第一幕『断罪(アリア視点)』
短編に纏める文才がなくて数話での構成になってしまいました…。読んでくださると嬉しいです!
ローゼンヴァイン王立学園。100年以上の歴史を誇るローゼンヴァイン王国の諸侯貴族から平民の子息令嬢が通う学園にてその日卒業式典が行われていた。式典が終わったばかりの大広間はまだ祝祭の熱気を残していた。
けれど今、その空気は完全に凍りついている。
聖女として知られるヴェルナー伯爵家の嫡女、アリア・ヴェルナーは壇上に立ちながら自分の鼓動がやけにうるさいことに気づいていた。隣にはルーデン辺境伯家の嫡男、ガイアス・ルーデンが静かに立っている。学園で最も剣の腕が立つと言われる青年が、今日この場にとある書類を持ち込んだ。
目の前に跪いているのはヴァルクロス侯爵家の嫡男であり、アリアの婚約者——レイン・ヴァルクロスだった。
「レイン・ヴァルクロス。貴様が聖女殿に対し行ってきた数々の無礼、その身に覚えがあるだろう。その全てを今ここに列挙させていただく。」
ガイアスの声は感情を排していた。それがかえって、一つひとつの言葉を重くした。
アリアに対する数々の暴言、式典への欠席、他の令嬢との密会、アリアを一人置き去りにした夜会——。
アリアはそれを聞きながらじわりと胸の奥が熱くなるのを感じた。怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからなかった。ただ、ずっと我慢してきたものが形を持ち始めているような感覚があった。
「相違ないか、レイン・ヴァルクロス。」
ガイアスが問うとレインはゆっくりと顔を上げた。
「相違ありません。」
淡々とした静かな声だった。
「アリア様に対し、人前で何度も罵倒の言葉を浴びせました。他の令嬢と密会を重ね、夜会ではアリア様を一人残して退席したこともございます。婚約者として果たすべき務めをことごとく怠りました。すべて事実にございます。」
一言一言確かめるように言い訳も弁明も一切なく、レインは全てを認めた。
アリアは唇を噛んだ。
この期に及んで、まだそんな余裕を見せているのか。謝罪もない。苦しむ様子もない。その横顔はひどく凪いでいて、アリアはそれがとてつもなく腹立たしく、汚らわしいとさえ思った。
何かを企んでいる。きっとそうだ。この人は、そういう人だから。
アリアはレインのことが嫌いだった。婚約したばかりの幼少期から学園に入学するまではとても優しく、思いやりのある婚約者だったはずなのに、ある日を境に急に冷たくなった。なぜかと聞いても答えようとしない。レインに冷たくされ、酷い暴言を吐かれ何度泣いたかもう覚えていない。しかし婚約は王命で解消することも許されず、ただずっと耐えてきた。そんなアリアを支えてくれていたのはガイアスだ。何度も彼に救われた。いつも支えてくれて優しくしてくれた。そんな彼がアリアは好きだった。彼が婚約者だったらどれほど嬉しかったか、そう何度も思っていた。
だから、今日この日をずっと待ち侘びていた。
そしてやがて王家の使者が立ち上がり、判決を読み上げた。もう既に王の目にその愚行の証拠は全て確認され判決は決まっていたらしい。レインは王家の使者を真っ直ぐと見据えていた。
「レイン・ヴァルクロス。聖女への不敬罪により、貴殿に王国外への永久追放を命ずる。」
広間がどよめいた。
アリアでさえ息を呑んだ。
永久追放。それほどまでの罰が——
しかしレインは、目を伏せただけだった。
抗議もせず、嘆きもせず、まるでその言葉をずっと前から知っていたかのように。
なぜ。なぜそんな顔ができるの。
沈黙が広間を満たしたその時だった。
「一つだけ、お願いがございます」
レインが口を開いた。
その声はアリアがこれまで聞いたどのレインの声とも違った。酷く落ち着いた声だった。
「父も母も、アリア様を実の娘のように愛しており大切にしていました。そして弟も妹も、彼女を姉のように慕っておりました。私と違い、私の婚約者であったアリア様を家族のように愛しておりました。私の行いを毎日のように咎めておりました。その言葉に耳を傾けなかったのは私です。」
レインは一度、目を伏せた。
「罪を犯したのは私一人です。どうか、彼らを罰しないでいただきたい。それだけです。それだけを——お願い申し上げます。」
広間が静まり返った。
アリアは動けなかった。
家族のことだけを願った。自分のことは何も言わず。
国外追放を——まるで望んでいるように見える。
おかしい。何かがおかしい。
けれどアリアはその違和感を押し込めた。
また何かを企んでいるだけだ。こういう人なのだから。そう自分に言い聞かせながら、アリアはレインから目を逸らした。
「レイン様、さようなら。あなたといた時間、とても苦痛にございました。二度と私の前に現れないでください。」
吐き捨てるようにそう言って、アリアはガイアスと共にその場を後にした。




