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仮面カイザー戦記  作者: 通 行人(とおり ゆきひと)
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第6章(JOKERサイド) 尾行! 仮面カイザーは誰だ?

 6-①


 翌朝、俺はカイザーブレードを振りかざしながら突進してくる仮面カイザーの夢で跳び起きた。全身が汗でぐっしょり濡れている。体の震えが止まらない。今頃になって、昨日俺は命の危機に晒されていたんだなという実感が湧いた。

 俺はのろのろと着替えを済ますと家を出た。高校に続く坂道でクラスメイト達が俺を追い越して行ったが、挨拶を交わす気力も無い。俺は重い足取りで校門をくぐった。

 校門をくぐって、2―bの教室の前まで来たとき、ただでさえ低いテンションが更に下がる光景があった。教室の前に人だかりが出来ている。

 俺には思い当たる節があった。他のクラスの連中をかき分け教室に入ると、壊れた恵の机が目に飛び込んできた。いや、恵の机は壊れていると言うか、それはもう見事に“スパッ”と真っ二つになっていた。こんな事ができるのはもちろん奴しかいない。

 呆然と突っ立っていると突然後ろから耳を引っ張られた。振り向くと、竹内と怒りの形相をした恵が立っていた。

「ちょっと来んかい!」

「痛ででででで」

 俺は、恵に非常階段まで連行された。

「真っ二つやん! ウチの机・・・真っ二つやん!」

「やったのは俺じゃなくて仮面カイザーだろうが!」

「ひろひろがウチの机に爆弾しかけたとか言うからやろ!」

「馬鹿野郎、ああしなかったら俺達が真っ二つにされてるところだぞ!」

「うるさいハゲ!」

 今度は両頬を引っ張ってきた。

「何しやがるこのチビ!」

「ぎゃー!」

 俺がアイアンクローで応戦していると、竹内がぽつりと言った。

「・・・何で、仮面カイザーは恵ちゃんの机を真っ二つにしたんだろう」

「あぁ?」

「そんなもん、このアホ坊主がウチの机に爆弾仕掛けたとか言うたからや!」

「誰がアホ坊主だコラァ!」

「ぎゃー!」

「そうじゃなくて、仮面カイザーはどうしてあの机が恵ちゃんの机だって分かったんだろう? 確か、あの時は“城山高校の上原恵の席”としか言ってないはずだよ」

 言われてみれば・・・城山高校は1クラス約40人×3クラス×3学年で生徒だけでも約360人もいるのである。しかも“上原恵”という人物が教師だという可能性だってあるし、そもそも俺が全くのデタラメな名前を言っているという事も考えられる。しかし、竹内の話では2―b以外の教室は荒らされた様子はなく、被害に遭ったのは恵の机だけだと言うのだ。   

 つまり、仮面カイザーは俺達との戦いのあと、まっすぐに城山高校2年b組の教室に来て、迷わずに恵の席を一刀両断したという事になる。

「まさか・・・仮面カイザーは俺達の学校の誰かって事か!?」

「それも・・・ウチのクラスにいる可能性が高いね」

「何ぃ!?」

「だって、ウチのクラス昨日突然席替えしたじゃん。どこの席に誰が座っているかを知っているのはウチのクラスのメンバーだけだよ」

「なるほど・・・・・・よっしゃ、ウチが仮面カイザーの正体を暴いたる!」

 そう言うと恵は教室にすっ飛んで行き、数分後、一枚のメモを持って帰ってきた。そのメモには4人の男子生徒の名前が書いてあった。


 出席番号3番  安藤 雅彦

 出席番号6番  大野 琢磨

 出席番号9番  崎原 隆久

 出席番号13番  田口 翔平


「天才美少女名探偵上原恵の天才的推理と観察眼によるとこの4人が怪しい! ・・・という訳で明日から彼らを尾行します」

「まじかよ・・・」

「まじです!」


 6-②


 翌日、俺と恵は容疑者その1、出席番号3番 安藤雅彦の後をつけていた。もし本当に仮面カイザーの正体がクラスメイトならば、事情を話せばエイリアン退治に力を貸してくれるかもしれない。

