられないのも無理ないだろうけど、正木君みたいに「そんなのいるわけない」と言って行動するタイプは、実際に怪人に遭遇したら状況を理解する間も無く真っ先に殺される割合が高いんだよね」
トカゲ男・・・か。士多君の言うように、もしかしたら、悪の秘密結社の生み出した怪人かもしれない。この前捕まえた引ったくり犯みたいに、フランケンの被り物しているだけなら良いけど・・・・・・いや、良くないか。
「士多君、今日から町の見回りを強化しよう。この前の引ったくり犯みたいに、タチの悪いイタズラなら私の正義の心で改心させなきゃ!」
「正義の心ねぇ・・・」
士多君がじとーっとした視線を向けてきた。
「な、何よぅその目は!?」
「いや、確かにあの引ったくり犯、“二度としません”って言ってたけど、あれ単にボコられて命乞いしてただけなんじゃ・・・」
「えー、そんなわけ無いじゃん。どう考えても私の燃え滾る正義の魂に胸を打たれての事でしょー」
「いやいやいや、どう考えても君のやたらと重いパンチで胸を打たれたからだよ、なんか呼吸音おかしかったし! 目を白黒させてたし! めっちゃ血ヘド吐いてたし!」
「まっさかー」
「じ、自覚無しか・・・で、怪人だったら?」
「もちろん倒す! 絶対倒す! 超倒す!!」
視線の先では、正木君が竹内君に「本物の怪物に遭遇したら坊主にしてやるよ!」と言っていた。
と・・・まぁ、こんな事があったのが今朝の事である。そして現在、私はクラスメイトを守るため、トカゲ怪人と戦いを繰り広げていた。
1-②
話は少し前に遡る。学校から出た私は、正義の秘密組織、ジャスティスの泉基地に向かった。ジャスティスは、人々を悪の軍団の魔の手から守るために極秘裏に結成された正義の秘密組織で、全国に秘密基地が存在する。ここ泉基地には現在、5人一組の戦闘歩兵部隊〈ジャスティストルーパー隊〉が12チーム60名、科学班や整備班、医療班や情報収集班などのサポートチーム約140名の計200名ほどの隊員がいる。そして、ジャスティスは、仮面カイザーの変身ベルトを始めとする、「その気になれば世界征服出来るんじゃね? いや、割とマジで」と言う隊員が後を絶たない程の数々の超兵器を開発・保有している。
ちなみに、基地の場所は、秘密基地なので秘密である。
両親は極秘任務で家族の私ですら連絡手段がない。両親不在の住所不定では怪しまれるので、一応ジャスティスが所有している学校の近くのアパートが私の住所という事になっているのだが、どっちかと言うと、秘密基地で寝泊まりする事の方が多い。
基地に到着し、荷物を基地内の自分の部屋に置くと、私はオペレーションルームに向かった。
オペレーションルームでは、先に来ていた士多君が変身ベルトの調整をしてくれていた。
「やぁ、来たね。整備は万全、いつでも出撃できるよ!」
「いつもありがと」
私は、変身ベルトを受け取った。
「で、今日は怪人はいそう?」
士多君が、泉市の地図を表示したタブレットの画面をこちらに向けてきた。
「うーん・・・・・・なんかこの辺りにいそうな気がする」
私は少し考えた後、学校から徒歩30分ほどの場所を指差した。
ヒーロー番組じゃあるまいし、山勘で動き回って悪者と遭遇する確率ってかなり低いのではないかと思う人もいるだろうが、実は私には最近身に付いた不思議な特技がある。怪人の気配を察知出来るようになったのだ。毎回、というわけではないし、怪人を前にしても何も感じない事もあるのだが、突然不穏な気配を感じる事があり、そして不穏な気配を追って向かった先には、かなりの確率で怪人がいるのだ。まぁこれも、日頃の厳しい鍛錬と、私の燃える正義魂の成せる業に違いない。
士多君は、私の怪人に対する察知能力と言うか、勘のようなものの事を“正義勘”と名付け、そのメカニズムを解明しようとしている。
「じゃあ、行ってきます!」
ヒーローは正体を知られてはならない。正体を隠す為に、更衣室で制服から皮ジャンとジーンズに着替えると、ジャスティスが開発したスーパーバイク、〈シルバーバレット〉に跨がり、私は秘密基地を出発した。
1-③
そして話は現在に戻る。
案の定! 超案の定だ!!
