致死量カレシ
「まなか」
「なんでしょう、かずまくん」
金曜日、仕事を終わらせてからの、いつもの時間。君と私の夜が始まる。いつもの居酒屋、いつもの席。カウンターに並ぶ君は、頬杖をついて私を見つめた。
「今日もかわいいね」
「……まあ、化粧してるし」
「いつもかわいいんだけどさ」
「うん、知ってる」
中条和馬、26歳。口癖、まなかかわいい。端正な顔立ちから放たれるその言葉に、何度心を乱されたことか。センターパート引きちぎってやりたくなる。
「知ってんの?」
「散々言われたからね」
ニヤニヤしているかずまくんのお皿に、黙って食えと言わんばかりに、さっと料理を取り分ける。ありがと、なんて無邪気に喜ぶ君の方が、私からしたら、かわいくてたまらないのに。
「まなか明日は? 休み?」
「うん、じゃなきゃ来てない」
「んじゃ次ここいこ、雰囲気良さげなの」
「ん〜? ……あり」
「はい、決定!」
そして、こんなに可愛げのない私は松浦愛香、28歳。かずまくんより少しだけお姉さんなのに、いつもから回ってしまう。それもこれも、常にかずまくんから送られてくる、致死量の愛情のせい。
「まなかってさぁ〜」
「なに?」
「一緒にいる時冷たいよねぇ」
「え"」
無くなりそうなチューハイのグラスをカラカラといわせて、かずまくんは私を見た。
「メッセとか電話の時は、めっちゃ素直なのに」
「そ、れは……」
目を合わせることが、昔から苦手で。思っていることすらも、言葉にするのが難しい。そんな私が、気負えずに本音を言えるのが、顔を見なくていい場所。
「わかってるよ〜、直接は恥ずかしいんでしょ」
全てお見通しのようで、私は俯いてビールを飲む。飲んだのか舐めたのか、そのくらい少量しか入ってこなかった。
「そんなまなかも、かわいいけどね」
「なっ……!」
顔が熱い。きっと真っ赤になっている。そんな私をみて、また君は笑った。
「いやぁ、美味しかったねぇ」
あの後、恥ずかしくなった私は、料理とお酒を一気に流し込み、案の定酔っ払っている。明らかにいつもとテンションの違う私に、かずまくんはまたニヤニヤして、次行こうか、と居酒屋をでた所だ。
「美味しかった。……かずまくん、いつもありがとう」
「いえいえ、酔っ払いに財布出させたくないだけです」
夜風を浴びて、並んで歩く。それだけでこんなに幸せだってこと、今まで知らなかった。
「ていうか、まだ飲めるの? 結構酔ってない?」
「酔ってない、飲める」
「信用ならんなぁ……」
フワフワした気持ちで、まだ賑わいの消えない飲み屋街を抜けていくと、小さな公園が顔を出した。
「まなか、ここでちょっと休憩しよ。お水買ってあるからさ」
「ん、座りたい」
「ベンチあるよ、ほら」
手を引かれて、公園のベンチに座る。あの喧騒が嘘のように、2人だけの静かな時間になった。
「まなか大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「ほんとかよ」
呆れながらも、かずまくんはカバンから水のペットボトルをだした。いつの間に買っていたんだろうか。蓋を軽く開けて差し出してくれた、その手を私は両手で包み込む。
「かずまくん」
「へぁ、なに、どしたの」
意図しないところで手を握られて、少し照れてるかずまくん。ねえ、やっぱり私より君の方がかわいいよ。
「かわいいね」
「え」
「かずまくん、かわいい」
ぐいっと顔を近づけて、そのままキスをした。酔った勢いじゃないと、自分からなんてできない。
してやった、なんて思いながら唇を離したけど、同時に手が解かれて、頭と顎を固定されてしまった。
水の入ったペットボトルが地面に落ちたとき、今度はかずまくんからの猛追が始まる。角度を変えて、深く、長く、食べられてしまいそうなそのキスは、ほんのりとお酒の匂いがして、さらに酔ってしまいそうだった。
「まなかさんさぁ」
やっと唇が離れても、手は解かれることなく、至近距離で見つめられる。
「もう今日、帰れると思うなよ」
そう言った君は、全然かわいくなかった。
「まなか」
名前を呼んで、啄むようなキスが降る。
「ん、ふっ……、息できな……」
何とかして逃げてみても、君は追撃し続ける。
「まなかが可愛すぎるのが悪い……」
「んっ……、ちょ、まって……」
「待たない」
止まらないキスの雨。愛しむような眼差し。
息継ぎもままならない、君は。
私の、致死量カレシ。




