悪くない取引?
「っ……たあ」
「悪ぃな、考え事してた」
「すみませんお嬢さん、大丈夫ですか? レクス、ちゃんと謝らないと」
レクスと呼ばれる黒い髪に軽鎧をつけた少年にぶつかられて、倒れ込んだ少女は不機嫌そうに差し出された手を眺めた。
「うるせーな、サイラス。だから謝ってんじゃん」
「誠意がこもっていません。ほら、お嬢さん怒ってますよ?」
一人で立ち上がってドレスの裾をぱんぱんと叩き歩いていってしまおうとした少女の腕を、レクスが掴んだ。
「そう怒るなよ。俺が悪かった」
「別に怒ってないけど。急いでるから失礼するわ」
少女がそう言ったにもかかわらず、レクスは彼女の頬を両手で挟んだ。
「……お前、人形みたいな顔してんな」
ふわふわした長い金の巻き毛と深い青の瞳。陶磁器のように滑らかで白い肌に濃いパープルのドレスがよく似合う。人形のように整った顔の少女は、表情を変えずに言った。
「だって人形だもの」
「…………は?」
「人造人間なの、私」
少女は初めて面白そうにレクスを見上げる。
「驚くの? 驚いたでしょ?」
「まじか? そりゃあ驚くに決まってるだろ! 俺レクス。ちなみにあっちにいる赤毛のやつはサイラス。―---お前は?」
「レスティリア・メイガル」
「よろしくお願いします、レスティリアさん。私がサイラスです」
サイラスが話している間、レクスはレスティリアを見つめていた。
「人造人間か……面白くなりそうな予感がするぜ」
サイラスは赤みがかかった少し長めの髪をしていた。細身だが弓を背負っている。
よく見ると黒髪の少年も、腰に剣を下げていた。
兵士志願に来た新人か、とレスティリアは勝手に推測する。
「ふぅん、貴方がサイラスかあ。それじゃあね、ばいばい」
「ちょ、レスティリアさん!?」
すたすたと歩き去るレスティリアの背に、レクスが声をかけた。
「待てよ!」
「私、早く帰らないとナティール様に怒られるの」
聞き覚えのある名前に、サイラスが反応した。
レスティリアはそれを聞いて眉をひそめる。
「ナティール様ってこの国の国王陛下のナティール様ですか? もしかして貴女は王宮メイドさんでしたか」
「まっ! 失礼ね。私はメイドなんかじゃなくてよ。ナティール様は友人であり陛下であり、育ての親でもあるの」
「ということは、あんたナティール様に造られたのか……?」
首を傾げたレクスを前に、レスティリアは腰に手を当ててみせる。
「鋭い。でも惜しいわ。ナティール様は私を拾って下さったの。拾われた前の記憶がないのね、私。だから誰に造られたのかは知らない。この名前もナティール様がつけてくれたの」
そこまで言って、レスティリアは口を押さえた。
「あっいけない、暇人と話してる時間はなかったわ。ばいばいっ!」
「誰が暇人だ!」
走るレスティリアの前にレクスが立ちふさがる。
「レスティリアさん。私たちも城に用があるんですが道が分からなくて。いっしょに行きませんか? 貴女は私たちの道案内を。私たちは貴女の護衛を。どうです、悪くない取引でしょう」
「そんな格好で護衛も付けずに、のこのこ一人で歩いてたら襲われっぜ。俺、剣にはちょっとばかし自信があるんだけどなー?」
「あいにくね、身の程知らずを返り討ちにする事ぐらい一人で平気ですの。でもいいわ、道が分からないなら勝手について来て頂いて結構」
そのかわり、と言ったレスティリアは笑顔で二人を見つめる。
「レスティリアがいいって言うまで護衛してね」
「なんだ、お安いご用だな。仰る通りに致しますよっと」
「男に二言はないわね?」
「はい。任せて下さい、レスティリアさん」
レスティリアは満足げに頷くと、先ほどとは打って変わってゆっくりと歩き始めた。
「なあレスティリア。そんなゆっくりでいいのかよ?」
「いいの。ナティール様への上手い言い訳が考えついたから。それより貴方たちは城へ何の用なの?」
「戦争真っ只中ですからね、兵士志願。私は弓兵、レクスは剣士」
「ふーん、やっぱり。私が見てあげてもいいよ? またとないチャンスだと思うけど」
軽い調子で言ったレスティリアをレクスが笑う。
「はは、冗談きついぜ。レスティリアに見てもらってもなあ」
「そうやっていつもチャンスを逃しちゃうのね。残念だわ」
意味深に呟いた彼女は大げさに溜め息をつく。
すると、レクスがふいに剣を抜いた。
「…………下がってな。賊が来た」
「あら。気づくの、思ったより早いのね」
のほほんと言ってのけたレスティリアの腕をサイラスが引く。
「レクス、賊は頼みましたよ。私はレスティリアさんの護衛に専念しますから」
「おう! 任せとけ」
現れた賊をレクスが迷い無く斬っていき、彼が倒し損ねた輩はサイラスが確実に射殺す。
幸い敵の数も多くなく、戦いはすぐに終わった。
「よーし、終わり!」
「血だらけじゃない、みっともない」
「……レスティリアお前なあ……もっと、労るとかねぎらうとかないのか? ほとんど返り血だけどよ」
「剣は至近距離だから返り血を浴びるのが当たり前、じゃないんだよ? 返り血浴びてる内はまだ見習い兵士ね。精進なさい」
「は……はい。って、何でお前そんな事知っているんだ!」
「さあね。まあ、兵士登録も済ましてない新人にしてはやる方かな。ナティール様に報告しといてあげる」
こいつ何かおかしい、とレクスは思った。
目の前で戦いが起こっているというのに悲鳴も上げないなんて、普通の少女のすることじゃない。
「人造人間だからか……?」
「レスティリアさん、怪我は?」
「ないよ?」
「それは良かったです」
微笑むサイラスに、レスティリアが告げた。
「さあ、もう少しで城門つくわ」