 安藤は学校を出た後、川沿いの土手を歩いていた。その10mくらい後を俺と恵が続く。

「なあ恵、何で安藤なんだよ?」

 安藤は教師達の間で城山一の問題児と言われ、しょっちゅう他校の不良と喧嘩しては傷だらけになって登校してくる。他校の不良からは“城高の狂犬”などと呼ばれて恐れられているらしい。確かに強いかもしれないが、正義の味方には程遠いのではなかろうか。

「ふっふっふ・・・ウチは見た」

 恵が不敵に笑った。

「何を?」

「安藤が・・・捨て猫に餌をあげてるのを!」

「・・・・・・は?」

 確かに意外だが、だから何だというのか。

「分からんかなあ、捨て猫に餌あげるとか実はええ奴っていう証拠やん。それに安藤は喧嘩も強いみたいやし・・・」

 安藤の尾行を始めて1時間、俺と恵はアジトから今回の作戦の為に作成した怪人、セミ女を連れてきた竹内と合流した。

 セミ女は恵がどこからか掘り起こしてきたセミの幼虫を怪人作成装置に放り込んで作った怪人で、名前はバルという。秋葉原のメイドさんのようなピンクのフリフリしたメイド服に身を包み、頭には大きなリボン、腰にはJOKERのマークが描かれたベルトを装着している。

 顔はエスカルゴン同様セミの幼虫そのままで、しかもアニメの美少女キャラのような声と口調で話すのである。キモさとウザさはエスカルゴンを遥かに上回る。

本人曰く「セミ界のスーパー萌え萌えジュニアアイドル」で、ファンの男の子達(セミ♂)からは「バルたん」の愛称で呼ばれているらしい。セミに“萌え”や“アイドル”という概念が存在するのか!? そもそもセミ界とは何なのか!? 疑問は尽きないが、所詮、セミではない俺に、理解できようはずもない。

 必殺技は、両手に持った裁ちバサミから繰り出される〈バルたんスーパー萌え萌えシザース〉、両目から発射される〈バルたんハイパー萌え萌えビーム〉である。技の名前にいちいち自分の名前や“萌え萌え”などととつけるあたりがウザさとキモさを倍増させている。

 バルは変装のために白いテーブルクロスを頭から被って首の所で布を安全ピンでとめていた。まるで巨大なてるてる坊主である。隠密行動どころか、かえって悪目立ちしているのではなかろうか。

「あっ、隠れて!」

 突然、恵にそばにあった自販機の陰に引っ張りこまれた。顔を少しだけ覗かせて安藤の方を見ると、安藤が立ち止まっていた。安藤は周囲を見回すと、声を張り上げた。

「隠れてねぇで出て来いや!」

 やっぱバレたか・・・観念して自販機の陰から出て行こうとしたその時、どこからともなく他校の生徒がワラワラと現れて安藤の周囲を取り囲んだ。7~8人はいるだろうか。全員見るからに不良だ。

