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第三話 エンゼル・ジャッジメント 法王の完璧なる独裁

 当たり前と言えば当たり前なのだが、僕はキラキラと安っぽい輝きを放つ天音祈(あまね いのり)とともに生活指導室に連行されている。幸いだったのは、相手が教師ではなく風紀委員だったことだ。

 教師であるなら『停学』だの『保護者呼び出し』だのという、僕の平穏な履歴書に消えないシミをつける言葉を突き付けてくるだろうが、相手が同じ学生であるならば、まだ『言葉による交渉』という、僕に残された最後の防衛手段が使える。


「……ねえ、天音さん。僕はどうして君と一緒に連れられているのかな?君の羽を直したことはあるけれど、君を天使としてプロデュースした覚えはないんだ。」


「何を言っているのですかアクマくん。天使が悪魔を連れているのは、所謂『捕縛』の状態です。私は今、あなたを連行しているという『善行』の最中なのですよ!」


「なるほど、共犯ではなく連行か。それならせめて、僕の腕をつかむのをやめて、縄で縛るなりして演出を徹底してくれないかな。今の僕たちは、どう見ても『放課後デート中に風紀委員に捕まった残念なカップル』にしか見えないよ」


「な……っ!デ、デートだなんて、ま、まだ早すぎますよ!」


 カサリ、とプラスチックの羽が赤面した彼女の動きに合わせて揺れる。そんな僕たちの前を歩くのは背中に「風紀」と染め抜かれた腕章を巻いた、無表情な上級生の風紀委員。ちらりとだけ一瞥し


「……静かに。そこ、私語は厳禁。あと、阿久くん。君が彼女の『保護者』役を自任しているというタレコミがある。今回の件、君の責任も追求せざるを得ない。」


 目の前の風紀委員――彼女は冷たく言い放つ。『タレコミ』という言葉の響きが、平和だと思い込んでいた学園生活に不穏なノイズを混ぜ込む。


「侵害だな。僕は彼女の保護者でもマネージャーでもない。強いて言うならば、彼女の羽が黒板を遮ることを抗議する、ただの『被害者』だよ」


「いいえ!アクマくんは私を、天使として最初に認識した『最重要悪魔』です!」


「……どちらでもいい。生活指導室で、その『羽』と『輪』、そして君たちの『関係』について、詳しく聞かせてもらおう。」


 生活指導室の重い扉が開く。そこは、学園の秩序を維持するための、最も神聖で、最も退屈の裁判所だった。


 裁判所――もとい生活指導室に入った僕たちは冷たいパイプ椅子へ腰を掛ける。対面に座る風紀委員は背中まで一直線に流れる金髪を、ふわりと浮かせながら座る。蛍光灯の光が強く反射し、光の粒子を放っているようであった。


「さて、阿久くんに天音さん。あなたたちの責任について――」


「その前に一ついいかな?風紀委員さんって言いにくいし名前を教えてもらってもいいかな?僕たちだけ名前を知られているというのは何だが不公平な感じがしないか?」


 彼女の話を遮るように質問する。名前を聞くというもっともらしい理由を付けているが、どちらかと言うと話の主導権――イニチアチブを持っておきたいという打算的理由もある。


「――いいでしょう。知らない人がいると思わなかったこちらの落ち度でもあるわね。私は鳳凰院、風紀委員長の鳳凰院雛子(ほうおういんひなこ)よ。よろしくね。阿久 真(あきゅう まこと)くん。」


 よろしくとは言っているが、目が笑っていない。


「……鳳凰院、雛子さん。鳳凰に雛、か。名前に負けない立派な羽をお持ちのようで」


 僕は彼女の黄金の髪に視線をやりながら、わざとらしく溜息をついた。


「被告人の分際で、私の髪を羽などと形容するなんて。……不敬ですよ、阿久くん。」


「僕たちはいつから犯罪者になったんだい?それなら弁護士が来るまで黙秘権でも行使させてもらうよ。」


 わざとらしく両手を上げて万歳のポーズをする。


「……。言葉が過ぎました。それは謝ります。ですが……」


 頭を下げた鳳凰院さんの視線が、僕の隣で震えている祈へと、氷の礫のように放たれた。


「天音さん。あなたのその、プラスチックの残骸。校則第12条『端正な身だしなみ』に抵触するのはもちろん。

 品位に欠けます。今すぐそれを外し元の姿に戻りなさい。それが風紀委員長、鳳凰院雛子の裁定です。」


「……っ。違います。これは、この羽は、アクマくんを救うための、正真正銘の――」


「黙りなさい。まがい物の天使。わたし(本物の鳳凰)の前で、偽物の羽を広げることの滑稽さを知りなさい。あなたのその『設定』など、この学園の秩序の前では無価値なのよ」


