表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IONシリーズ  作者: 2626
DESPERATION 神災
22/46

DESPERATION 神災 【ACT一】 合成人間 上

時々思う、二瓶勉先生は天才なんだなーって。

 「ご存じ『オリハルコン』の特性は」小国ビザンティ君主レオニノスはやっと苦痛から解放された、まだやつれた痕が残る顔をして言った。「『人の意志に共鳴し成長する事』です。 金属でありながら生物的、それも知性ある生き物の性質を兼ね備えている。 これの産出のおかげでビザンティは存続できているようなものです……同時に戦争の火種にもなりえますが」

『で、でも、当分は、その心配は要らないとお、思うよ』モニターに映る童顔の青年はほっと笑って言った。

「そうですね、本当にありがとう……ヨハン」この少年君主は心からそう言った。「あのままだったら、今頃この国は……」

『お、お礼なんか、良いよ、だ、だって僕達、友達だから! ……それにマグダが、や、やってくれたんだし』

「……どうぞマグダレニャン様にも、僕がお礼を心から申し上げていたとお伝えいただけないでしょうか」

『う、うん! で、でも、ほ、本当に良いの? こ、こんなにオリハルコンを、も、貰っちゃって……』

「袖の下ですよ」レオニノスは顔をほころばせて、「これからも聖教機構(ヴァルハルラ)和平派とビザンティは友好な関係を維持していきたい、そのための袖の下です」

聖教機構。人間が魔族を統治する世界勢力の第一角である。

『わ、あわわわ、わ、ワイロ貰っちゃった!』青年ヨハンは面食らった顔をしたがすぐに笑って、『う、うん、僕、で、出来るだけ、ビザンティと、こ、こっちが、仲良くできるよう、が、頑張るよ! ……ぼ、僕、無能だけれど』

「……無能では無いと僕は思うのですが」レオニノスは考えつつ言った。「現に貴方の御父君も御祖父様も、いえ代々貴方の家系は、とても優秀な戦争指揮官を必ず輩出してきました。 正に名門と言って差し支えは一切無い。 ……貴方だけ例外だなんて僕には思えないのです」

青年は泣き出しそうな顔をした。『……で、でも僕、ず、ずっと虐められてきて、一族の、は、恥さらしだって……と、当主にな、なれたのだって、お父様の、ゆ、遺言書があったから、だけで……従兄達からは、い、今すぐ、今すぐ辞めろって言われていて……ま、マグダがいなかったら、多分、や、辞めさせられると、お、思う』

レオニノスは言う、「……本当の無能者とは、己の無能さに気付けない者です。 貴方は違う。 けれど貴方には自信が無い。 いつか、いつか、貴方が自信を得られる事を僕は願っています」


 万魔殿(パンテオン)過激派首領ジュリアス・エノクは崖っぷちに立たされているかに見えた。以前から不仲であった万魔殿穏健派が「帝国(セントラル)」の全面支援を受けて、ついに過激派に宣戦布告したのだ。同時に過激派は聖教機構強硬派と激戦を繰り広げていたから、二方面を敵に回した事になる。そして聖教機構強硬派がこの機を逃さずに全戦力で攻めてくるであろう事は、誰の目にも明らかであった。

 万魔殿とは聖教機構とは対極的に魔族が人間を支配する世界的大組織であった。だが聖教機構と同様に内部分裂を起こしており、それがついに戦端を開かせた。魔族とは人間を捕食する性質を持ち、優れた特殊能力を持つ種族であった。

「ジュリアス様」強制執行部隊(アクセス・ゼロ)総長イザベル・アグレラがひざまずいて言った。彼女は外見も美しかったが、その美しさ以上に強かった。「どうぞ我らに出撃命令を。 聖教機構の軍勢も穏健派の意気地なし共をも撃退して見せましょう」

「――何、お前達が出るまでも無い」ジュリアスは顔を隠している仮面の裏側でにやりと笑ったようだった。「スサノオ大王(おおきみ)、お願いできますな?」

「ええ」と同じ円卓に座っている男が頷いた。「よろしいですとも。 『六道(りくどう)』に命じましょう」

「……」

イザベルの顔がわずかに歪む。『六道』とはこのスサノオ大王が支配する世界最強の暗殺結社の名であった。ジュリアスは彼女達強制執行部隊よりもそちらを優先した、それが彼女の誇りに障ったのだ。

過激派強制執行部隊とは、ジュリアスの死札(ジョーカー)であった。ジュリアスが最も殲滅させたい軍勢や対象に襲いかかり、そして撃滅する。その強さは相当なもので、局地撤退戦のしんがりにされた事も多々あるのだが、逆に追撃してきた敵勢を打ち負かしてしまった事もあった。この強制執行部隊に配属される戦士は過激派内のエリート中のエリートと言えた。誰もが強く賢く、そしてジュリアスに忠誠を誓う者ばかりであった。己の職務に凛然とした誇りは持っていたが、敵に対する慈悲は持ち合わせていなかった。

「では私はこれで」とスサノオ大王が円卓から離れた後、ジュリアスは彼女の方を向いて言った。

「違うぞ、イザベル。 言った通りにお前達が出るまでも無いと言う事だ。 汚れ仕事を押し付けられて喜ぶ愚か者に、お望み通りに押し付けてやったまでだ」

「……はい」

「お前達には別に頼みたい事がある。 『帝国』からの亡命貴族に関しての事案だ」

イザベルの顔が引き締まる。確かにそれも重要な案件であった。

「帝国」、世界勢力の最後の一角を人はこう呼ぶ。巨大な大陸一つを支配する大国であった。それが過激派の煽動により内部で貴族が主体となって反乱を起こしたものの、帝国の絶対的支配者「女帝」の暗殺には失敗し、亡命貴族達が万魔殿過激派に大勢逃げてきたのである。

「はっ。 彼らの処遇、いかがいたしましょう?」

「可能な限りお前達の支配下に置け。 くれぐれもお前達以上の権力を持たせるな。 連中はまだ肥え太った豚の思考をしている。 それは徹底的に、根本から、変えねばならない。 その全ての裁量はお前達に任せる。 生かすも殺すもお前達次第だ」

「仰せのままに」とイザベルは頭を垂れた。


 「何だと!?」話を聞いた元『帝国』貴族達はいきり立った。「我らを一兵卒にする!? ふざけるな! 我らは帝国の貴族だったのだぞ!」

「その地位を自ら裏切ってまで捨てたのはどこの誰だ?」イザベルが言い捨てた。「ここ万魔殿には万魔殿の掟がある。 それを忘れるな。 いまだにぬくぬくと肥え太った『帝国』の豚の気分でいられては不快だ」

「何様のつもりだ!」

「何様? 私は万魔殿過激派強制執行部隊総長イザベル・アグレラだ。 文句があるのならばかかって来い」

そう言い放った彼女の周りを、殺気立った面々が囲む。

彼女はかすかに嘲笑さえ浮かべて、漆黒の愛剣『ストームブリンガー』を手にした。そして感覚を遮断する。聴覚、視覚、嗅覚、味覚、痛覚を遮断、全ての感覚を絶つ。そして――研ぎ澄まされた第六感を解放する。