「安藤ぉぉぉ、今日こそてめぇをぶっ殺してやっから覚悟しろよ!」

 取り囲んだ奴らの内の一人が、ベタな啖呵を切ると、それをきっかけに安藤を取り囲んでいた奴らが一斉に安藤に襲い掛かった。

 安藤は奮戦していたが、多勢に無勢、4人目を倒したところで後ろから羽交い絞めにされ、殴られ始めた。

 事ここに至って、それまで呆然と見ていた俺と恵は、慌てて後ろにいるバルに命令を下した。

「バルたん、安藤を助けたって! あいつらは追っ払うだけでええから。怪我させたらアカンで!」

「まかせて下さい、ご主人様♪」

 恵の命令を聞くや否やバルは変装用の布を脱ぎ捨てて安藤たちの所へ突撃した。

 数秒後、不良達は悲鳴と共に蜘蛛の子を散らす様に逃げ去った。ところが、安藤だけはバルを前にしても逃げ出す様子が無い。いや、それどころか戦う構えを取った。

「ほらー、やっぱり安藤が仮面カイザーなんやってー」

「痛い痛い痛い」

 恵が背中をバチバチと叩いてくる。が、ふいに背中を叩く手が止まった。仮面カイザーが現れたのである。どういうわけか、今日はバイクに乗ってない。

「悪を斬り裂く鋼の刃、仮面カイザー見参ッ!」

 仮面カイザーが安藤を守るように、バルの前に立ち塞がった。

「怪人め・・・口封じというわけか!!」

 仮面カイザーが勢いよくバルを指差した。

「えっ? 誰が? 何の?」

「えっ? と、とにかく街の人達に手は出させん!!」

 バルと仮面カイザーが戦闘を開始した。バルは両手に持った裁ちバサミで仮面カイザーに斬りかかった。

「えいっ! やあっ! たあっ!」

「遅い!」

 しかし、仮面カイザーはバルの繰り出す連続攻撃を軽々と躱す。

「くっ・・・ちょこまかとぉぉぉっ!!」

「なんのっ!!」

「コレならどう!! バルたんハイパー萌え萌えビーム!!」

「当たるか “ズドンッ!!” そんなもの!!」

「私のハイパー萌え萌えビームが躱された!? こんのぉぉぉっ! バルたんスーパー萌え萌えシザース!!」

「そこだっ!」

「うげぇ!?」

 仮面カイザーは、バルたんスーパー萌え萌えシザースを外して体勢を崩したバルのボディに、体重の乗ったミドルキックを叩き込んで吹っ飛ばすと、カイザーキックの構えをとった。

