DESPERATION 神災 【ACT〇】 真実と思い出
彼女にも、キャベツ畑とコウノトリを信じていた時がありました。
でも、もう、その時には二度と戻れません。
……父親が生きていた時に受けた愛情は、
「おとしゃま」とまだ舌足らずな幼女は大きな分厚い本を一生懸命に抱えて言う。「おねんねのまえに、ごほんよんでくだちゃい!」
「ああ、良いよ、マグダ」と父親は穏やかに笑って快諾した。「それで今日は何の本を――ああ、それか」
『政治家と倫理 ――一二勇将の生涯―― サミュエル・グラッジ著』
「あい!」幼女は元気よく本を差し出す。「おとしゃま、はやくよんでくだちゃい!」
「……」父親は本を受け取って、それから少しだけ哀しそうな、懐かしそうな顔をした。「マグダ。 一二勇将はね、私の家族だったんだよ。 私の親だった」
「おとしゃまのおとしゃまだったの?」
「そうだ。 ……最後の最期まで私の事を愛してくれた」
「まぐだも、おとしゃまだいしゅき!」
「はは」と父親は優しく微笑む。「お前は本当に賢い子だ。 本当に優しい子だ。 お前が私の子で本当に嬉しい」
……父親が亡くなってから知った真実を、なお、否んで余りあるものだった。
「お嬢様。 お嬢様の実の親父はな、お父様により殺されたんだよ。 どうしてかって? そりゃお嬢様、お前さんが原因だ。 生まれ付いての難病を患い、そのために実の母親からは捨てられ、その治療費を捻出するためにお嬢様の実の親父はマフィアと手を組んじまった。 部下の親父のしでかした所業に、お父様が哀れにも気づいたのは、もう自分の手で殺してやるしか最善の救いようが無い、そんな状況下だった。 それで残されたのが天涯孤独のお嬢様、お前さんだ。 難病は治ったもののぜーんぶ亡くしちまった哀れな娘だ。 己の命令で自殺させた男の娘だ。 お父様はそれでお嬢様を引き取った。 ……どうだ、驚いたか?」
子守歌。寝る前に読んでくれた本。膝の上に座る、それが一番のお気に入りの場所だった。一緒に出かけたあの日。いわゆる虐待など一度もされなかった。あれが愛情であると分かっていたし、その愛情も歪んでなどいなかった。何よりも愛情に満たされて幸せだった毎日が、父親との記憶が思い出が過去が、全てその真実を強固に否定した。
私はあの人の娘だ。
彼女はそう思っている。そう感じている。そうだと信じている。無理やりに奪われた父親との、あの幸せで優しかった日々が彼女をそうさせている。
「マグダ。 ……私はね、この世界がもう少し優しくても良いんじゃないか、この世界がもう少し救いようがあっても良いんじゃないか、そろそろ世界をそう言う風に変える時が来たんじゃないか、と思っている。 ……だから行ってくるよ。 心配は要らないよ、何せアイツは卑怯者じゃ無いからな。 そうだ、お土産は何が良い?」
「お土産よりも、私、お父様の重力車を運転したいから、車の免許を取りに行きたい! 十五才になったら、私、取りに行くの! お父様、駄目……?」
やれやれ少し困ったなあ、と言う優しい顔で父親は言った。それが彼女の聞いた最後の言葉になった。
「そうだな、お前が十五才になったら、あの車をお前にあげよう。 大事に乗るんだよ? あれに傷を付けられたら、私は卒倒するから。 ……あんなに小さかったお前も、こうして大人になっていくんだな……」
あれほど欲しがった重力車に一度も乗らないまま、私はあの人を待っている。
彼女のファーザー・コンプレックス。