『見えた』

イザベル・アグレラはその時にはもう勝っていた。

数名の元『帝国』貴族達がわずかな時間差を置いて次々と彼女に襲いかかってくる。その移動経路も行動も何もかもが全て彼女には事前だと言うのに見えていた。

「まるで神の眼のようだ」とジュリアスはその能力を褒めて言った。

だからイザベルはこの行動予測能力を『神の死眼(サリエル)』と呼んでいる。

「――!」

元『帝国』貴族達の間に恐怖が走った。帝国貴族、すなわち魔族が何名も襲いかかったのに、それが瞬時に撃破されたのである。結果として肉塊が辺り一面に血しぶきをまき散らした。

「な、何と言う事だ!」

「強制執行部隊は……ジュリアスは……何と……!」

「黙れ」イザベルは彼らを一喝した。「そして従え、豚共め」


 「何だこれ」『帝国』最大の商都ジュナイナ・ガルダイアの華美な館の地下室にある金庫、いや、地下室自体が巨大な一つの金庫であった、それを目の前にした青年セルゲイは思わず言った。「何で遺言状一つを隠すのにこんな仰々しい要塞みたいな金庫にしたんだ。 誰が見たって親父の遺言状の内容なんて分かり切っていただろうに。 唯一の嫡子である俺の姉さんに全ての遺産が行くって……」

「セルゲイ」隣の青年貴族のエンヴェルが首をかしげて、「もしかすると、秘宝でもあるのやも知れんぞ? 何せ叔父上は帝国一の大金持ちでいらっしゃったから」

「……だが親父の性格上、秘宝なんていつも身に着けて自慢していたと思うんだが……ほら、あれだったろ、親父、派手好きだったし」

「むむ……とにかく開けねばなるまい。 万魔殿穏健派への金融支援に叔父上の財産の一部をも当てるようにとの陛下のお達しであるからな。 ……しかし本当に良いのか?」

「何が?」セルゲイは不思議そうに言った。エンヴェルは言う、

「お主が叔父上の遺産を継承したいと申し上げれば、女帝陛下はそれをお認めになったはずだ。 お主は庶子でこそあるが、まぎれも無く叔父上の子であるからな。 相続放棄なんかして、本当に良いのか?」

「……金じゃどうにもならんものってのもあってな。 良いんだ良いんだ、俺はそれを知っているから」

金ではどうしようもないもののために、彼は裏切りに裏切りを重ね、そして今では前科者となっていた。「帝国の唯一絶対君主『女帝陛下』への謀叛を企てた」と言う「帝国」では最も重い罪を犯したとは言え、最後に彼の取った行動が同時に「帝国」の重大な危機を救ったとして、幸い刑罰こそ科されなかった。だが、一生彼は白い目で周囲から見られるだろう。それで良いのだ、と彼は思っている。それで彼は己にとって一番大事なものを守れたのだ。だから、後悔も屈辱感も無い。

「そうか……」エンヴェルは、黙った。

「それにしても、な……」セルゲイは続ける。「親父の唯一の嫡子である俺の姉さんが、国外逃亡者(主戦派)の一人になって、親父の莫大すぎる財産がほとんど宙ぶらりんになっちまうとはな……」

つい先日「帝国」の絶対的権力者にして貴族と平民の母のような存在である『女帝』を裏切って反逆して殺害しようとしたものの、そのクーデターに失敗して国外に逃げた連中を、残った貴族や平民達は主戦派と蔑んで呼び、あるいは『異端者』となじっている。

「……」エンヴェルはまだ黙っている。


 ……どうにかこうにか、何時間もかけて地下金庫の扉を開けて、彼らは中に入る事に成功する。その時点で既に疲れていた彼らは同時に、

「「うわ……」」と言った。

これまた大きな金庫が、地下金庫の中にあったからである。

「……俺は今、一瞬、荷電粒子砲で扉を消し飛ばしたくなった」セルゲイが呟いた。

「……余は今、とても恐ろしい予想を抱いた」エンヴェルが落ち込んだ顔をした。「この金庫の中にまた金庫が入っていると言う……」

「あり得る。 あり得るな。 だがとにかく開けなければ話にならん、ジュナイナ・ガルダイア中の鍵屋を呼んでやるしかないな。 電子ロックや遺伝子鍵なんかは俺が開けるから」セルゲイがため息気味に言った。

 ――結局、金庫の中にあったいくつもの金庫が全て開いたのは、それから一週間後であった。

「クソ親父クソ親父!」疲れ切った顔でセルゲイが喚いた。「そんなに俺には財産の残したくねえってか!? 俺は一度だってテメエの金をアテにした事なんか無いぞ! ったくクソ親父!」

「落ち着くのだ、セルゲイ」エンヴェルは荒れているセルゲイをなだめて、沢山の金庫の中にあった小さな金庫を取り出した。「後はこれだけじゃな。 ……うむ? これはどうやら……」

「指紋認証型の鍵か。 これまでの錠前と比べたら驚くくらいに易しいな。 開くか分からんがまずは俺でやってみよう」

セルゲイがそう言って、己の人差し指をパネルに押し当てた。

『――認証完了。 セルゲイ様ですね。 鍵を開けます』機械音声がして、がちゃりと鍵が開いた。一斉にその中を覗き込んだ二人は目を丸くする。

そこには分厚い遺言書の塊と、薄い手紙の封筒が一通あっただけなのである。

『……セルゲイ』彼の亡父の声がその金庫からした。『この声を聞いていると言う事は、私が死んだ後なのでしょう。 真実と言うものはいつも残酷なものだ。 それでも真実を知りたいと言うのならば、まずは手紙を。 知りたくなければ手紙は焼き払い、遺言書だけを開けなさい』

「どうする?」セルゲイは言った。「俺はどっちでも良い。 どうせろくな内容じゃないからな。 あの放蕩親父の事だ、俺が実は妾の子ですら無かったとか、他に庶子がいるとか、きっとそんな内容だぜ?」

「……いや、知らねばならぬ」エンヴェルはきっぱりと言った。「我らは叔父上の跡を継いだ。 だから、いくら残酷であろうと叔父上が目にした真実から目を逸らす事だけは決して許されぬ」

「分かった」セルゲイは手紙を取り出した。その時、金庫からまた声がした。

『オデット、オデット。 お前は私の娘です。 まぎれも無いたった一人の娘です。 それは、それだけはどうか……』

「余程何かあるみたいだな」セルゲイは重い声を出した。「うん?」

そこで彼は異変に気付いた。手紙の方の封蝋が既に開いていたからである。

「何でじゃ?」エンヴェルが首をかしげた。

「とにかく読もうぜ」セルゲイは折りたたまれていた便せんを開けた。

その冒頭には、『私は罪を犯しました』と見た事の無い筆跡で書かれていた。

一度の浮気。それで孕んでしまった罪の子。罪悪感に耐えかねての自殺。読んでいる二人の目の焦点が衝撃のあまりに段々と合わなくなっていく。……そして最後の便せんは新たに付け足されたもので、セルゲイの亡父の筆跡であった。

『セルゲイ、お前は遺伝子鑑定もしましたが私の実子です。 ですがオデット、お前は……お前の遺伝上の父親は、あの「大帝」カール・フォン・ホーエンフルトです。 でも、お願いだ、どうか私の娘でいて下さい。 どうか……!』

「……だから俺は放置されたのか」セルゲイが低い声で言った。「そうだな、クソ親父、血の繋がりってのはかなりクソッタレな絆だ。 でも……姉さんは愛情が無ければただの……ただの他人だ」

「何と言う……何と言う事じゃ……!」エンヴェルは震えている。「遺言書は、では――」

そう言って開けた遺言書の内容は、様々な事業や慈善行為などに投資もしくは融資しているものを除いて、残った遺産はセルゲイと彼の姉に等分するように、と言うものだった。

「……」

「……」

二人は声も無い。

「だからクソ親父は万魔殿を毛嫌いしていたのか……」しばらくして、セルゲイが言った。「そりゃ嫌いにもなるってものだぜ」

「……叔父上は……」エンヴェルは何か言おうとしたが、もうそれは周知の事であったので、止めた。彼の叔父が死ぬ間際に『オデットを頼む』と言ったのは、そう言う事だったからか。彼は泣きたくなった。彼の叔父は変人で奇人でワガママな男であったが、身内には優しい男であった。いつだって金は出しても口を出すと言う事はしなかった。もう少し、とエンヴェルは早くもこらえきれずにだあだあと涙を流しながら思う。もう少し生きていて欲しかった!


