娘の幸せ 母の心
『幸せを願うほど、言葉が遠くなる』
明日香には、いつか自分の赤ちゃんを抱きたいという願いがあった。
結婚して、愛する夫と暮らす毎日。いつか小さな命が家族に加わり、三人で笑い合う日が来る。そんな未来を、明日香は自然と思い描いていた。
けれど、病院で告げられたのは、PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)という診断だった。
卵胞が思うように育たず、生理も不規則。妊娠するためには治療が必要かもしれないと聞かされた。
薬を飲み、病院に通い、期待しては落ち込む日々。生理が来るたびに、また駄目だったのかと胸が痛んだ。
周りから妊娠や出産の知らせを聞けば、笑顔で「おめでとう」と伝えながら、心のどこかで自分だけが取り残されていくような気持ちになることもあった。
そんなふうに思ってしまう自分まで嫌になる日もあった。
それでも、赤ちゃんに会いたいという願いを手放すことはできなかった。
そんな娘を見守る母もまた、誰にも言えない不安を抱えていた。
母が明日香を心配するのには、理由があった。
三年前、明日香は職場でひどいパワーハラスメントを受けた。
逃げ場のない環境で心ない言葉を浴びせられ、少しずつ心を追い詰められていった。
頑張らなければ。
自分が我慢すればいい。
もっとちゃんとしなければ。
そうやって耐え続けた末、明日香は適応障害になった。
それまで当たり前にできていたことができなくなり、心も体も思うようにならなかった。先のことを考える余裕さえなくなり、自分の人生などどうでもいいと思ってしまうほど、自暴自棄になった時期もあった。
母は、あの頃の娘の姿を忘れることができなかった。
どれほど苦しかったのだろう。
もっと早く気づいてあげられなかったのだろうか。
母として、何かできることはなかったのだろうか。
娘が少しずつ元気を取り戻していく姿を見て、母は心から安堵した。
だからこそ、三年が経った今も、再び娘が深く傷ついてしまうことが怖かった。
不妊治療が思うように進まなかったら。
何度も期待して、そのたびに落ち込むことになったら。
自分を責め、また心を追い詰めてしまったら。
あの頃のような苦しみを、もう二度と味わってほしくなかった。
娘には幸せでいてほしい。
赤ちゃんを授かってほしい。
けれど、それ以上に、元気でいてほしかった。
笑っていてほしい。
穏やかに暮らしていてほしい。
自分の人生を、もう一度大切に思えるようでいてほしい。
母の願いは、ただそれだけだった。
だから、ある日、娘を心配するあまり、ついあれこれと口にしてしまった。
「こうしてみたらどう?」
「先生に、こう聞いてみたら?」
「無理しすぎないほうがいいよ」
「いろいろ考えすぎないでね」
どれも、娘を思っての言葉だった。
少しでも治療がうまくいくように。
少しでも不安が軽くなるように。
何かあったとき、一人で抱え込まないように。
母は、娘を守りたかった。
けれど、明日香の心には、母の思いとは違う形で言葉が届いていた。
――そんなこと、私がいちばん考えているよ。
――私だって、赤ちゃんに会いたいよ。
――頑張っているのに、思うようにならないんだよ。
――ただでさえ不安なのに、これ以上どうすればいいの?
