6話
その夜。
東雲家、明里の部屋。
「……んー?」
ベッドに寝転びながら、明里はスマホを睨んでいた。
画面に映っているのは――
昨夜のニュース映像。
問題のスロー再生部分。
煙の中を駆け抜ける残像。
そして、一瞬で倒れる暴走能力者。
「……速すぎでしょ、これ」
指で何度も巻き戻す。
再生。
停止。
拡大。
「顔は……やっぱ見えないわね」
角度は完璧に死角。
身元特定はまず無理。
――普通なら。
「……あれ?」
明里の指が止まった。
もう一度、スロー再生。
残像が踏み込んだ瞬間。
アスファルトの、ひび割れ方。
「……踏み込み、軽すぎない?」
あの速度。
あの加速。
本来なら――
もっと地面が抉れていい。
「……アンタ」
ぽつりと呟く。
「何隠してんのよ、要人」
明里の口元が、わずかに吊り上がった。
――翌朝。
大学。
「……ねむ」
僕は机に突っ伏していた。
昨日の疲労が、まだ微妙に残っている。
「おはよー」
「……おはよ」
隣の席に明里がどさっと座る。
その直後。
「要人、昨日休んでたよな?」
クラスメイトが声をかけてきた。
「え?あー、それは――」
「女の子の家にお泊まりしてたのよ」
「おい」
即座に明里の頭を軽く叩く。
「いてっ」
教室が一瞬ざわついた。
「マジかよ」
「やるじゃん」
「違うからな!?」
僕が否定すると、明里が肩を震わせる。
「はいはい」
完全に面白がっている。
友人たちはニヤニヤしながら去っていった。
……後で覚えてろ。
授業中。
ノートを取りながら、横から小声。
「で?」
「……何が」
「隠してること、ない?」
ぴたり、とペンが止まった。
「別に」
「へぇ〜?」
明里がじっとこちらを見る。
昨日の映像、見返したなこいつ。
「能力のこととか」
「何も」
「ほんとに?」
「ほんとに」
数秒の沈黙。
そして明里は、にやっと笑った。
「……ま、いっか」
全然“いっか”って顔じゃない。
絶対まだ疑ってる。
昼休み。
大学食堂。
「というわけで」
明里がトレーを持って振り向く。
「今日は奢りなんでしょ?」
「……ああ」
昨日泊めてもらった借りはある。
僕は財布を出した。
「好きなの取れ」
「やった」
明里が遠慮ゼロでメニューを選び始める。
「ちょ、お前それ一番高いやつ――」
「聞こえなーい」
……こいつ。
帰り道。
大学を出て、途中の分かれ道。
「じゃ、私はこっち」
「ああ」
明里が手をひらひら振る。
「変なことすんじゃないわよー」
「お前こそな」
軽口を交わして、別れる。
――その、数分後。
「……ん?」
角を曲がったところで、小さな見覚えのある後ろ姿が目に入った。
きょろきょろと周囲を見回している。
「……海?」
振り向いた。
「あ」
東雲海。
完全に、迷子の顔だった。
「……何してんだお前」
「……えっと」
海は少し困った顔をする。
「道、分かんなくなった」
「だろうな」
ため息を一つ。
「送る。来い」
手を差し出す。
しかし海は――
じーっと僕の顔を見た。
「……?」
「……誰?」
空気が止まった。
「は?」
「俺、昨日会ったよね?」
「会ったな」
「でも」
海は首をかしげる。
「昨日の人、小学生だった」
……あ。
やばい。
「だからお兄さん、違う人でしょ?」
「……」
完全に疑いの目だ。
まずい。
非常にまずい。
僕は即座にスマホを取り出した。
(明里――)
メッセージ送信。
数秒後、既読。
そして返信。
『ごめん、今家空けてる』
「……チッ」
海が一歩下がる。
「やっぱ知らない人?」
「違う」
「ほんと?」
「ほんとだ」
数秒、睨み合い。
……このままだと面倒になる。
僕は大きく息を吐いた。
「……とりあえず」
静かに言う。
「うち来るか」
海がぱちっと瞬きをした。
――こうして。
面倒ごとは、まだ終わらないことが確定した。
ありがとうございました。
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