パトロール中に不意に嫌な気配を感じ、気配の強くなる方へとシルバーバレットを走らせていたら、やっぱり怪人がいた。しかも、正木君と竹内君がトカゲの怪人に襲われている。視線の先では、転倒して逃げ遅れた正木君がトカゲ怪人に上から押さえ付けられていた。
“正木君みたいなタイプは真っ先に殺される”
今朝の士多君の言葉が頭をよぎる・・・・・・そうはさせるかっ!!
正木君を救出すべく、シルバーバレットのアクセルを全開にしてトカゲ怪人に突撃する。
「・・・・・・・・・ふんっ!」
“どん!!”
私は、正木君に激突する寸前でシルバーバレットをジャンプさせ、バイクでの体当りで怪人を吹っ飛ばした。
「大丈夫か!?」
私は正木君に声をかけた。今被っているフルフェイスヘルメットには正体を隠すためのボイスチェンジャーが内蔵されている。正木君には私の声は、野太い男性の声に聞こえているはずだ。
「は・・・ハイ」
良かった・・・どうやら無事みたいだ。正木君の無事を確認した私はシルバーバレットから降り、変身ベルトを腰に装着した。
「変・・・」
息をゆっくりと吐きながら、変身ポーズを取る。別にポーズは取らなくても変身出来るのだが、出来る出来ないの問題ではない。これをやらない事には、カッコ良さが半減してしまう。
「・・・身ッ!!」
身体が光に包まれ、次の瞬間には、私の身体には銀色の装甲が装着されていた。その間僅か0.05秒!
変身を終えた私は、決めポーズを取って名乗りを上げた。
「悪を斬り裂く鋼の刃、仮面カイザー見参ッ!!」
別に名乗りを上げる必要は無いのだが、必要不必要の問題ではない、これをやらない事には、カッコ良さが激減してしまう。
「危ないから隠れていろ!」
私は、正木君と、彼を助け起こしに来た竹内君にそう言うと、トカゲ怪人に突進した。
トカゲ怪人が鋭い爪と鞭のような尻尾で襲い掛かってきた。当たればダメージは免れないだろう。だが・・・・・・あまりに遅い!
トカゲ怪人が繰り出してきた右ストレートを態勢を低くして躱しながら、カウンターのパンチをボディに叩き込んだ。自らの突進のエネルギーと、パンチの衝撃をモロに受けたトカゲ怪人の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
・・・・・・とどめだ!
「必殺っ・・・カイザァァァ・・」
私は腰を低く落とし、私の最も得意とする必殺技、〈カイザーキック〉のポーズを取った。
その間にトカゲ怪人はよろよろと立ち上がり、正木君達が隠れている方に向かって逃げ出した。
ポーズが終わる直前、恐怖に駆られた正木君が叫びを上げた。
「早く蹴れぇぇぇぇぇ!!」
「っ!?」
ジャンプに入るタイミングが狂った。明らかに高さとスピードが足りない。これでは威力が半減してしまう。怪人を仕留められるのか・・・とにかく、やるしか無い!
「キィィィック!!」
私は、ジャンプの最高到達点で、前方に一回転すると、飛び蹴りの姿勢でトカゲ怪人目掛けて急降下したが、正木君の絶叫で攻撃に気付いたトカゲ怪人に、すんでの所でかわされた。すかさず追撃に移ろうとしたが、トカゲ怪人が突然こちらを振り返り、両眼から眩い光を放った。
「くっ!?」
モニターが真っ赤になって視界を奪われてしまった。こうなってしまっては防御態勢を取るしかない。迂闊に動くのは危険だ。
数秒後、視界が回復した時には、トカゲ怪人の姿は既に消えていた。私は放心状態の正木君達に、「今見た事は忘れろ」と言い残して、シルバーバレットで怪人の後を追った。