「必殺っ・・・カイザァァァ・・・キィィィック!!」

「ギャアアア!」

カイザーキックを喰らったバルが、爆炎に包まれた。

「ば、バルがやられちゃったよ!?」

「あっ、仮面カイザーがこっちに気づいた!」

「ずらかれぇーっ!」


 俺達は、全力でその場から逃げ出し、ほうほうの体でアジトに逃げ帰った。


「おい、全然違うじゃねえか!」

「でも、容疑者はあと三人おるし・・・」

「何が天才名探偵だよ」

「バルもやられちゃったしね・・・」

「うるさいなー、もー!」

「全く酷い目にあっちゃいましたよー! ヒーローを名乗ってるくせに、か弱いレディに対して、容赦無いんだから!」

「ほら見ろバルもこう言って・・・・・・って、オイ!?」

 いつの間にかバルがいた。いや待て、こいつはさっき仮面カイザーの必殺キックで爆散したはず。それが何故ここに!? 恵と竹内も事態が飲み込めずに混乱している。

 困惑する俺達を見て、バルが不敵に笑った。

「ふっふっふ・・・・・・さっき爆発したのは、脱け殻を使った囮! これぞ、忍法空蝉の術っ!」

 に、忍法だとぅ!? 何言ってんだコイツ。

「セミ界のスーパー萌え萌えジュニアアイドルというのは世を忍ぶ仮の姿・・・・・・その正体は凄腕の地中忍者なのです!」

 ち、地中忍者だとぅ!? ますます何言ってんだコイツ。

「ついでに言うと、ジュニアアイドルを名乗ってますが、実はかなりサバ読んでます。人間で言うと、27才位かしら?」

「地中忍者・・・バルたん・・・成人なんや・・・・・・」

 恵がポツリと呟いた。


 6-③


 翌日、俺達は容疑者その2、出席番号6番 大野琢磨の後をつけていた。昨日と同じくバルを引き連れて、大野の後ろをド○クエのようにゾロゾロと付いて行く。

 追跡途中で5歳位の男の子を連れた女の人とすれ違った。女の人は俺たちを見るやいなや、露骨に嫌な顔をして咄嗟に子供の目を隠した。

 一体俺は何をしているんだろうか。はたから見たら、完全にただの集団ストーカーだもんなあ。

「なー、何で大野君が容疑者その2なのか聞けへんの?」

「いや、いい」

「なー、ウチの天才的推理めっちゃ気になるやろ?」

「ならん」

「なーってばー!」

「うるせーなー。どうせ空手部主将だからとでも言う気だろ」

「むぐぅ・・・」

 大野琢磨は空手部の次期主将で、弱小だった城山高校空手部を一気に県代表へと導いた剛の者である。確かに強さの点ではうちのクラスで一番仮面カイザーに近いと言えるかもしれない。だが・・・

「大野は普通に考えて違うだろ・・・体格的に」

「えっ・・・」

「今気付いたのかよ・・・」

 そう、大野はめちゃくちゃゴツい。それはもう、熊のようにゴツい。いつも俺達の前に現れる仮面カイザーよりも一回りも二回りもガタイが大きいのだ。もし仮に、大野があのスーツを体をぎゅうぎゅうに縮こめて無理やり着込んでいるとしたら、エコノミー症候群で、戦いどころではないだろう。

 そんなわけで、俺の中では、大野は最初期の段階で容疑者から外れていた。

「お前、ほんっとうにバカだな」

「ムッ・・・・・・大野君着痩せするタイプかもしれんし!」

「そんなわけあるか、このバカ」

「くう・・・じゃ、じゃあもし大野君が仮面カイザーやったら、鼻からチューブのワサビ丸々一本流し込んだるからな!」

 どんだけ負けず嫌いなんだよ、小学生か。

「じゃあ外れたらお前がやれよ。自信あるんだろ、えぇ?」

「ぶ、武士に二言はあらへん、やったらぁ! 行けぇバルたん、大野君・・・いや、仮面カイザーをやっつけろ!」

 恵は周囲に人がいないのを確認するとバルに命令を下した。

「わかりました、ご主人様♪」

 だが、バルの姿を見て大野が悲鳴を上げた直後に、またしても仮面カイザーが走って現れたのである。

「・・・おい」

 俺は、何故かポケットに入っていたワサビのチューブを恵に突きつけた。

「武士に二言は無いんだろ? ほれほれ」

「ぐぬぬ・・・あーっ、バルたんが危ない! ・・・・・・そいやっ!」

「あっ!?」

 恵は俺からワサビのチューブを奪い取り、仮面カイザー目掛けてぶん投げた。

「撤退しろー!!」

 そう叫ぶと、恵は一目散に逃げ出し、俺達は慌てて後を追った。

 

 6-④


 さらにその翌日、俺達三人は容疑者その3、出席番号9番 崎原隆久の後をつけていた。

 崎原隆久は阿久津や大野と違い、運動が苦手で休み時間にはいつも教室の隅で本を読んでいる大人しくて目立たない奴だ。うちのクラスで仮面カイザーから最も遠い男ではなかろうか。

「なあ、いくらなんでも崎原は違うんじゃないか?」

「ふっふっふ・・・甘いなあひろひろ。スー○ーマンもス○イダーマンも普段は地味で冴えない男のふりしてカムフラージュしてるやろ!」

「あのなあ・・・」

 崎原は学校を出るとその足で市立図書館に入った。流石にバルを連れて図書館に入るわけにもいかず、俺達は隠れて出入り口を監視できる場所に陣取って、崎原が出てくるのを待った。