 (お前達を殺してやる)書類を机の上で整理していると、彼の脳内に声が響く。(お前達だけは殺さねばならない)

「全くしぶとい男だ」彼は付近に誰もいない事を確認して呟く。

(しぶといとも!)その声は、とても強い意志と憎悪にまみれた声だった。(地獄に堕ちようと俺はよみがえってみせる!)

「ただの人間の分際で仰々しい事を言うものだ」

(お前達は俺の娘を殺そうとしている。 生憎俺にはあの子を見殺しにするつもりは一切無い!)

「だったらどうすると言うのだ?」彼の呟きには、明らかに嘲笑が含まれていた。「所詮、何の力も持たぬ人間の分際で」

(人間を舐めるなよ、人外風情が!)

彼の右手がいきなり動いた。それは机の上にあったペーパーナイフを掴む。右手はそれを彼の首に突き刺そうとした――が、寸前で止まる。

「自殺をも恐れぬとは、恐ろしい男だ」彼は左手で右手を撫でる。すると右手はペーパーナイフを取り落とし、彼に従順になった。「だが少々相手が悪かったようだな? 貴様の体の支配率は圧倒的に私によって占められているのだから」

声は、もう彼の頭の中で響かない。完全に静かになっている。

トントン、と扉がノックされて、彼は、

「入れ」と言った。

「失礼します、シーザー様、どうぞ、インディア産の高級茶葉でございます」

秘書のキャメロンが紅茶を持って入ってきた。

「ああ、済まない」

彼は受け取って、紅茶の香りを楽しんだ後、口に含んだ――直後、それを吐いた。嘔吐物には血が混じっていた。彼は二、三度けいれんしたかと思うと、そのまま机に倒れ伏した。がちゃんとティーカップが割れた。

「きゃああああああああああああああああああああああああッ!」

キャメロンが絶叫して、人が駆けつけた。

「何事だ!?」シーザー腹心の部下イリヤが現状を見て、「医者を呼べ!」と己の配下に怒鳴った。「紅茶に毒が盛られていたのだ! 急げ!」

 ――聖教機構強硬派首領シーザー、毒殺未遂により入院、絶対安静。

強硬派は大混乱に陥った。

「何と言う事だ!」イリヤが歯噛みしつつ怒鳴る。「何者の仕業だ!」

「イリヤ様」同じ強硬派特務員ダリウスが言った。「厳重な警備をかいくぐってのこれほどの手並みは、恐らく過激派に指示された『リクドー』の仕業かと……」

「『リクドー』か!」イリヤは激しい口調で言った。「過激派め、こちらに総攻撃をさせぬためにシーザー様に毒を盛るとは、卑怯にも程がある! 許さん、許さんぞ!」

「けれど、どうしましょう……?」同僚のメアリーが不安そうに、「シーザー様のご指示無しでは、こちらは戦争を続行するのも正直難しいですわ」

「……ご回復を待つしか無かろう!」イリヤの口調は、激しいままである。「『リクドー』め! だが『リクドー』ですら暗殺し損ねるとはやはりシーザー様には神のご加護があらせられるのだ! 必ずや過激派ごと潰してくれるわ!」


 「シーザーなんて死ねば良かったのに」と聖教機構和平派特務員のI・(イー・ツェー)は率直に言った。「全く『リクドー』もツメが甘いなあ。 ってか、ヤツらが暗殺未遂したのって珍しいな」

「そうだな」と女殺しで有名な同僚のグゼが賛同した。彼は美男子で、そして、異常なまでに女性にモテた。どのくらいかと言うと、現在彼が深刻な女性不信に陥っているほどにモテたのだ。「シーザーの致死量を盛らないなんて絶対におかしい。 シーザーほどの大物を殺すのを『六道(りくどう)』の新人にやらせるなんて事も無いし……」

「あ、そう言えばグゼは元々『リクドー』にいたんだっけ?」同じく和平派特務員のニナがクッキーをかじりつつ、はっと顔を変えて、「あ、聞いちゃいけない事だったらゴメン!」

「いや、気にするな。 確かに俺は『六道』出身だ」とグゼは認めた。

「……世界最強の暗殺結社だったよね。 どう育ったらそうなるの?」ニナの双子の妹、フィオナがいつもの重苦しい話し方で訊ねた。

「幼少期から徹底的な訓練と洗脳を重ねるんだ」とグゼは言った。「でも楽しんで人を殺すのだけは止めろと俺は父親から教わった」

「へえ」と同僚のフー・シャーが言う。「確かにそうだよね、楽しんで人を殺したりしたら……ぞっとしない」

そこで彼らの視線はI・Cに自然に集まった。

「……何だよ、示し合わせたように俺を見て」

ちなみにI・Cは面白半分に殺人を、殺人以上のむごい事を、平気で、楽しんで、心底愉快にやる。

「「何でも無い」」と特務員達はそっぽを向いた。

そこに白くて小型の、和平派所有兵器の一つ、シャマイムがコーヒーを運んできた。今は人間の形を取っているが、様々なものに変形できる。

「お、ありがとうな、シャマイム」シャマイムの一番近くにいた同僚のセシルがお礼を言ってカップを一つ受け取った。「毒は入っていないよな?」と冗談で言う。

「コーヒーに異物混入の形跡は無い」とシャマイムは機械的に言った。「シーザーの例を教訓に、カップの表面にも毒物が塗られていない事は確認した」

「そりゃ安心だ!」セシルは笑った。

『羨ましいなあ』と立体映像で情報屋のレットが登場する。『僕もシャマイムの紅茶とかコーヒーとかをまた飲みたい……美味しいんだよねえ……』

「酒持ってこない時点でクソ不味いがな」I・Cが無茶苦茶を言い出した。誰もが顔をしかめる。I・Cは非常識で異常者で狂った性格をしている、側にいられるだけで不愉快になる、と言うのが彼らの間では常識になっている。大体、書類整理とは言え勤務中なのに酒を飲みたいと言い出すI・Cがおかしいのだ。そして折角の和やかなひと時をこうして粉砕されるのにも、もう彼らは慣れていた。

「……シャマイムさん」新人の特務員アズチェーナが慰めるように言った。「大丈夫ですからね、みんな分かっていますからね」

「了解した」とシャマイムは言った。シャマイムは兵器だが、I・Cよりは遥かに空気が読めるのだ。

『……そうだ、穏健派と過激派の戦争なんだけれど』レットがここに登場した目的を告げる。『今のところは穏健派の圧勝だね。 だってありとあらゆる支援を「帝国」から受けていて、そして万魔殿と言う組織を存続させるために必死だからね』

