表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9話

明里の家のキッチンは、三人入ると少し手狭に感じた。


それでも、わちゃわちゃと笑い声が絶えないのは、きっとこの家の空気のせいだろう。


「要人、玉ねぎもうちょっと細かく!」


「え、これ以上!? 僕、もう涙の限界なんだけど……」


僕が半泣きで包丁を動かしていると、横から海がくすくす笑う。


「にーちゃん、へたっぴ」


「うるさいなあ。君もやってみる?」


そう言うと、海は「やだ」と即答して、明里の後ろに隠れた。ひどい。


明里はそんな僕たちを見て、少しだけ肩を揺らして笑う。


「はいはい、じゃあ次はこねる係。要人、ボウル持って」


「了解、シェフ」


ひき肉に塩胡椒、炒めた玉ねぎ、卵、パン粉。手の中で混ざっていく感触が、なんだか妙に懐かしい。三人で交代しながら、ぺたぺたと空気を抜いて形を整える。


海の作ったハンバーグは、どう見ても丸じゃなかった。


「……これ、何の形?」


「くも」


「くも?」


明里が吹き出す。


「いいじゃん、焼けば一緒」


結局、フライパンの上では全部それなりの“ハンバーグ”になった。


ジュウ、と肉の焼ける音。広がる香ばしい匂い。


その瞬間、海のお腹が盛大に鳴った。


僕と明里は、同時に笑った。


「いただきます」


三人で手を合わせる。


自分たちで作ったハンバーグは、正直、びっくりするくらい美味しかった。


「……うま」


思わず本音が漏れる。


明里が少しだけ得意そうに笑った。


「でしょ?」


海はもう無言で頬張っていて、口の周りにソースをつけている。


「海、ついてる」


「え?」


僕がティッシュで拭いてやると、海は少し照れくさそうに笑った。


なんでもない時間。


でも、こういうの、嫌いじゃない。


食後、海が眠くなるまでの遊び相手は、自然と僕の役目になった。


リビングに寝転がって、カードゲームをしたり、意味のない追いかけっこをしたり。


「にーちゃん、つかまえてみて!」


「はいはい、待てー」


わざと少し遅れて追いかけると、海は得意げに笑う。


けれど、三十分もすると、動きがだんだん鈍くなってきた。


目をこすり始める。


「あ、限界だね」


明里が小さく言う。


海はソファに座ったまま、こく、こく、と舟をこぎ始めた。


僕はそっと近づいて、頭を撫でる。


「今日はいっぱい遊んだな」


返事はない。


もう、すうすうと寝息を立てていた。


海を布団に運び終えたあと、僕は玄関で靴を履いた。


「今日はありがと、明里」


振り返って、まっすぐ言う。


「……僕、結構楽しかった」


明里は一瞬だけ目を丸くして、それから、いつもの少し照れた顔で笑った。


「大げさ」


「本音だよ」


ドアを開けて、外の冷たい空気を吸い込む。


「また呼んで」


「気が向いたらね」


その軽いやり取りが、妙に心地よかった。


僕は手をひらりと振って、夜の道へ出た。


——同時刻。


神代が静かに資料を開いた、その瞬間だった。


「……始めるか」


要人の身辺調査。


裏で動くには、今が一番いいタイミングのはずだった。


だが。


「——それは、あまり感心しませんね」


低い声。


神代の指が、ぴたりと止まる。


いつの間にか。


本当に、気配一つなく。


例のスーツの男が、部屋の入口に立っていた。


神代はゆっくりと顔を上げる。


「……来ると思っていたよ」


男は薄く笑った。


「光栄です」


空気が、静かに張り詰める。


調査開始のはずだった夜は、どうやら——


思っていたより、ずっと面倒な展開になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