 しかし、崎原はなかなか出てこない。バルの活動限界時間を考えるとそろそろ撤収しないとまずい。

「今日は諦めるか」

「そやな、バルたんのタイムリミットもあるしな・・・」

 あきらめて帰ろうとしたその時、バルが声を上げた。

「あっ、ご主人様出てきましたよ!」

 バルが指の差した方を見ると、崎原が図書館から出ててくる所だった。しかも隣にはうちの高校の制服をきた女の子を連れている。

「誰だ?」

「城山の生徒っぽいけど・・・」

 ふと、崎原が立ち止まり隣の女子生徒と向かい合った。夕日が二人の姿を照らす。

「何話してるんやろ?」

「遠すぎて聞こえないね」

「男の子が女の子に伝えたい事があるって言ってますよ!?」

 俺達の背後に立っていたバルが言った。

「えっ、バルたん崎原君達が何しゃべってるか分かんの!?」

「はい、私の聴力は人間の数十倍ありますから。会話の内容聞きます?」

「聞く!!」

 何の躊躇もなく言った竹内と恵を、俺は慌てて制止した。ちょっとは躊躇しろよお前ら!

「ちょっと待てお前ら、いくらなんでもそれは、その・・・プライバシー的なアレがあるだろうが」

「だって崎原君が仮面カイザーかもしれないし!」

「だって崎原君が仮面カイザーかもしれんし!」

 お前らそのゲスいニヤけ顔は何なんだ・・・

「いや、でも・・・」

「ひょっとしたらあの子に“今まで黙っていたけど僕は正義のヒーローなんだ”って言うかもしれんし!」

「しかしだな・・・」

「しれんし!!」

「・・・・・・・・・いいだろう」

 本当はこんな盗聴まがいの事などしたくない。だが、今こうしている間にも、どこかで桜井さんがエイリアンに襲われているかもしれないのだ。俺は一刻も早く仮面カイザーを見つけて、エイリアン討伐に協力してもらわなければならない。許せ崎原・・・許してくれ。

「・・・・・・ひろひろかてめっちゃニヤけてるやん、口では渋ってたくせにー」

「べ、別にそんなことねーし」

 こうして、恵により、バルに盗聴の命令が下され、バルのアテレコが始まった。


 〜 愛の告白劇場 〜


 崎原 隆久 演:バル

 少女    演:バル


『・・・桃子ちゃん』

『何ですか?』

『今まで黙っていたけど僕は・・・』

「な!? ウチの言った通りやろ!?」

 恵が背中をバチバチと叩いてきた。

 マジか!? マジで崎原が仮面カイザーなの・・・

『僕は君が好きだ!!』

「フォォォォォー!!」

「フォォォォォー!!」

 恵と竹内がテンションのゲージが振り切れたアメリカ人みたいな叫びを上げた。

「何が“フォォォォー!!”だよ、全然違うじゃねーか! とっとと帰るぞ!」

「えー、せっかくやから最後まで聞いてこうやー」

「そうだよ、崎原君が仮面カイザーかもしれないし」

「ま、まぁ・・・仕方ないな、崎原が仮面カイザーかもしれないしな」

 俺達は相手の子の返事を固唾を呑んで見守った。

『崎原さん・・・私・・・・・・ひでぶっ!?』

「・・・ひでぶ?」

 思わず後ろを振り返るとそこには、バルの顔面に、伸びのある右ストレートを叩き込んでいる仮面カイザーの姿があった。

「逃げるんだ君達!」

「あっ、ハイ」

 仮面カイザーがこんな近くまで接近していたのに三人とも全く気付かなかったとは・・・雁首揃えて一体何をやっているのか。とにかく崎原も仮面カイザーではない事が判明した。結末がどうなったのか大いに気になる所だが、ここは撤退するしかあるまい。


 翌日、崎原の桶狭間で討ち取られる直前の今川義元もかくやという無念の表情を見て俺達は溜息をついた。


 6-⑤


 さらにその翌日、俺達は最後の容疑者、出席番号13番 田口翔平の後をつけていた。それにしても、恵の天才的推理とやらは一向に的中する気配はない。恵曰く、「今までのはウォーミングアップ」らしいが、もし実際の事件だったら無実の人間を3人も牢屋にぶち込んでしまっている。とんだ名探偵だ。