「それにしたって、つくづくだらしねえなあ、シーザーは」I・Cがわざとらしく言った。「折角の万魔殿をぶっ潰す好機なのに暗殺未遂されて寝込むなんてなあ。 よっぽど神から嫌われているんじゃねえの? この異端者め!ってな」

「何だと!?」紛れも無い、怒りに震える声が辺りに響いた。誰もがうんざりした顔でそちらを見る、そこには黄金の長髪を束ねて、見るからに頑強な、白鋼の鎧を着用した男が立っていた。「I・C、貴様もう一度言ってみろ! シーザー様が異端者だと!?」

「俺悪くないもん」I・Cはけろりとした顔で言う。「だって悪いのは俺じゃなくてー、毒殺ぐらいで死にかけるどっかの馬鹿だからー」

「貴様! 貴様ァああああああああああああああああ!!!!!」

突進してきた彼を闘牛士のごとくかわして、I・Cは何と天井に逆さに立ちながらげらげらと笑った。

「上司が馬鹿だと部下も馬鹿になるのか、ぎゃはははははは」

「シーザー様を馬鹿だとォおおおおおおおおおおおお!」

男の手中に稲妻のように光る槌、『ミョルニル』が握られた。

「イリヤ」シャマイムがいきり立つ男の前に立ちはだかって言った。「ここで戦闘をした場合、我々和平派が強硬派に宣戦布告しなければならない事態も発生しかねない。 端的にここに来た用件のみ伝えて帰還する事を要求する」

「……ッ! ッ! ッ!」男は歯を食いしばったが、辛うじて怒りを抑え込み、言った。「現在交戦中である万魔殿穏健派と万魔殿強硬派を強襲しろとのシーザー様からの依願だ! 我々強硬派の代理で戦争をしろ!」

「俺達は聞くだけ聞くが、ボスが受けるかどうかは分からん。 それがこちらの返事だ」セシルが言った。それがI・C以外の和平派特務員の総意でもあった。

「……!」イリヤは、今度は、来た時とは逆に足音も荒く去って行った。

「あれ、戦争しねえの?」I・Cがその後で、和平派特務員達に向かってつまらなさそうに言った。「戦争は楽しいぞ、人がいっぱい死ぬ。 そして人間も魔族も戦争を通して進化してきた。 時代を変えたかったら戦争が一番だってのに」

「……もう飽きた。 我々は戦争には飽きたのだよ」ランドルフが言った。老成した雰囲気を持つ彼は、和平派幹部マグダレニャンの秘書を今はやっていた。「もう沢山だ。 もう良いのだよ。 I・C、戦争が我々を進化させたのは確かなのかも知れないけれど、平和が無ければ我々が安心して暮らせないのも事実なのだよ。 さて、では私がマグダ様にお伝えしに行こう」

紳士的にそう言って、ランドルフは部屋を出て行った。

「つまんねえの」I・Cは机の上に足を乗せて、あくびをした。「平和な方が世界は異常だってのによ、誰もそれに気づきゃしねえ」


 執務室の隅で、哀れな猫が震えている。雷を落とさんとする曇天のような雰囲気が辺りに充満しているからだ。

「……ヴィトゲンシュタイン社が、A.D.(アドバンスト)合成人間の研究をやっていた……のですか?」

マグダレニャンは書類を見た途端に、険しい顔をする。先日和平派により滅ぼされたカルバリア共和国、そこに本社があった国際軍事企業、ヴィトゲンシュタイン社が、世界最悪のテロリスト指定を受けている暗殺組織『デュナミス』と提携していた事が判明し、和平派はこの軍事企業を根絶させるべく動いていた。しかも『デュナミス』は過激派とも癒着していたのだ。もう滅茶苦茶である。

「ええ」とランドルフは頷き、「表向きはヴィトゲンシュタイン社の寄付によって存続している福祉施設の一つである障害児育成所、ですがその実態は合成人間の研究所のようです。 A.D.研究の行きついた果ての……」

A.D.とはいわゆる超能力者の事だ。人間でありながら魔族のような不思議な力を所持している者を指して言う。かつて聖人や預言者と呼ばれた事もあった。

「……ニナとフィオナが聞けば卒倒しそうな話ですわね。 調査と制圧のために誰を行かせるべきかしら……」彼女は少し考えたが、「シャマイムとグゼ、そしてI・Cに行かせましょう。 任務を発令します」

「承知いたしました」とランドルフはかしこまった。

「それと強硬派のイリヤからの依頼の件ですが、和平派幹部の総会にて返事を決定します」マグダレニャンは続けて言った。「私個人の意見ですけれど、この際に過激派を攻める事は賛成ですわ。 過激派は危険すぎます。 そして残った穏健派とならば、恒久和平条約の交渉もようやく始められるでしょう」

「同感です」ランドルフはきっぱりと言った。「恐らくマグダ様、貴方様のお父上もそうされただろうと私は思います。 そしてその御遺志を継がれる事は、貴方様にとってはもはや悲願。 いえ、至上使命であらせられる。 もう、もう世界戦争には我々は飽きたのです。 本当に今の、そしてこれからの我々に必要なものは何か。 あの御方はそれをご存じでいらっしゃった。 正に『聖王』であそばされた」

マグダレニャンは少しだけ笑い、

「父が聞けば、『そんな言い方は止めてくれ』と困ったように返事したでしょうね」


 「A.D.研究? 合成人間?」I・Cはあぐらをかいて酒瓶を持っていたが、急にご機嫌になって笑い出す。「ぎゃはははははは、またニナとフィオナみたいなのが出てくるのか! こりゃ正しく傑作だ!」

「……」いつもは何か言い返すであろうニナが、真っ青な顔をして何も言わない。妹のフィオナはそれに加えてがたがたと震えている。

「I・C、止めたまえ!」普段は穏やかなランドルフが、怒っている感情を隠さずに言った。「彼女達がどんな目に遭ってきたか、I・Cも見ただろうに!」

「そんなのもう忘れたー」

「I・C、貴様ッ!」ランドルフが怒鳴りかけたのを、シャマイムが制した。

「ランドルフ、ニナとフィオナの現在の精神状態に、怒声は大変な悪影響だ。 冷静に対処する事を推奨する」

「……済まない。 そうだな、シャマイム」ランドルフは一呼吸をして言った。「私の引退試合があの研究所の案件だったからな……まだ思い入れがあるのかも知れない」

「了解した」シャマイムはそう言うと、何か用事があるのか、去って行った。

「……ランドルフさん」とグゼが言った。彼らは和平派拠点ビルのロビーにいた。「あの事件――『A.D.造成事件』の真相は何だったんですか?」

「グゼ君。 言いたくない。 とても言いたくない」ランドルフは重い顔をして、「だがグゼ君も目の当たりにするだろう、人間の恐ろしさを、おぞましさを」

そこにシャマイムがココアの入ったマグカップを持って戻ってきた。震えている双子にそれを渡す。

「……ありがとね、シャマイム」ニナが小声で言った。

「精神的苦痛が耐えられない段階であればカウンセリングを受ける事を推奨する」シャマイムは機械的に言った。「もしくは投薬治療を受けるべきだ」

「……大丈夫。 もう、大丈夫」フィオナが言った。「シャマイムがいれば、私達は、大丈夫だから」

「了解した」と淡々とシャマイムは言った。過度に甘やかすのでもなく、かと言って突き放すでもなく、お互いがお互いをきちんと認識できる距離感を持って。


 「そうか、禁じられている違法なA.D.研究所なのか……」シャマイム(車)の運転席に乗りながら、グゼがぽつりと言った。「俺もそこにいた」

『グゼ?』今は車の形になり、自動走行しているシャマイムが不思議そうな声を出す。彼らは今、列強諸国の一つアルバイシン王国の街ラカサスにいた。ここは表向きこそアルバイシン王国の領土ではあるが、万魔殿の実効支配が及んでいる特別地域だ。この街の郊外に、ヴィトゲンシュタイン社が密かに設営していた違法なA.D.研究所があって、そこの調査と制圧のために彼らは移動しているのだ。『今の発言の詳細な説明を要求する』

