8話
夕暮れの帰り道。
スーパー袋の中で、ミンチ肉のパックがかさりと鳴った。
「最近さ」
警察官が、穏やかな声で言う。
「この辺りで、“妙に強い能力者”の噂、聞いてない?」
――来た。
僕は一瞬だけ呼吸を整え、首を軽く傾げた。
「さぁ?」
できるだけ、無関心な声で。
「ニュースでやってたやつですよね」
警察官の目が、わずかに細くなる。
横で明里が、わざとらしく口を挟んだ。
「怖いですよねー、能力者の暴走」
にこにこ。
営業スマイル全開。
だが警察官の視線は、完全に僕から動かない。
「君」
静かな声。
「名前、聞いてもいいかな」
「……葵です」
本名。
ここで偽る方が不自然だ。
「葵くんね」
警察官は小さくうなずいた。
そして。
「昨日、この近くにいなかった?」
――踏み込んできた。
空気が、わずかに重くなる。
僕は肩をすくめた。
「大学でしたよ」
「証明できる?」
「出席記録ありますけど」
即答。
これは事実だ。
“途中までは”。
警察官の視線が、さらに鋭くなる。
その時だった。
「おーい、佐伯」
後ろから、落ち着いた男の声がした。
警察官が振り向く。
「……あ、来てたんですね」
現れたのは、三十代前半くらいの男。
細身のスーツ姿。
だが、立ち方が妙に隙がない。
鋭い観察眼。
そして、どこか飄々とした空気。
「話、進んでる?」
男――佐伯と呼ばれた警察官に近づきながら、こちらを見る。
その視線が。
僕の全身を、一瞬で舐めた。
(……この人)
普通じゃない。
男は軽く名刺を取り出した。
「警視庁能力犯罪対策課の、神代だ」
にこり、と笑う。
だが目は、全く笑っていない。
「ちょっとだけ、協力してくれるかな?」
――まずい相手だ。
直感が告げている。
僕は内心の警戒を押し殺し、平然と答えた。
「何をです?」
「簡単な話だよ」
神代は、スマホを取り出す。
そして。
――あの映像を、再生した。
スローモーションの残像。
暴走能力者が倒れる瞬間。
神代が、静かに言う。
「この現場、君の大学の通学圏内なんだよね」
「へぇ」
「それに」
神代の指が、画面を一時停止する。
残像の踏み込み地点。
「普通の能力者なら、ここまで地面が無傷なのは不自然なんだ」
明里の目が、ぴくっと動いた。
――そこ、見るか。
神代の視線が、まっすぐ僕に突き刺さる。
「どう思う?葵くん」
数秒の沈黙。
……よし。
僕は、わざと少しだけ考えるフリをしてから言った。
「――すごい人も、いるもんですね」
とぼけ切る。
完全に。
神代の目が、細くなる。
数秒。
沈黙。
そして。
「……そうだね」
ふっと笑った。
だが。
その視線は、最後まで僕から外れなかった。
「引き止めて悪かった」
神代が一歩下がる。
「気をつけて帰ってね」
「どうも」
僕たちは、その場を離れた。
数十歩、歩いたあと。
明里が小声で言った。
「……ねぇ」
「ああ」
「完全に目つけられてない?」
「……だろうな」
背中に、まだ視線を感じる。
夕焼けの空気が、少しだけ冷たくなった気がした。
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