 今日も俺と恵と竹内とバルの四人で田口を尾行している。

「なんだ、俺ん家の方じゃねえか」

 田口は、JOKER泉支部唯一の征服地点である泉公園にやってくると、ベンチに腰掛け、文庫本を読み始めた。

 泉公園は自分の家のまん前にあるので、田口を監視する為に俺は恵達とセミ女を二階の自分の部屋に招き入れた。

「ふーん、意外と片付いてんねや」

「まあな」

 俺は机の引き出しの奥から長年眠っていた双眼鏡を取り出し、部屋の窓から公園を覗いて見た。まだ田口はベンチで文庫本を読んでいた。誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。

「まだ、動きは無いみたいだな・・・って、おい」

 振り返ると、恵がベッドの下をジッと覗き込んでいた。

「えーっと・・・何をしてるんですか、恵さん?」

「やっぱりひろひろもベッドの下にえっちぃ本とか隠してるのかなと思って」

「ばばば馬鹿野郎!」

「顔、赤いで」

「正木君分かりやすーい」

 恵と竹内がニヤリと笑った。

「お、お前ら・・・」

「遼もベッドの下にえっちぃ本隠してたで」

 天才ゴルファー石山遼と言えど俺と同じ17歳の男子なんだなぁと石山遼に妙な親近感を覚えた。それはそうと、やられっぱなしでは癪だ。俺は恵の眼鏡を取り上げた。

「あっ、なにすんねん」

「恵・・・・・・眼鏡が無いほうが可愛いな。髪もショートにした方がいいぞ」

「なっ、自分、いきなりなに言うてんねん」

 恵の顔が瞬時に真っ赤になった。ふっふっふ、普段褒められ慣れてないから、ちょっと褒められるとすぐこれだ。コイツ・・・・・・ちょろいな。

「顔、赤いぞ。何、真に受けてんだ。自惚れてんじゃねーよ、バーカ!」

「むぅー!」

「あっ、皆さん、誰か来ましたよ」

 仕返しの成功に満足していると、バルが突然窓の外を指差した。

 公園の方に目をやると、一人の女性がやって来た。田口の彼女だろうか。

ふいに、その女性が振り返った。その顔を見て、俺は思わず大声を出してしまった。

 ・・・泉公園にやってきたのは、桜井さんだった。

 どどど、どうして桜井さんが・・・まさか田口と!? いや、落ち着け、俺。きっと桜井さんはたまたま通りかかって、偶然見つけた田口に、気まぐれに声をかけただけに違いない。断じて、田口と待ち合わせなどしていないはずだ。

 しかし、俺の願いを裏切るように、桜井さんは田口の隣に腰掛けて田口に話しかけた。桜井さんの目が心なしかウットリしているように見える。俺は泣き出したい気分になった。

「何でなんだ桜井さん!? どうして田口なんかと・・・」

「何でって、そりゃあ・・・」

「言うな! 悲しくなるから!」

 俺は反射的に竹内の言葉を遮った。

 田口翔平、城山高校生徒会長にして、城山高校一の美男子である。さらに、成績トップ、スポーツ万能、特技はピアノとヴァイオリンで、挙句の果てには家が超大金持ちと、一体どこの完璧超人だと言いたくなるような奴だ。

 疑うならば、真っ先にこの男を疑うべきなのだが、うちの“自称”天才美少女名探偵は「ヒネりが無さすぎておもんない」という、とんでもなくアホな理由で田口の尾行を後回しにしていた。

 ちなみに、俺及び城山高校男子の大半は、田口の事を格好つけのキザ野郎だと思っている。決してひがみや妬みではない。

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 狂ったように壁に頭突きを入れる俺を見て、恵がぽつりと言った。

