婚約破棄されたので、「偽聖女」と「嘘つき貴族」の帳簿をキッチリ修正します。――公爵令嬢エドウィナの「校閲」を舐めると、一族丸ごと破産しますよ?
王城の大広間は、『甘い香水』と『腐った本音』の臭いが充満していた。
中央に立つ公爵家嫡男アルヴィンが、慈悲深い笑みを浮かべて、私――公爵令嬢エドウィナに告げる。
「エドウィナ、君との婚約は破棄させてもらう。聖女の資質を持つイゾルデこそが、俺の運命の相手だ」
その横で、イゾルデが守られるべき存在のように、身を震わせる。
周囲の貴族たちは、私を憐れむ、あるいは失脚を喜ぶ視線を向けていた。
静かに、持参した分厚い書類フォルダをテーブルに置いた。
ヴィクターが隣で、冷徹な表情のまま、懐中時計を開く。
「……お嬢様、予定通り『清算』を開始します。……この場には、イゾルデ嬢を囲うために、横領に加担させられた元取り巻きの方々も揃っておりますので」
私は微笑んだ。
「ええ。皆様、お忙しいところ恐縮ですが、お付き合いくださいませ」
イゾルデに向き直り、書類を一枚ずつ読み上げた。
「イゾルデ様。貴女は『ありえない不幸が重なっただけ』と、同情を集めていましたわね。――ですが、私が『校閲』したところ、事実は少々異なるようですわ」
ヴィクターが間髪入れず、周囲の男たちへ視線を向けた。
その中には、イゾルデに拒絶され、プライドをズタズタにされた元側近・ケインの姿があった。
「……イゾルデ様が旦那様を失踪させ、その保険金を聖女の『宣伝費』に流用していた証拠です。
……そして、貴女が今、『慈愛の聖女』と称して運営している孤児院。
――あれは単なる慈善施設ではありませんね?
収容された子供たちに不正な労働をさせ、貴女の贅沢を支える資金源。
……救いの聖女という看板を掲げながら、裏では子供たちの未来を搾取していたのですね?」
会場が凍りついた。
イゾルデの顔から血の気が失せ、ケインが冷笑を浮かべて、一歩前に出る。
「……へえ、聖女様。
俺には『清廉潔白』を盾に拒絶したくせに、裏ではそんな汚ねえ金で、愛人どもと贅沢をしてたんだな?
あんな『絶滅指定種』みたいな男と一緒にさ」
「ち、違う!
私はただ……運命に翻弄されて……っ!」
イゾルデが言い訳を叫ぶが、ひび割れた仮面のように、滑稽だった。
私は冷ややかに言い放つ。
「嘘は結構ですわ。
これらすべての不正を『算出』いたしました。慰謝料、および公金横領の返還金。
合計で金貨五万枚。
……払えなければ、貴女の一族ごと、辺境の開拓地へ『再就職』していただきますわ」
「ひっ……!」
イゾルデが崩れ落ちる。
かつての取り巻きたちは、自分たちの罪が公になることを恐れ、一斉にイゾルデから距離を取った。
『仲良しグループ』は、利益の消滅と共に、音を立てて崩れ去ったのだ。
ヴィクターが淡々と、震えるイゾルデの指先に、契約書の印を叩きつける。
「……安心してください。
貴女の人生は、今日から私が計算します。
……薬に頼りたくなるような退屈な日々を、一生かけて後悔してください」
華やかな社交界の夜会は、一人の女の破滅と、一人の令嬢による完璧な「校閲」によって、静かに幕を閉じた。
私は優雅に一礼する。
「さて。次の領地経営のプランを練らなくては。
――皆様、私の仕事はまだ終わっておりませんので、失礼いたしますわ」
背後で、紛れ込ませていた覆面監査官が大きな声を荒らげた。
かつての婚約者が、財産を差し押さえられ、路頭に迷う悲鳴を上げている。
私は一度も振り返らず、完璧な足取りで夜会を後にした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作は、「真実は、隠せば隠すほど歪な形となって表出する」というテーマで執筆いたしました。
主人公のエドウィナが突きつけるのは、単なる復讐ではなく、隠蔽された事実に対する「正しい算出」です。
どれほど美辞麗句を並べて自分を正当化しようとも、人生という帳簿は誤魔化せません。
計算が合わなくなったとき、最後に残るのは等身大の自分自身の姿だけです。
それでは、また次回の「校閲」でお会いしましょう。




