DISUNION 新約と旧約 【ACT〇】 満ち行く月
「デバン諸問題はまだまだ解決しそうにないか」
と、『聖王』は廊下を歩きつつ言った。
「はい」と随行する彼の秘書のセバスチャンが頷いて、「アルバイシン王国の勢力と万魔殿に味方する勢力とこちらに味方する勢力の、正に三つ巴状態ですから、当分は……こう着状態でしょう」
「アルバイシンはどうあっても手を引くつもりは無いだろうな、とすると如何にして万魔殿側の勢力を撤退させるか、だ」
聖王はそう言った。
「こればかりは軍隊を出動させてもあまり効果があるようには思えない」と言ったのは、聖王の隣を歩く軍人『獅子心王』アマデウスだった。「どうする、ギー殿」
「まずは――」
と彼が己の執務室の扉を開けかけた次の瞬間、アマデウスに突き飛ばされた。
アマデウスは小声で、
「待て! 何者かが中にいる!」
「ええッ!?」
仰天したのはセバスチャンであった。黒肌の顔が真っ青になり、
「ここは、最高警備が敷かれています、とても不審者が中に入れるとは思えません!?」
「……む?」アマデウスは異変に気付いた。室内で物音がするのだが、「……いびき?」のようにそれは聞こえるのだ。
「……ああ。 アイツだ」
聖王は嘆息した。
そしてアマデウスらの制止を振り切って、扉を開けた。
青髪の、サングラスをした体格の良い男が、聖王の大きくてふかふかの椅子に腰かけて、爆睡していた。
ぐうがあと大きないびきをかき、よだれまであごに垂らして……。
「だ、誰だこの男は!?」
アマデウスが混乱した。
「分かりません、こんな男、聖教機構の中にはいません!」セバスチャンが慌てている。「一体何者なんでしょうか!?」
「この男は私の古い知り合いだ」聖王が呆れた顔をして言った。「二人ともちょっと、出て行ってくれないか」
「本当に――」
大丈夫なのか、と言いかけたアマデウス達に、聖王は苦笑を見せて言った。
「この男が本当に私に対して殺意だの害意だのを持っていたら、とうの昔に私は何かされていただろうよ」
二人きりになった部屋の中で、聖王はふと目を細めた。
「おい、起きろ、チャーリー。 人の椅子の上で寝るな」
「………………………………………………へあ?」男はようやく目を覚ました。サングラスを取って目をこする。酷く、青い目をしていた。「あ、おはよう、ギー」
「今はもう昼時だ」
「じゃ、こんにちは」
「ああ。 久しぶりだな。 ざっと何年ぶりだ?」
「うーん、二〇年は経った。 お前、おっさんになったなあ、おっさんになっても相変わらずイケメンだなんて卑怯だぜ」
「そう言うお前は全く変わっていないな」
「そりゃ、俺は魔族だからさ」
「魔族はその点では便利だな。 年を取るのが人間に比べて非常に遅い。 中にはほとんど老いない者もいる。 私は、もう、老いぼれてしまった」
「でも俺よりは絶対的に女にモテモテな癖に」
「まあ、それはそうだ」
「……うわあ殴りてえ」
「後にしてくれ。 ところで、何の用でここに来た?」
「うん、万魔殿と聖教機構で恒久和平条約を締結しないかって打診に来た」
ギーとチャーリー、再び。