「・・・ゆかりんなんかのドコがええねん」

「なんだよ、お前も田口のことが好きなのか、見る目無ぇなあ」

 恵はぷいとそっぽを向いた。

「桜井さんは、相手が悪すぎだろー。可愛いし、優しいし、それに時折見せるあの小悪魔的なスマイルがたまらんのですよ」

「小悪魔スマイルくらい、ウチにも出来るし!」

「けっ、何が小悪魔だ。お前は小悪魔どころか悪◯将軍だろうが」

「地獄のナントカ台っ!」

「ぎゃっ!?」

 右足の小指に恵のニードロップが炸裂した。あまりの痛さに足を抱えて悶絶する俺をよそに、恵がすっと立ち上がった。

「帰る。お邪魔しました」

「帰るって・・・監視はどうすんだよ!?」

「・・・任せる」

「任せるって・・・・・・おい、恵!?」

 恵が突如任務を放棄して部屋を出て行った。

「あーあ。とりあえず、連れ戻してくる」

 そう言うと、竹内も恵の後を追って部屋を出て行った。

 足のダメージから立ち直って二人を追いかけようとしたその時、バルが俺を呼びとめた。

「正木さん、あれ!」バルの指差す方を見ると、田口があろう事か桜井さんの肩に手を回そうとしていた。

「あんの野郎ぉぉぉぉぉ! バル、今すぐ出ろ、なんとしても俺の桜井さんを田口の魔の手から・・・・・・」

 この刹那、雷光如く脳裏に妙案が閃いた。作戦はこうだ。


 ①バルに桜井さんに襲い掛かるフリをしてもらう。

 ②桜井さんの絶体絶命のピンチに颯爽と俺、参上!!

 ③スマートかつスタイリッシュにバルを撃退する俺。

 ④窮地を救われ、俺の胸の中へ飛び込んでくる桜井さん。「大丈夫、君は俺が守る」恐怖に震える彼女を力強く抱きしめる俺。「ま、正木君・・・」潤んだ瞳で俺を見つめる桜井さん。「・・・由香里」見つめ合う二人! 夕日が二人の姿を照らす、もはや言葉はいらない、近づく二人の唇! そして・・・


「エンダアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアアアアアア!!」


「ちょっ、正木さん!?」

 ・・・はっ!? 俺としたことがテンションが上がり過ぎたようだ。それにしても・・・何て素晴らしい作戦なんだ。幸いな事に泉公園は俺ん家の目の前、突如として俺が現れても不自然な点は何一つ無い。完璧だ・・・もはや完璧としか言い様が無い。自分で言うのもなんだが、諸葛孔明や竹中半兵衛も裸足で逃げ出すレベルの完璧な策だ!

 おっと、i will always love you を熱唱してる場合じゃない、一刻も早く桜井さんを田口の魔の手から救わねば。

 俺は、この完璧すぎる作戦をバルに耳打ちした。

「かしこまりました、正木さん♪」

 そう言うとバルは奇声を上げて公園内に踊り込んだ。そこから先は思わずニヤリとしてしまうほど思い通りの展開だった。

 バルと遭遇した桜井さんと田口は悲鳴を上げた。そして、田口はあろうことか桜井さんをバルの方へ突き飛ばして自分一人だけその場から逃走したのである。俺は田口を追いかけて、顔がジャガイモと区別できないほどボコボコにしてやろうかとも思ったが、これはこれで好都合である。今出て行って桜井さんを助ければ、俺の株は、うなぎ上りの右肩上がりというものだ。

 ふっふっふ・・・待っててね桜井さん、もうすぐヒーローが現れるから!

 俺が勇んで公園内に突入しようとしたその時、バルに追い詰められていた桜井さんは、周囲を見回すと、背負っていた茶色のリュックサックから何かを取り出した。


 桜井さんが取り出したもの、それは銀色のベルトだった。


「変・・・身ッ!」


 ・・・そして、ヒーローは現れた。


「悪を切り裂く鋼の刃、仮面カイザー見参ッ!」

 桜井さんの声は、今やすっかり聞きなれてしまったあの野太い声に変わっていた。


 バルが倒され、仮面カイザーが去った後も、俺はしばらくその場に立ち尽くすしかなかった。


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