「いや、な……俺も幼い時はA.D.研究所にいたんだ、それも違法な」

『グゼは「リクドー」出身だと自分には登録されている』

「そうだ。 俺はな、幼い頃に妹を連れてそこを脱走して、でも行き詰った所を父親に救われたんだ。 その父親が『六道』の人間でな……あの人が全力で俺達を守って庇ってくれたから、俺は今ここにいられる。 血の繋がりこそ無いが、俺の父親はあの人しかいない」

『了解した』

「お前ファザコンなの?」後部座席で寝ていたI・Cが、どうでも良さそうに言った。

「ああ、そうだ」グゼは言ってから、目を細めた。「俺に、俺の力で生きていく方法を教えてくれた。 親の本当の愛情と言うのは、子供に子供自身の力で生きていけるように育てるものじゃないかと俺は思う」

「うぷぷぷぷ」I・Cの顔にあざけりが浮かぶ。「一見美談に聞こえるがよ、それが結局はテメエを暗殺者に育て上げたのか。 何て素敵な愛情だ」

「何とでも言え」

「じゃあ言うぜ。 テメエの親父はただのクソッタレだ。 だってまともな神経をしていたら子供をだ、それも可愛がっている子供をだ、人殺しのドブネズミみたいな仕事に就けるよう育てるなんて真似は絶対にしねえよ。 紛れも無い偽善なのにテメエは盛大に勘違いしていやがる。 可哀相なグゼちゃんは偽善に気付けない! まだ虐待とかされていたらお前も真実を見られたんだろうがな、優しさと言うのはこの世で最も残酷で、真実を霧の中に隠してしまうのさ」

「……」グゼは無言である。

『I・C、I・Cにグゼの父親を評論する資格は無いと判断する』シャマイムが珍しく食ってかかった。『グゼの心証を考慮する事を』

と言いかけた所でI・Cが怒鳴った。

「黙れポンコツが! 俺は真実を言ってやったんだぞ!」

『否。 この場合の真実とはグゼが認めたものだ』

グゼがそこで次のように言った。グゼは怒っても気分を害してもいなかった。何故なら彼は父親の愛情を絶対的に確信していたからだ。たとえ神がそれを全否定しようと、彼は自信を持って全肯定するだろう。

「シャマイム、俺のために反論してくれてありがとう。 でも俺は大丈夫だ。 俺の父親はI・Cみたいなろくでなしじゃなかった。 俺と妹を守ってくれて、本当に可愛がってくれた。 誰がどう言おうと俺は心底親父が好きだった。 それが俺にとっての全てだよ」

『了解した』

「ケッ」I・Cが舌打ちをした。「どいつもこいつも死ねば良いのに」


 ――ランドルフは形相を変えていた。いつもは温和なこの男が、並大抵の事では動じない百戦錬磨の魔族の特務員が、今にも爆発しそうな顔をしていた。

目の前に広がる光景は、人の尊厳を台無しにした上に、人の全てが醜く歪んでいて、もしも人類愛があるのならば、これ以上醜く歪む前に全人類を殺して粛清してやらねばならない、とまで思わせるほどのものだった。

奇形児や元々は人間のような生物だったと思われる標本が、ずらりと、謎の液体に入れられて、数多の実験装置や培養槽の中で無数に揺らいでいる。

「これは……!」

人類のクローン研究が厳禁され技術も封印されてしまった今現在、その代償に合成人間の研究が進んでいる。ただの人造の人間の研究では無い。人工合成した人間に魔族の特殊能力を植え付けて、人間のA.D.能力を研究開発する代物だ。もしも成功したならば、大幅な軍事力の強化に繋がる。それはこの世界大戦の起きている世界では切に求められているものであった。ランドルフらのボスは言った、『だがそれは聖教機構の教義倫理を破壊し生命の禁忌を犯している』と。

今、ランドルフはその言葉に心底同感した。この有様を見て彼は愉悦を感じられるほど狂ってはいなかった。

「ボスのおっしゃった合成人間の失敗作だと考えられる」シャマイムが言う。「ランドルフ、ここで待機する事を自分は推奨する。 ランドルフの精神的苦痛は、これより先に侵入した場合、加算されるだろう」

「……いや、行くよ」ランドルフは首を横に振った。「行かねばならない。 私も真実を知らねばならない。 A.D.研究の行きついた果てを!」

「……了解した」

「うっわーグローい!」I・Cだけがにやにやと笑っている。「おいランドルフこれ見ろよ、右腕が五本もあるぜ! こっちは目ん玉が三つだ! すげえすげえ、人の遺伝子を極端にいじくるとこうなるのか、ぎゃはははははははは!」

「I・C」ランドルフは呆れてしまった。怒る段階は既に通り越している。「お前こそここで待っているべきじゃあないのかね?」

「やだ。 もっと俺は面白いものが見たい!」

I・Cは邪悪に、そう言った。

 電子ロックをシャマイムが解除し、三人は研究所の奥へと侵入した。そこはまるで地獄のようであった。地獄の門はくぐる時に一切の希望を捨てねばならない。研究員が何人も、人間とも化物とも区別のつかぬ生物を虐待したり、気まぐれに殺して解剖したりしていた。研究員は全員シャマイムの麻酔弾で眠らされ、彼らは最深部の、厳重なセキュリティロックのかかった扉の前に立つ。シャマイムが開錠して、罠に注意しつつランドルフが一番に飛び込んだ。

「! 貴様は誰だ、どうやってここまで入ってきた!?」所長と思しき老人が怒鳴った。ランドルフはついにのど元までこみ上げる嘔吐感を覚えた。老人は下半身が裸で、そして双子の女の子に『奉仕』させていたからである。

「当研究所所長、オレク・ニキートヴィチ・ロマネンコと虹彩により特定。 投降しろ」シャマイムが二丁拳銃サラピスを構えて言う。「こちらは聖教機構だ」

「ッ!」老人は、だが、邪悪な顔になった。「生憎とこちらにはそのつもりは無い! おい、『ステンノー』、『エウリュアレー』、行け!」

「「……」」双子がシャマイム達を無感動な目で見た。そして、襲いかかってきた。

「――『永眠への道連れ』」

だが、ランドルフが大鎌(デスサイズ)を一閃させると、彼女達はその場に倒れてしまう。

「な、何をした!?」

「少しお寝んねしてもらっただけだよ」ランドルフは続けて鎌を振るう。老人の両腕が切断された。絶叫を上げる老人を、彼は酷く冷たい目で見ている。「本音を言うと貴方には今すぐこの場で永眠してもらいたかったのだがね」