 祈の肩がピクリと跳ねた。元に戻る、それは彼女にとって、せっかく獲得した自分の形を、再び霧の中に捨てろと言われるに等しい死刑宣告だ。


「……鳳凰院さん。一点異議を申し立ててもいいかな。」


 僕は、隣で今にも消えてしまいそうな祈の気配を感じながら、あえて鳳凰院さんの瞳を真っ直ぐ見据えた。


「君は彼女を『品位に欠ける』と言ったけど、それは審美眼の問題であって、校則の問題じゃない。

 それに、彼女が今こうして『異物』として君の視界に入っていること自体が、彼女の成長の証になっているんじゃないかな。それを無理やり剝がすのは、脱皮中の虫を殺すような、少し野蛮な行為だとは思わないかい?」


「……随分と饒舌に囀りますね。それが彼女への加担だとしたら、あなたも同罪として一緒に『清掃』される覚悟はできているのかしら?」


「掃除されるのは勘弁してほしいかな。僕はただ、校則の『正しい解釈』について議論したいだけだよ。

 ――鳳凰院さん、君ならわかるはずだ。形を整えることと、存在を消すことは、似ているようで全く別のことだって言うことが」


 鳳凰院さんの細い眉が、ピクリと動いた。


「……鳳凰院さん。そもそも、この学園において校則第12条を厳密に適用するというのは、なかなか無理のある話だとは思わないかな?」


「なんですって?」


「この学園は私服登校が認められている。催事以外で制服を着ているのは、単に僕たちが『選ぶのが面倒だ』という消極的な理由で制服という名のコスチュームを選択しているに過ぎない。

 もし彼女の羽が『端正でない装飾』だと言うのなら、あそこでドクロ柄のTシャツを着ている男子や、原色バリバリのスニーカーを履いている女子はどうなる。彼らもまた、君の言う『端正』からは程遠い存在なはずだ」


 鳳凰院さんの眉が、不快そうに跳ねる。だが、僕は止まらない。


「でも、君は彼らをここに連行したりはしない。なぜなら、彼らは『景色』に溶け込んでいるからだ。一方で、彼女は目立つ。プラスチックの羽は安っぽく、あまりに異質だ。

 だから君は、彼女を防波堤に選んだ。彼女を許せば、明日には光るマントを羽織る奴や、巨大な剣を背負って登校する奴が現れるかもしれない――そんな、始まってもいないチキンレースを止めるための『見せしめ』としてね」


 鳳凰院さんの指先が、机の上でトントンとリズムを刻む。それは彼女の理性が、僕の言い分を「論理的である」と認めてしまった証拠だった。


「……随分と言ってくれますわね。私が恣意的に法を運用していると、そういうのかしら?」


「いいや。君が『秩序の美学』を守ろうとしていることは理解している。

 でも、彼女の羽は、他人の学習を妨げる音を発するわけでも、誰かを傷つける毒を塗っているわけでもない。ただ、少しだけ……いや、かなり個性的すぎるだけだ」


 僕は、隣で固唾を呑んで見守っている祈を一瞥した。


「鳳凰院さん。君が本当に『鳳凰』だと言うのなら、この程度の不純物、庭園のスパイスとして許容してあげる度量があってもいいんじゃないかな。

 それとも、君の築いた秩序は、たかだかポリプロピレン製の羽一枚で崩壊してしまうほど、脆いものなのかい?」


「――っ。……いい度胸ですわね、阿久くん」


 沈黙が生活指導室を支配する。鳳凰院さんは、鋭い視線で僕を、そして祈を射抜くように見つめた後、ふっと鼻で笑った。


「面白いですわ。私の秩序が脆いかどうか、その身をもって証明し続けるというのなら……天音さん。今回は、あなたのその不細工な羽、見逃して差し上げます」


「え……? ほ、本当ですか!?」


「ただし! 学習の邪魔になるほど激しく羽を鳴らしたり、ましてやその羽で飛ぼうとするなどの奇行に走った場合は、その瞬間に毟り取ります。

 ……それと、阿久くん。あなたも『保護者』のくせに饒舌に過ぎます。次からは、私の視界に入る前に転がって逃げることをお勧めします」


 鳳凰院さんは、流れるような動作で立ち上がると、一度も振り返ることなく部屋を去る前に一言だけ言った。


「今回は阿久くんの弁に免じて……ではなく、私の『秩序』をより強固にするための経過観察として利用させてもらいます」


 金色の髪が、勝利宣言のような光を放って揺れた。


「……。一応、一時は凌げたかな?」


「やった……やりましたよ、アクマくん! 善行の効果です! 鳳凰院さんも、私の天使としての慈愛にほだされたんですよ!」


「……。いや、僕が必死に屁理屈を並べたおかげだと思うんだけどな」


 安堵の溜息とともに、僕はパイプ椅子に深く沈み込んだ。とりあえず、彼女の「天使」としての命は繋がった。

 だが、鳳凰院雛子という強烈な視線に晒されることになった僕の放課後は、以前よりもずっと、平穏から遠のいてしまった気がした。

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