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第六話 エンゼル・シェアハウス 家賃相場の違う部室の一角

「昨日は流されてしまいましたが、今日こそはここを『暗黒サバト部』の部室にしますわ!」


 昨日、浄化という名の徹底的な大掃除を経て、見違えるほど清潔になった部室で彼女――相神巳架(あいがみみか)は高らかに宣言する。

 昨日とはまた違った装いであるが、黒を基調としたゴシックロリータなのは変わらない。


「……てっきり昨日の掃除で、すっかり『善行部』の毒気に当てられたものだと思ったんだけどね。天音さんもそう思うだろ?」


「そうですね。ルシファーさんは『善行部』の一員としてアクマくんと一緒に昨日も善行をしたじゃないですか」


 羽を揺らしながら僕に賛同する祈とは対照に、巳架(みか)|はぐぬぬといった悔しい表情を見せている。


「昨日のは、あくまで偵察ですわ!掃除を装い、敵陣の構造を把握し、攻め入る作戦を立てる……悪魔として当然ですわ!決して、あなたの安っぽいペースに飲まれたわけではありませんことよ!」


 巳架(みか)はバッと扇子を広げ、不自然なほど赤くなった顔を隠した。昨日の掃除が案外楽しかったなどと、地獄の王の口からは死んでも言えないのだろう。


「……なるほど。それで、今日は攻め入りに来たというわけだ」


 僕は椅子を一つ引き寄せ、ちょうど、黒板の前の席に着く。


「いいだろう。鳳凰院さんからの『更生依頼』を預かっている身としては、君をただ追い出すわけにもいかない。――そこで提案だ。君たちのうち、よりこの部室を『有意義』に使えると僕に証明できた方に、この部屋の主導権を譲る。どうだい、ルシファーさん」


 面倒ごとを外へは出さず、この室内だけで収めることで、鳳凰院さんへの面目も立つだろうし、彼女たちのエネルギーも発散される。

 そして僕は冷静に判断するだけでよい。一石二鳥ならぬ三鳥というわけだ。


「……っ、望むところですわ! 私がいかにここを『深淵』に相応しい空間にできるか、その凡俗な脳髄に刻み込んで差し上げます!」


「アクマくん、私も負けませんよ! ここを『善行部』として最高の部室にする計画書、もう頭の中にありますから!」


 こうして、僕という唯一の観客(兼・裁判官)を前に、属性過多な二人のプレゼン大会が幕を開けた。

 先攻は、鼻息も荒く一歩前に出た自称・ルシファーこと相神先輩だ。


「まずはこの私、ルシファーが先攻をもらうわ!この部屋を漆黒の遮光カーテンで封鎖し、太陽光を完全に遮断。照明はすべて取り払い、光源は黒魔術用の蝋燭に。

 さらには中央に生贄を捧げるための祭壇を設置し、四隅には呪いの呪文を刻んだ髑髏を配置しますわ!」


「却下だ。消防法以前に、暗いところで本を読むと視力が落ちる。それに髑髏なんて置いたら、掃除のときに邪魔で仕方ないだろ。次、天音さん」


「はい!私は、壁一面に真っ白なレースを飾り付け、天井に発泡スチロールの鳩を百羽程吊るします!BGMとして讃美歌を流し、部員は全員、洗礼として聖水で体を清めることを義務化しましょう!」


「不採用。ここは防音設備なんてないから、讃美歌が流れていたら鳳凰院さんが取り壊しにやってくる。後、聖水ってただの水道水だろ?湿気で部室の備品がカビるだけだ。もっと現実的で、かつ僕の眠りを妨げない案を出してくれ」


「現、現実的……?地獄の再現を現実的といわれても……」

「そうですよアクマくん、天使の救済にリアリズムを求めるなんて野暮です!」


「野暮で結構。ここは学園の一施設であって、異世界の出先機関じゃないんだ」


 右からはハルマゲドンの予兆(終末論)、左からは福音の押し売り(浄化論)。交互に飛んでくる非現実的なドグマを、僕は「予算」「清掃のしやすさ」「安眠への寄与」という三つの世俗的なフィルターで次々と切り捨てていく。

 一時間を超える熱弁の末、二人の喉は枯れ、その属性過多な翼と角も心なしかぐったりと萎れていた。


「……ふぅ。結局のところ、二人とも『他人の迷惑』を一切考えていないという点では、天使も悪魔も同等だということがよく分かったよ。つまり、主導権をどちらかに渡すのはリスクが大きすぎる」


 僕は黒板に、チョークを鳴らして大きく一言書き込んだ。――『共存』。


「相神先輩。君がどうしてもここにいたいと言うのなら、妥協案を提示しよう。――この部屋の『北西の角』。窓から最も遠いあの一画だけなら、君が好きにしていい」


「……一画、ですの?」


「そう。その三メートル四方の領域……いや、魔界領地(テリトリー)においては、君の美学を最大限に尊重しよう。ただし、一歩でもはみ出したり、僕の平穏を害する音を発した場合は、即座に鳳凰院さんに『更生失敗』の報告書を送る。――どうかな、地獄の王としてのプライドと、この場所への滞在を両立させる唯一の道だよ」


 巳架はしばらく考え込み、不敵に……というよりは、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「……よろしい。その条件、飲みましょう。深淵への道も一歩から。――まずはあそこを、この学園で最も禍々しく、かつ優雅な場所に仕立てて差し上げますわ」


 それから一時間後。どこから手配したのか、部室の一角には、阿久真の想像を遥かに超える「完成度」の空間が出現していた。

 猫脚のアンティークテーブルに、真紅のベルベットが張られた豪奢な椅子。テーブルの上には、精巧な銀の装飾が施されたティーセットと、髑髏の形をしたシュガーポットが並んでいる。


「……ねえ、アクマくん。あそこだけ、空気の密度というか、家賃の相場が違っている気がするのですが」


 祈が、プラスチックの羽を情けなく震わせて、巳架の『領土』を見つめている。


「いいじゃないか。部屋の四分の一が豪華になる分には、部活の資産価値が上がったと思えばいい。掃除の担当が一人増えたのも収穫だ」


「ふふん、分かればよろしいのです。阿久 真くん、あなたもこの『深淵の茶会』に招待してあげなくもありませんわよ? ただし、私の死霊(サーヴァント)として働くことが条件ですが」


 巳架は優雅に椅子に腰掛け、高級そうなアールグレイの香りを立たせた。殺風景な学園備品と、剥き出しのコンクリート壁を背負ったその姿は、まるで廃墟に降臨した貴婦人のような不気味な神々しさを放っていた。

 天使はポテチを齧り、悪魔は紅茶を嗜む。そして僕は、その境界線(ライン)が崩れないように、ただ時計の針が進むのを待つ。


「……さて。これでようやく、依頼の半分――『制御』は達成されたと言っていいのかな。」


 天使と悪魔が共存する、そんな不思議な空間で僕はゆっくりと本を広げることにした。


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