「げえ」I・Cが倒れた双子をよく観察するなり、嫌そうな声を上げた。「貧乳じゃん、死ねば良いのに」

「う、うう……」その二人の内、一人が目を覚ました。「……」

彼女は全く生気の無い目で彼らをぼんやりと見つめる。老人がわめいた。

「何をやっている、コイツらを殺せ! 早く殺せ!」

「……」彼女は、立ち上がった。

「洗脳もしくは命令系統を解除する必要がある」シャマイムが老人の耳に大型拳銃サラピスの銃口を押し付けた。「命令だ、即刻解除しろ」

「だ、誰が――ぎゃああああああああああッ!」

耳元で放たれた銃弾に外耳を吹き飛ばされ、老人はのた打ち回る。

その胴体を踏みつけてランドルフが紳士的に言った。

「解除したら貴方の命だけは助けてやろう。 どうかな?」

老人は蜘蛛の糸に飛びついた。

「する、するから――命だけは!」

命令系統が変更されて、双子は束縛から解放された。けれど相も変わらずぼうっとしていて、彼女達は人形の様だった。

「どうしたものでしょうか」とランドルフは通信端末で彼らのボスに訊ねる。既に聖教機構和平派軍によりこの研究施設は完全に制圧され、研究員達及び所長は拘束連行されようとしている。

『そうですわね……』とボスは少し考え込む。

その時だった、シャマイムが気付いた。

「ボス、彼女達の染色体を精査した結果、彼女達は合成人間である可能性が発生した」

『何ですって!?』

「遺伝子構造が人間や魔族とはわずかに異なっている。 これは合成人間である可能性を排除しては論証しえない事象だと判断した」

『……良いでしょう、その双子を連れ帰りなさい。 詳しく調査させる必要がありますわ』

「あ、ボス」I・Cが今更やって来て、言った。「あのジジイはどうする? 取りあえず足は二本もぎ取ってみたんだが、次は目ん玉くり抜いて良いか? とにかく殺さなきゃ良いんだろ?」

『……合成人間をいかにして作り出したか、それを聞きだすまではお止めなさい』

「へいへい」


 双子は体を寄せ合って、震えている。寒くは無いはずなのだが、怯えているのだろうか。シャマイムがココアをマグカップに温めに淹れて持ってきた。双子は不思議そうな顔で、シャマイムと、ココアを交互に見る。シャマイムはココアを差し出した。双子はしばらくそれを見つめていたが、犬のように舌を出して、ココアを舐めた。シャマイムは何も言わなかった。次の瞬間双子はマグカップを奪って、まるで貪るかのように舐め始めた。舐め終える頃、シャマイムはお代わりを持ってきた。結局双子は五杯近くも飲んで、寝てしまった。


 「脳髄同調転移接続(シンパシー・アクセス)をやってみる?」マッドサイエンティストのエステバンが言い出した。「この双子の脳波とシャマイムの核頭脳(コア)を同調させて、この子達とシャマイムを仮想世界(ヴァーチャル・ワールド)に転送する。 そこなら音声とか関係なしに、お互いの意志を疎通できる。 記憶を共有したり、感情を分かち合ったり。 この子達はどうもシャマイムに懐いているみたいだから、シャマイムにお願いしたいんだけれど。 時間は取らせないよ、仮想世界での一日は現実世界の一秒にすら満たないし」

「了解した」

――シャマイムが出現した先の世界は、穏やかな風が駆け抜ける草原だった。地の果てまで緑が覆っていて、柔らかな雲を乗せた青空がその上にあった。シャマイムはふと、天国がもしもあるのならばこのような穏やかで優しい世界なのだろうな、と思った。

「え、えーと」と転移された双子の姉らしき少女が口を開いて、びっくりした顔をする。「話せる! 私、話せるよ!? 何で!? どうして!? うるさいのは嫌だって、声帯を取られたのに!」

「ここはいわゆる精神世界で、物質的な情報伝達手段の必要は無い」

シャマイムは説明した。すると、妹らしき方が、

「あ……本当だ。 思っただけで言葉になるや。 あの……ところで、貴方は誰?」

「シャマイムだ」とシャマイムは己の正式名称:「試作機(トライアル)自律自動型可変形兵器(オートトランスフォームロイド)』個体名称シャマイム」が長すぎてまだこの二人には理解できないだろうと思い、そう言った。「自分は兵器だ」

「兵器、か……私達も、それになるためにいっぱい実験を受けてきたんだ」姉が言う。「あまり楽しい実験じゃなかったけれど」

「……」シャマイムは黙って聞いている。

「……あのね」妹が言った。「A.D.とか、合成人間って知っている?」

「人間でありながら魔族のような特殊能力を所持する人間をA.D.、クローンでも無く人間でも無く、遺伝的にわずかに人間とも魔族とも異なる人造人間をこちらでは合成人間と呼称している」

「うん、そんな感じ。 でもね、合成人間には弱点があるの」姉が言った。

「?」

「……肉体を完成させるのはまだ出来たの。 でも、精神がそれに追いつかないと、役立たずなの」妹が交代して言う。「……だから私達はいっぱい実験をされたの。 私達は、まだ耐えられたの。 でもね、メデューサは耐えられなくて、処分されたの……」

「メデューサ?」

「私達の友達。 凄く、凄く良い子だった。 でも、優し過ぎたんだと思う、だから心を壊されて……」

「……」処分。恐らくはあの実験装置や培養装置が無数に並び立っていた中の標本の一つにされたのか、あるいはシャマイム達が研究施設への侵入経路にした地下廃棄物処理施設に放り込まれたのか。「……」

シャマイムの手に、マグカップが二つ現れる。現実世界でのデータを元にシャマイムがここでも再構成したのだ。

そこから立ち込める匂いに、双子の顔が少しだけ明るくなった。

「これ、もっと食べても良い!?」

「是」

 それからシャマイムは双子と色々な話をした。双子が今まで置かれていた環境の異常さを時間をかけて認識させて、洗脳やすり込みを一つずつ解除して行った。まるで幼い子供を育てるようだった。自分の意見を言っただけで不当な暴行を受けはしない事、ただし人を傷つける発言は慎む事、ココアは舐めるのではなくて飲むものだと言う事、嬉しい時には嬉しがっても良い事、不条理な暴力や暴言は許されないものだと言う事、悲しくて泣きたい時には泣いても良い事、ごくごく当たり前の事だった。

シャマイムが信じるに値する存在だと分かると、双子はとにかく喋った。今までお喋りなんて許されていなかったので、まるで溜まっていたものを溢れさせるように喋った。

「私達はね、『ゴルゴン』って呼ばれていたの。 本当は三人のはずだったの」

「……」

「……でも、メデューサは処分されちゃった。 いつもどんな時でも三人でいたのに。 『役立たず』って言われて、でもあの子はその意味さえ分からないくらいに壊されていたの、それで処分されたのよ」

「……」シャマイムは黙って聞いていたが、その全ての実情を今では知っていた。

あの老人が一切合切白状したのだ。それをつい先ほどデータ通信でシャマイムも知った。壊れた合成人間や出来損ないの人間もどきは全てデータを取りつくした後に『そう言う性癖の連中』に、研究費のために売りとばしたのだと。老人はその連中の名前すらぶちまけた。その中には相当な社会的地位を所持する者もいたために、今、大問題になっている。倫理も道徳もどこにも無い、人間の最も醜い部分を、それこそ発覚したら極刑に処されても文句の言えないほどの行為を、公にされるのだから。そして老人は最後に言った、研究所でそうやって処分したもの全てには、遅行性の毒物を注射して、後腐れがないようにした、と。