明日香は、何も考えていないわけではなかった。
自分の体のことも、治療のことも、これからの未来も、毎日考えていた。
妊娠できるのだろうか。
いつまで治療を続ければいいのだろうか。
もし授かれなかったら、これからどう生きていけばいいのだろうか。
誰にも見せないところで、何度も不安と向き合っていた。
それなのに、母の言葉を聞くたび、自分の努力が足りないと言われているような気持ちになった。
心配してくれていることは分かっている。
それでも、今はその心配さえ、重たく感じてしまう。
三年前の傷が、完全に消えてなくなったわけではなかった。
もう、あんなふうにはなりたくない。
もう、自分の心を壊したくない。
だからこそ、明日香は必死に自分の気持ちを守ろうとしていた。
そして、とうとう母に告げた。
「これからは、この話をお母さんとはしたくない」
母は、言葉を失った。
良かれと思って言ったのに。
娘を傷つけるつもりなんてなかったのに。
あんなにつらい思いをした娘だからこそ、心配だった。ただ、それだけだった。
それなのに、自分の言葉が娘を傷つけてしまった。
何も言わなければよかったのだろうか。
心配することさえ、いけなかったのだろうか。
娘のために何かしてあげたいのに、何をすればいいのか分からなくなってしまった。
それから母は、不妊治療のことを聞けなくなった。
けれど、聞かなくなったからといって、心配がなくなるわけではなかった。
治療は順調なのだろうか。
つらいことがあったとき、夫には話せているのだろうか。
一人で抱え込んでいないだろうか。
また、自分を責めてはいないだろうか。
三年前の記憶が、ふとした瞬間によみがえる。
元気そうに笑っていても、本当は無理をしているのではないか。
何も言わないからといって、苦しんでいないとは限らない。
そう考えると、母は胸が苦しくなった。
心配だからこそ、聞きたい。
心配だからこそ、そばにいたい。
けれど、今の娘には、その心配が負担になってしまうのかもしれない。
母は、娘を守りたいと思うほど、どう接すればいいのか分からなくなっていった。
一方、明日香も、母を嫌いになったわけではなかった。
三年前、自分が苦しんでいたとき、母もまたつらい思いをしていたことを知っていた。
心配をかけたことも、悲しませたことも分かっている。
だからこそ、母をこれ以上傷つけたくなかった。
でも、自分の心にも余裕がなかった。
不妊治療だけでも苦しいときに、母の心配まで受け止めることができなかった。
母に何か言われるたび、心配をかけないようにしなければ、ちゃんと前向きでいなければと、自分に言い聞かせてしまう。
けれど、本当は、いつも前向きでいられるわけではなかった。
悲しい日は悲しい。
悔しい日は悔しい。
何も考えたくない日だってある。
そんな自分を、もう責めたくなかった。
だから明日香は、母と不妊治療の話をしないことにした。
母を遠ざけたいわけではない。
ただ、今は自分の心を守りたかった。
そんな明日香を、夫はそばで支えていた。
夫は、子どもがほしいという明日香の願いを理解していた。だから、治療を頑張りたいという気持ちも、うまくいかないときの悲しみも、無理に変えようとはしなかった。
明日香が話したいときは話を聞き、何も話したくないときは、そっと隣にいてくれた。
ある夜、明日香は夫に尋ねた。
「もし、私たちに子どもができなかったら、どうする?」
夫は少し考えてから答えた。
「二人で生きていこうよ」
「でも、子どもがいない人生だよ?」
「うん。明日香が子どもをほしいと思ってることは知ってるし、俺だって授かれたらうれしい。でも、もしそうならなかったとしても、俺は明日香と一緒に生きていきたい」
夫は、明日香の手を握った。
「三人で暮らす未来も楽しみだけど、二人で暮らす未来だって、俺たちの人生だよ。無理に今、諦めなくてもいい。でも、子どもができなかったら自分の人生は駄目だった、なんて思ってほしくない」
明日香の目から、涙がこぼれた。
赤ちゃんがほしい。
その願いは、今も変わらない。
けれど、自分の人生は、その願いが叶うかどうかだけで決まるものではないのかもしれない。
夫と笑い合える日常。
何気ない食事。
二人で出かける時間。
つらいときに支えてくれる手。
それらは、すでに二人の暮らしの中にある幸せだった。
もちろん、子どもがいない人生を想像すれば、寂しさもある。思い描いていた未来とは違うかもしれない。周りの家族を見て、涙が出る日もあるだろう。
それでも、もしそうなったとしても、夫と二人で幸せを見つけていくことはできる。
今すぐ、その未来を心から受け入れられなくてもいい。
ただ、どんな未来になっても、自分の人生を失敗だったと思うようにはなりたくなかった。
夫の言葉は、明日香の心に静かに残った。
その頃、母もまた、自分の気持ちと向き合い始めていた。
娘を守りたい。
