3話
……問題が一つある。
今の僕。
――一人で帰れない。
物理的にも、社会的にも。
「……明里」
「なに?要人くん」
「その呼び方やめろ」
「で、なに?」
僕は盛大に顔をしかめたあと、観念して言った。
「……送ってくれ」
一拍。
そして明里の口角が、ぐいっと吊り上がった。
「えー?どうしよっかなー?」
「殴るぞ」
「届かないでしょ」
「くっ……」
完全に立場が逆転している。
明里はわざとらしく腕を組んで考えるフリをしたあと、
「まぁいいわ」
にやりと笑う。
「迷子の小学生を放置するほど鬼じゃないし」
「誰が迷子だ」
「はいはい。ほら、行くわよ」
こうして僕は、不本意ながら明里に送られることになった。
……そして。
不運というのは、重なる時は本当に重なる。
「――そこの二人、ちょっといいかな?」
「「げ」」
思わずハモった。
振り向けば、そこに立っていたのは――
警察官。
僕の背筋に、嫌な汗が伝う。
(最悪だ……)
明里は一瞬だけ僕をちらっと見て、すぐに営業スマイルを浮かべた。
「どうしました?」
「いやね、通報があって。さっきこの近くで能力者の騒ぎがあっただろう?」
「ありましたねー」
しれっと返すなこいつ。
警察官の視線が、すっと僕に落ちる。
「……その子は?」
「え?」
「こんな時間に、小学生が一人で歩くのは危ないからね」
完全に職質モードだ。
僕はフードをぐっと深く被った。
関わりたくない。
本当に。
「この子、弟でして」
明里がさらっと爆弾を投下した。
「……は?」
思わず素で声が出た。
明里の肘が脇腹にめり込む。
「いっ……!」
「ちょっと人見知りなんですよー」
にこにこ。
完璧な営業スマイル。
警察官は少し眉をひそめた。
「身分、確認できるものあるかな?」
「……」
終わった。
僕の家に帰るルート、完全に塞がれた。
数分後。
――解放はされた。
されたが。
「……はぁ」
僕は深く、深くため息をついた。
「これ、今日中に家帰るの無理だな……」
「でしょ」
明里はあっけらかんと言う。
「というわけで」
にやり。
「うち来る?」
「……」
僕は数秒、真剣に悩んだ。
そして。
「……頼む」
人生で一番屈辱的な一言だった。
東雲家。
明里の部屋。
「はい到着〜」
ドアが開く。
見慣れない部屋の匂いに、どっと疲れが押し寄せた。
「ほら要人くん」
「だからその呼び方やめろ」
「お風呂先入る?」
にやにや。
「……入る」
汗と埃まみれなのは事実だ。
数分後。
東雲家の風呂場。
(……はぁ)
湯船に沈んだ瞬間、全身の力が抜けた。
能力使用後の反動。
縮小状態。
警察との遭遇。
もう、限界だ。
「……最悪な一日だ……」
ぽつりと漏れる。
――コンコン。
「ねー要人くーん」
ドア越しに明里の声。
「覗くなよ」
「覗かないわよ!!」
一拍。
「……今のサイズだと溺れない?」
「黙れ」
外からくすくす笑いが聞こえてきた。
……絶対あとで覚えてろ。
風呂を出た頃には、もう意識が半分飛びかけていた。
「はい、タオル」
「……ありがと」
「うわ、素直」
「黙れ……」
ふらふらとソファに倒れ込む。
柔らかい。
まずい。
これは――
「ちょ、要人?そこで寝たら――」
「……もう、無理……」
視界が暗く落ちていく。
最後に見えたのは、呆れ半分、少しだけ優しい顔をした明里で。
「……ほんと、世話焼かせるわね」
その声を最後に。
僕の意識は、完全に闇へ沈んだ。