「……あの」と双子の一人がおずおずと言う。「これから私達、どうされるの?」

「現時点での処遇はまだ決定していない。 だが、我々は絶対に肉体的及び精神的暴行は行わない。 嫌な事は明言すれば配慮する。 ここに存在して我々に不都合な懸案は今後一切発生しない」

「……ええと、つまり、処分されないって事?」

「是」

ぱーっと双子の顔が明るくなった。

「ご飯食べても良いの!?」

「是」

「ぶたれたりしない?」

「無意味な暴力を行使する理由は現時点では存在しない」

「ココア飲みたい!」

「了解した」

――そこに、いきなりエステバンの声が響いた。

『大変だシャマイム、起きてくれ!』

「エステバン?」

その声が悲鳴に近かったので、シャマイムは同調転移接続を強制解除した。

現実では、銃を突き付けられたエステバンと、武装集団に占領されたラボがあった。

「貴様ら、まさか、あの『A.D.造成事件』で告発された連中の――!?」

言いかけたエステバンが、殴られて倒れた。

「分かっているなら死んでもらおうか」

そう言った主犯格らしき男がマシンガンの引き金に指をかける。

シャマイムは事態を悟った。告発された連中が、生きた証人であるあの双子を消そうと彼らを差し向けたのだ。シャマイムは咄嗟に、拳銃サラピスを撃った。それはラボの照明を直撃し、元々密閉空間であったラボは一瞬で闇に覆われた。

「「しまった!」」

「――赤外線視認の開始」シャマイムは視覚を切り替えた。暗闇の中でもシャマイムは即座に行動できるのだ。「戦闘開始」

銃声が入り乱れ、悲鳴が上がり、硝煙と血の匂いが充満する。

「しゃ、シャマイム!」エステバンが叫んだ。

「増援の伝達を要請する、エステバン」彼を背後に庇って、シャマイムは言った。

「分かっている、特務員のみんなを呼んでくるよ!」

シャマイムはエステバンを逃げさせて、そして残った主犯格の男と対峙した。エステバンの開けたラボのドアから、まぶしい光が差しこんでくる。

だが、その隙に主犯格らしきその男は、寝ていた双子を人質に取っていた。双子は銃声と血臭に完全に怯えていて、ラボの隅で寄せ合って震えていた。

「おい、こっちに来い!」男は双子を足蹴にして引きずる。双子の背後に回って、銃を突きつけた。「おい、武器を捨てろ! さもなきゃ分かっているだろうな!?」

「……」

この非常事態を知り、あるいはエステバンに呼ばれて、他の特務員がラボに駆けつけるまで、最短で三〇秒。その三〇秒を稼ぐためにシャマイムはサラピスを手放した。そして、言った。

「貴様が逃げる事は完全に不可能だ。 抵抗を止め、投降しろ」

「誰がそんな事を!」そう言って男はシャマイムに、見せびらかすように電撃弾を装填してみせた。「お前は兵器だから、こう言うのに弱いんだろう?」

シャマイムは動かない。動けば双子が代わりに殺されるからだ。

「あばよ、永遠にな!」

電撃弾がシャマイムに命中した。凄まじい電流が走り、シャマイムの意識が飛びかける。だがシャマイムはその時には三〇秒が経った事を確認していた。

「シャマイム!」直後、我先にランドルフ達がラボに突入してきた。「しっかりしろ、シャマイム!」

「おっと」男は双子を人質に、逃げ出そうとした。「コイツらの命が惜しかったら、出て行きな!」

「くッ!」

その時、双子の手が、金属的な光を放った。そして彼女達はその手を、男の体に触れさせた。

「!?」

それはまるで、古代の伝承に出てくる、恐ろしい化物の女達のようだった。あまりにもその姿は恐ろしくて、直に目にしただけで、人々はことごとく石像と化したと言う。ましてや直に接触すれば――。

男が絶叫をあげた。「ぎゃあああああああああああああああああッ! 体が、体が――!」

ランドルフ達もぎょっとした。男の体が、ぼろぼろと、まるで砂で出来ていたかのように崩れていくのである。否、灰になって散っていくのである。

シャマイムが、どうにか動けるようになった時には、そこには一握りの灰の塊があるきりだった。

「「!」」シャマイムが起き上がった途端に、双子はシャマイムにくっ付いて、離れようとしない。他の特務員達に対して明らかに怯えている。

「い、一体、今のは――」特務員の一人がつぶやくと、シャマイムが言った。

「接触した物体の構成組織原子を異なる原子へと瞬間変異させる能力だ。 A.D.研究所では『ステンノー』、『エウリュアレー』と呼称されていた」

――ラボのモニターに、シャマイム達のボスが映る。

『撃退ご苦労』と彼女は言った。『シャマイム、その子らは異端審問裁判の証人席に立たせる事は出来そうですか?』

「ボス、それには彼女達の声帯の再生と、説得が必要だと自分は判断する。 同調転移接続の再開をエステバンに依頼したい」

彼らのボスは険しい顔をした。虐待の事実は知っていた。しかし目の当たりにすると、どうしても快い気分にはなれない。

『……声帯をも切除されたのですか。 分かりましたわ、そうしましょう』


 「シャマイム、大丈夫!?」

あの穏やかな世界に戻った二人と一機は、また会話を始める。

「問題ない」とシャマイムは言った。「自己修復機能も自分には備わっている」

「良かった!」と双子はほっとした顔をする。「ところで、あの人達は誰? 怖い顔をしていたけれど……」

「自分と同じ和平派特務員だ。 敵では無い」

「とくむいん……?」

シャマイムは説明した。この世界では世界戦争が繰り広げられている事、聖教機構の敵対組織万魔殿との第一一九次世界大戦の真っ最中であると言う事、その原因は聖教機構最高指導者『聖王』と万魔殿最高指導者『大帝』が同時に行方不明になったためである事、特務員とは聖教機構の精鋭であり、表に出せる仕事から極秘の仕事までやる上級構成員であると言う事、そして今の聖教機構は内部分裂を起こしていて、強硬派と和平派の対立が激しくなっていると言う事。

「そうなんだ……」と姉は言った。

「……凄く大変なんだね」妹は静かに頷いた。

シャマイムは言ってみたものかどうかためらったが、命令であるので言った。

「異端審問裁判の証人席に立てるか?」

「いたんしんもんさいばん?」

「それ、何?」

「聖教機構の教義に違反した、もしくは存在が大悪だと断定された対象を裁く裁判だ。 判決は全て死刑か死刑に匹敵する科刑だと決定している。 だが異端審問裁判を起こすには証人ないし決定的証拠が不可欠だ」

「シャマイムが出て欲しいって言うなら、私、証人になるよ?」

「……うん。 シャマイムの言う事なら聞くよ」

双子はあっさりと言ったが、シャマイムは違った。

「出廷するか否かは、自分からの要請の有無ではなく、そちらの意志で決めて欲しい」

「……自分の頭で考えろ、って事?」双子が目を丸くした。

「是。 出廷した場合、精神的苦痛を与えられる可能性が非常に高い。 証人として証人席に立った場合、過去の苦痛な出来事を詳細に発言する事を要求される。 よって自分からの要請で出廷するのではなく、出廷の有無は自己の判断で行って欲しい。 自分はどちらでも構わない。 仮に出廷しないと判断しても、我々は一切危害を加えないと約束する。 否、全力で自分が阻止する」

