2度目の春(回復した後
日数経過は書かない!
街道は午後の光に包まれていた。
石畳が途切れ、土の道に変わる。
遠くに見えるのは低い山脈と、まだ名も知らない国境線。
ギルドの掲示板から離れ、二人は並んで街を歩いている。
てこてこと軽い足取りで、シエルは少し前を歩く。
筆はすでに走っている。くるり、と振り向いて、板を掲げる。
「黒猫さん、次の依頼は何受けるんですか?」
書き終えると、胸の前で見せる。
顔は期待半分、不安半分。
声は出ない。
でも表情は豊かだ。
シュバルツは歩調を変えない。
指先で煙草を挟む。
火をつける。
吸い込む。
肺に冷たい痛みが走る。
吐き出した煙が風に流れる。
彼は視線を前に向けたまま、答える。
「お前が狙われる可能性の低い国に行く」
それだけ。
淡々と。
まるで天気の話でもするように。
シエルが一瞬、足を止める。
ぱち、と瞬きをする。
もう一度、歩き出す。
隣に並ぶ。
板を抱えたまま、じっと横顔を見る。
「可能性の低い」
「国」
そこに含まれている意味を、ゆっくり咀嚼する。
依頼の内容じゃない。
報酬でもない。
難易度でもない。
彼の判断基準は、そこ。
自分。
喉の奥が、わずかに疼く。
核のヒビが、静かに熱を持つ
口の端が嬉しさでつい、上がってしまう…。
シュバルツは煙を吐く。
視線は前方。
だが、ほんのわずかに歩幅を調整している。
彼女の足に合わせている。
無意識。
「……国内は避ける。情報が流れやすい」
合理的説明。
それ以上は続かない。
本当は言うべき言葉がある。
俺が守る。
もう二度と叫ばないで済むようにする。
失いたくない。
だがそれらは、言語化の回路に接続されない。
感情は壊れている。
出力できない。
シエルは小さく笑う。
声は出ない。
代わりに、板に走り書きする。
「わたし、足手まといですか?」
冗談のつもり。
ほんの少しの、からかい。
シュバルツの足が止まる。
煙草の灰が、ぽとりと落ちる。
「違う」
即答。
迷いゼロ。
その一音だけが、やけに強い。
シエルの目が丸くなる。
シュバルツは気づかない。
言ったあと、ほんのわずかに胸がざわついたことを。
何に反応したのか。
なぜ即答したのか。
解析しない。
ただ事実だけが残る。
違う。
その否定だけは、即座に出た。
風が吹く。
タバコの匂いが流れる。
シエルは板を抱えたまま、歩き出す。
今度は少しだけ、距離が近い。
袖が触れそうで触れない。
彼は気づかない。
自分の選択基準が、依頼でも戦略でもなく、
彼女の安全になっていることを。
ただ、
狙われる可能性を排除する。
国を選ぶ。
道を選ぶ。
依頼を選ぶ。
全部、彼女基準。
本人はそれを、合理と呼んでいる。
シエルは横目で見る。
煙草を吸う横顔。
感情の削げ落ちた瞳。
それでも、自分を中心に世界を組み替えている男。
喉が、わずかに震える。
声は出ない。
だから代わりに、そっと板を胸に抱く。
(……黒猫さん)
音にならない呼びかけ。
彼は振り向かない。
だが、歩幅はぴたりと揃っている。
それだけで、十分だった。
好きなんだ。
めちゃくちゃ好きなんだ。
でも壊れているから、
それを「好き」と認識できない。