三年前のように苦しんでほしくない。
その思いが強いあまり、何かを言ってあげなければと思っていた。
何か助言をしなければ。
何か良い方法を教えなければ。
苦しまないように、先回りしてあげなければ。
けれど、もしかすると、それは娘のためだけではなかったのかもしれない。
娘が苦しむ姿を見ている自分自身が、耐えられなかったのかもしれない。
何もできない自分が、怖かったのかもしれない。
母は、少しずつ気づき始めていた。
娘を守りたいという気持ちが強いあまり、娘が自分で考え、自分のペースで進んでいくことを、信じて待つ余裕がなくなっていたのではないか、と。
心配する気持ちが間違っていたわけではない。
三年前のことがあるからこそ、心配になるのは当然だった。
でも、心配していることと、その心配を娘に伝えることは、同じではないのかもしれない。
母にできることは、娘の人生を代わりに歩くことではない。
娘が自分の人生を歩いていけるように、必要なときに頼れる場所でいることなのかもしれなかった。
ある日、母は、棚にしまってあった幼い頃の明日香の写真を手に取った。
写真の中の娘は、無邪気に笑っていた。
転んで泣いて、母の胸に飛び込んできたあの日。小さな手を握り、抱きしめれば、泣き止むまでそばにいてあげることができた。
けれど、大人になった娘には、母にも分からない苦しみがある。
娘が何を望み、何を怖がり、どんな未来を選ぶのか。
母がすべてを知る必要はないのかもしれない。
娘には、夫という大切な支えがいる。母の知らないところで、二人で悩み、話し合い、支え合っていることもあるだろう。
母がすべてを背負わなくてもいい。
心配することをやめるのではない。ただ、心配だからといって、何もかも知ろうとしなくてもいい。
何も言わずに見守ることも、娘を信じるという愛情の形なのかもしれない。
母は写真をそっとしまった。
「ごめんね。幸せになってほしかっただけなのにね」
小さくつぶやいたあと、母は心の中で願った。
どうか、無理をしないで。
どうか、自分を責めないで。
どうか、つらいときは一人で抱え込まないで。
もしまた苦しくなったときには、誰かに助けを求めてほしい。
それが自分でなくてもいい。夫でも、友人でも、医療の専門家でもいい。
娘が安心して頼れる場所を持ち、自分を大切にしながら生きていてくれたら、それでいい。
母は、娘にかける言葉を探すのを、いったんやめた。
今はただ、娘が自分の人生を歩む力を信じて、そっと見守ろうと思った。
明日香もまた、母との距離を感じながら、自分の毎日を生きていた。
不妊治療は、まだ続いている。
希望を持てる日もあれば、何もかも嫌になる日もある。三年前の苦しみがあったからこそ、自分の心が疲れていないか、以前よりも気にかけるようになった。
無理をしすぎていないか。
自分を責めすぎていないか。
苦しい気持ちを、一人で抱え込んでいないか。
つらいときには、夫に話してみようと思った。
赤ちゃんを授かるために頑張ることは大切だ。
でも、自分の心と体を大切にすることも、同じくらい大切なのだ。
子どもを授かる未来もある。
夫と二人で人生を重ねていく未来もある。
どちらになるのか、今はまだ分からない。
だからこそ、今の自分を、今の夫婦の暮らしを、大切にしていきたいと思った。
母と娘は、今も不妊治療について話していない。
母は心配を抱え、娘は自分の心を守りながら、それぞれの時間を過ごしている。
二人とも、相手を大切に思っている。
ただ、愛情の伝え方がすれ違い、今は少しだけ距離が必要なのだ。
いつか、また自然に話せる日が来るかもしれない。
そのとき母は、答えを急がず、娘の言葉を聞こう。娘がどんな未来を望んでいても、その気持ちを大切にしよう。
そして娘も、いつか心に余裕ができたとき、母の不器用な愛情を思い出す日が来るかもしれない。
今はまだ、分かり合えなくてもいい。
すぐに仲直りできなくてもいい。
お互いを思う気持ちまで、なくなったわけではないのだから。
母は今日も、娘の幸せを願っている。
赤ちゃんを授かることだけではなく、娘が心穏やかに暮らせること。自分を責めず、無理をせず、誰かの支えを受け取りながら生きていけること。
三年前のような苦しみを、もう一度一人で抱えなくていいこと。
そして、どんな未来になっても、自分の人生を大切に思えること。
母にとって、それは何よりも大きな願いだった。
娘の幸せを願うことと、娘の人生を信じて任せること。
その二つは、同じようでいて、少し違う。
母はまだ、心配しないでいることを覚えられない。
娘もまだ、母の心配を受け止める余裕がない。
それでも、愛情まで失われたわけではなかった。
今は、無理に言葉を交わさなくてもいい。
いつか娘が振り返ったとき、そこに変わらず母がいる。
幸せを願うほど、言葉が遠くなる日もある。
そんなときは、言葉の代わりに、信じて待つこともできるのだ。
了