「「……」」双子は考え込んだ。その時だった。

「馬鹿じゃねえの?」邪魔者が、三人の世界に侵入してきた。「そんな事をしたらシャマイム、お前は廃棄処分だ。 廃棄処分って意味分かっているか、そこの乳無しのメスガキ共? 溶鉱炉にぶち込まれるんだよ、一切の存在してきた痕跡を残さないために。 んで、シャマイムの代替品がシャマイムに取って代わる」

I・Cだった。シャマイムは双子を背中に庇いつつ、言った。

「どうやってこの世界に侵入した、I・C?」

「簡単だ、たかが脳波を同調させて世界を転移すれば良いだけなんだからな。 この仮想世界に飛ぶ程度なんざ、地獄(タルタロス)異界(ゲヘナ)へ行き来するよりは遥かに俺にはたやすい」

「……シャマイム、この人、誰?」双子はまた怯えている。

「最重要危険人物だ。 接近した場合、危害を加えられる恐れが非常に高い」シャマイムは続けて言った。「この世界に侵入した理由は何だ、I・C?」

「シャマイムがシャマイムだから、間違いなくそこのメスガキ共に『嫌なら出廷しなくても良い』って言うと思ってな。 俺にしては物凄く親切に、『それはいけない事だ』と忠告しに来てやったんだ」

「……」シャマイムは黙る。

「……どうして、いけない事なの?」双子が恐る恐る聞いた。

「メスガキ共、お前らはシャマイムが好きなんだろう?」いやらしい笑いを顔に浮かべて彼は言う。「好きだったら異端審問裁判に出廷しろ。 さもなくばシャマイムは処分されるぞ? 分解されるか溶鉱炉に突き落とされるか、まあ具体的な処分方法は俺もまだ知らんがな」

「……な、何でシャマイムが処分されなきゃいけないの!? シャマイムは何も悪い事していないじゃない! どうして――どうして処分されるの!?」

「命令違反だからさ」I・Cは下卑た様子で言う。「シャマイムの現在の至上任務はメスガキ共、お前達を説得して異端審問裁判に出廷させる事だ。 あそこは楽しいぞ? メスガキ共、お前達のトラウマと言うトラウマを根こそぎ掘り起こされて、あのジジイのしなびたペニスをしゃぶらされましたーって衆人環視の前で言わなきゃならない。 嫌だろう? 嫌だろう、おい? だがそう言わなかったら最後、シャマイムは任務違反で処分される。 処分しなきゃならん。 だってボスの言う事を聞かなかったんだからな。 シャマイムが処分されたとして、まあお前達は虐待はされんだろうな。 ボスは不要な暴力を好まないから。 だがシャマイム無しで今のお前達は生きていけるか? 生きていけるなら否と言え、嫌だったら是と言え。 おい、何を怖がっているんだ、答えろよ、おい?」

「I・C、」と反論しかけたシャマイムは、後ろから抱き付かれて言葉を失う。

「分かった、出る、出るよ!」双子だった。双子が抱き付いて、叫んだのだ。

「凄く嫌だけれど、シャマイムがいなくなる方が嫌だ!」

「……」シャマイムは珍しく、何と言えば良いのか分からないでいる。

「大丈夫」双子は、言った。自分の頭で考えた結果、そう言った。

「シャマイムがココアを淹れてくれるなら、私達、大丈夫だから」


 ……セカンドレイプと言う言葉があるが、正にそれであった。双子は公衆の面前で二度目の辱めを受けた。しかも今度は徹底的に、忘れたくて、かつ隠しておきたい全てを白状させられたのだ。言いたくも無い事を再生された声帯を使って言わされ、思い出したくも無い記憶をよみがえらされた。傍聴席の人々が顔色を変え、女性が失神しかけるほどの、おぞましい過去の数々を。それは絶望する事さえ許されなかった人生であった。希望や、何らかの望みや、それらを持つ事を許された事などただの一度も無かったのだから。

裁判が結審した日の夜、双子はシャマイムの淹れたココアを飲んだ途端に、泣き出した。わあわあと声を上げて泣く二人の側に、シャマイムはいた。そしてタオルを差し出す。双子の涙と鼻水でそれがぐしゃぐしゃになってしまうと、また新しいタオルを差し出した。泣き疲れた双子が眠ると、シャマイムは二人をベッドに運んで、毛布をかけた。

「……シャマイム」そこにランドルフがやって来た。異端審問裁判が彼らのボスの望みどおりに進行して良かったと思う一方で、そのためにこの双子の酷い過去を垣間見た事もあって、複雑な顔をしていた。「この双子を、我々は今後どう処遇するべきだろうか……?」

「ボスの判断に従うべきだ」シャマイムは言った。「だが今は、彼女達が悪夢を見ないようにランドルフに依頼する」

「ああ。 そうだ、そうするよ」ランドルフはゆっくりと手をベッドの方へと突き出した。「――楽しい夢を、お嬢さん方」


『まずは双子の意思を聞きましょう』シャマイムらの主、マグダレニャンがモニターの向こうから言った。『「ステンノー」、「エウリュアレー」、貴方達はこれからどうしたいのですか?』

「……シャマイムと一緒にいたいです」

「シャマイムと一緒にいられるなら、何でもします」

『なるほど』マグダレニャンは少しだけ笑う、シャマイムは基本的に人から嫌われた事が無いのである。兵器であるのにも関わらず。『やはりそうですわねえ。 ……もしもそれを強く望むのであれば、方法が無い訳ではありません』

「「!」」双子の目が輝いた。

『ですが』と彼女は言った。『それは決して楽な道ではありませんわよ?』

「……今まで以上に辛くても、シャマイムが一緒なら大丈夫です」

「そうです、シャマイムが一緒なら、今まで以上に酷い目に遭う事なんて無いです。 だって、シャマイムのココアは美味しいから」

双子は口々にそう言い切った。マグダレニャンはなるほど、ともう一度言って、

『では、特務員訓練施設へ貴方達を移送します。 和平派の正式な特務員になれたならば、貴方達はシャマイムの同僚になりますから、一緒にいられますわ』

「「はい!」」

「訓練は過酷だが、君達ならば特務員になって戻って来られるよ」ランドルフが穏やかに言った。「何せ、君達は己の頭で判断して行動した。 人の言いなりにでは無く、己の意志で動いた。 だから大丈夫だ」

「ランドルフのおじさん、ありがとう!」

「……ありがとう」

双子は少し微笑んで、はにかみつつ言った。

やっと他の人にも笑顔を見せるようになったのか、とランドルフは少し感動した。

『そう言えば』マグダレニャンが訊ねた。『貴方達の名前は何かしら? 「ステンノー」、「エウリュアレー」はどちらかと言えば能力名でしょうし……』

「……N一N-A、F-一〇N‐A、が個体名称でした」

「略してニナ、フィオナって呼ばれていました」

『……そうですか』マグダレニャンは頷いた。『では、ニナ、フィオナをシャマイムは訓練施設へ移送させなさい。 それが終わり次第、シャマイムには次の任務を発令しますわ』

「了解した、ボス」シャマイムは頷いた。



影響を受けている?

失礼な事を言うな。

崇めているんだよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