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5話

 結論から言うと。


 ――何事も起きなかった。


 昼過ぎ。


 海は普通に学校から帰ってきて。


「ただいまー」


 僕を見て一瞬だけ首をかしげてから、普通に宿題を始めた。


 夕方。


 明里も普通に大学から帰宅。


「ただいまー……あ、生きてた?」


「第一声それか」


「冗談よ」


 全然冗談に聞こえない顔で言うな。


 時計を見る。


 能力使用から、もうすぐ24時間。


 体のだるさも、少しずつ引いてきている。


「で」


 明里がカバンを置きながら言った。


「夜ご飯どうする?」


「……どうするって」


 明里はにやっと笑う。


「三人分、買いに行くわよ」


 近所のスーパー。


 夕方の割引タイムで、店内はそれなりに混んでいた。


「お好み焼きにしよっか」


 明里がキャベツをカゴに放り込む。


「賛成ー」


 海が即答。


 ……いつの間にか、完全に三人で来ている空気になっていた。


「要人は?」


「……何でもいい」


「出た、無気力発言」


 明里がくすっと笑う。


 海が僕を見上げた。


「ねぇ」


「なんだ」


「ほんとに明里姉の友達?」


「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 横で明里の肩が震え始めた。


「友達よ、友達」


「ふーん……」


 納得したのかしてないのか微妙な顔で、海はお菓子コーナーへ走っていった。


「……お前な」


「なによ」


「楽しんでるだろ」


「まぁね」


 即答だった。


 東雲家・キッチン。


 ジュウゥゥ……


 ホットプレートの上で、お好み焼きが焼ける音が広がる。


 ソースの匂い。


 キャベツの甘い香り。


 ……普通の、平和な夕食のはずだった。


 テレビではニュースが流れている。


『――続報です。昨夜の能力者暴走事件について――』


「……」


「……」


 僕と明里が、同時に視線を向ける。


 海はマヨネーズを振るのに夢中だ。


『現場に居合わせた人物が撮影した映像が、新たに――』


 嫌な予感がした。


 そして。


 ――映像が、流れた。


「……っ」


 僕の呼吸が、一瞬止まる。


 そこに映っていたのは。


 煙の中。


 暴走する能力者。


 そして――


 一瞬で間合いを詰める“何か”。


 スローモーション再生。


 それでも、ほとんど残像。


 ありえない速度。


 ありえない角度。


 次の瞬間、能力者が崩れ落ちる。


『専門家は「極めて高度な能力使用の可能性が――」』


 画面の中の“それ”は、確かに僕だった。


 ……だが。


(……見えてない)


 顔は映っていない。


 フードと角度、そして速度。


 身元特定は――


 おそらく、無理。


 明里が小声で言った。


「……ギリギリね」


「ああ」


 安堵。


 と同時に。


 胸の奥に、微かな鈍い感覚が残る。


「……」


 僕は小さく息を吐いた。


(……やっぱ、目立つのは性に合わない)


 面倒の種は、少ない方がいい。


 それが本音だった。


「できたー!」


 海の声で、空気が一気に日常へ戻る。


 テーブルに並ぶお好み焼き。


「いただきまーす!」


「……いただきます」


 普通の夕食。


 普通の会話。


 そして――


 時間は、静かに過ぎた。


 夜。


 玄関前。


「もう大丈夫なの?」


 明里が腕を組んで聞いてくる。


 僕は軽く手を握って開く。


 ――元のサイズ。


「戻った」


「ほんと便利よね、その体質」


「便利じゃない」


 即答。


 明里はくすっと笑った。


「で、帰るの?」


「ああ」


 これ以上世話になる理由もない。


 僕はドアに手をかけて、外へ出る。


 夜風が、少しだけ冷たい。


「……今日は助かった」


 振り返らずに言う。


 一拍置いて。


「どういたしまして」


 珍しく、素直な声だった。


 僕は小さく手を上げて、そのまま歩き出す。


 面倒な一日は――


 ようやく、終わった。


 ……少なくとも、今は。

ありがとうございました。

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