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羽ばたく小鳥は猫とゆく  作者: 久遠 聖
春はゆく

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カラスの双子

ルネもルナも生きてるよー!

カラスの会話

冬の里の端、雪が踏み固められた小道の脇で、ルネは足を止めた。

冷たい空気の中、白い息がふわりと立ちのぼる。

手袋の中で、指が無意識に動く。

もうそこにはない、小さな石の感触を探すみたいに。

「……なあ」

隣を歩くルナは、少しだけ遅れてついてきていた。

厚着のせいで動きは鈍いけど、今日は顔色がいい。

「うん?」

ルネは前を向いたまま、照れくさそうに鼻を擦る。

「……あの黒い兄ちゃんさ。

 ルナが見つけた石、喜んでくれるといいなーって思ってさ」

ルナは一瞬、きょとんとした顔をしてから、

すぐに小さく笑った。

「うん」

その声は細いけれど、確かだった。

「だって、あの人……

 ちゃんと見てくれたもん。石も、私も」

ルネははっとして、思わず妹の顔を見る。

ルナは遠くを見ていた。

冬の空、雲の切れ間から差す淡い光を。

「月光みたいで綺麗だって言ってくれたの。

 それだけで……うれしかった」

ルネの喉が、きゅっと鳴った。

「……ああ。

 あの兄ちゃん、ぶっきらぼうだけどさ。

 嘘つかない目してた」

ルナは小さく頷く。

「うん。

 だから、あの石……

 一番大事にしてたの、あげてよかった」

一瞬の沈黙。

雪を踏む音だけが、二人の間を満たす。

「ルネが代わりに渡してくれて、ありがとう」

その言葉は、とても静かだった。

でも、確かに胸に落ちた。

「……おう」

ルネはそっぽを向いて、照れ隠しみたいに言う。

「ルナが歩けたの、あの日だけだったもんな。

 みんなと一緒に、里を一周」

「うん」

ルナはゆっくり息を吸って、吐いた。

「私でも、みんなと一緒に歩けて……

 すごく、うれしかった」

その言葉に、ルネは何も言えなくなった。

代わりに、妹の歩幅に合わせて、少しだけ歩く速度を落とす。

石はもう、黒い男の首元で揺れている。

ラブラドライトみたいな、不思議な青を宿して。

それでいい。

それがいい。

あの日の散歩も、

ルナの嬉しかった気持ちも、

ちゃんと、誰かのところへ行ったんだから。





――――――――――――――――――――――

二年、という時間は、里を少しだけ変えた。

壊れた屋根は直され、焼けた柵は組み直され、

子どもたちは少し背が伸び、声変わりしかけのやつも出てきた。

ルネ自身も、羽の付け根が少し強くなって、

もう「子ども」とは呼ばれなくなりつつある。

それでも、春の風の匂いは変わらない。

雪解けの土と、芽吹き前の枝の匂い。

ルネはその日、里に戻ってきた冒険者たちの噂を聞いた。

剣と影の男。

黒い髪で、右目に傷があって、

首元に――

「……羽飾り?」

聞き返した声が、思ったよりも大きくなった。

「ああ。黒っぽい羽と、青い石がついたやつだってさ」

胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。

ルネは、その場に立ち尽くした。

青い石。

光の角度で色が変わる、不思議なやつ。

月光みたいだって、ルナが言ってた。

「……それ、どんな感じの?」

「ん? さあな。

 服の中に隠してるみたいだったって話だ」

服の中。

外さずに。

隠すように。

ルネは、息をひとつ飲み込んだ。

その夜、ルネは家に戻ると、

囲炉裏のそばで毛布にくるまっているルナの隣に腰を下ろした。

「なあ、ルナ」

「なあに?」

声は相変わらず細いけど、二年前よりずっと安定している。

体は小さいままだけど、ちゃんと生きてる。

春を、また迎えられている。

「……あのさ」

一度、言葉を切る。

胸の奥で、何かが揺れている。

「あの黒い兄ちゃん」

ルナの指が、ぴくりと動いた。

「まだ……

 あの石、持ってるらしい」

一瞬。

本当に、一瞬だけ。

ルナの目が、丸くなった。

「……ほんと?」

「ああ」

ルネは、うまく笑えなかった。

喉が詰まって、声が少し掠れる。

「二年経っても。

 外してもいないし、売ってもない。

 首から下げて、服の中にしまってるって」

ルナは、しばらく何も言わなかった。

ただ、囲炉裏の火を見つめている。

それから、ゆっくり息を吸って。

「……よかった」

その一言は、

泣きそうなくらい、やさしかった。

「私の、石……

 ちゃんと、あの人のところに行ったんだね」

「……ああ」

ルネは、拳をぎゅっと握る。

「兄ちゃんさ、

 きっと、忘れないんだと思う」

「うん」

ルナは小さく頷いた。

「だって、あの人……

 大事なもの、

 なくさない人だもん」

その言葉に、ルネは目を伏せた。

思い出す。

無愛想で、言葉少なで、

それでも、子どもの手元をちゃんと見ていた黒い男。

「……あの時さ」

ルネは、ぽつりと言う。

「ルナが歩けたの、

 ほんとに、あの一回だけだったよな」

「うん」

「でもさ……」

声が、少し震えた。

「ちゃんと、残ったんだな」

ルナは、ルネの袖をそっと掴んだ。

力は弱い。でも、確かだ。

「残ったよ」

微笑む。

「私の嬉しかった気持ちも、

 あの人の首元で、揺れてる」

囲炉裏の火が、ぱちりと弾ける。

外では、夜の風が枝を揺らし、

カラスの羽音が遠くで鳴った。

二年前の冬も、

今の春も、

全部つながっている。

青い石は、

ただの飾りじゃない。

歩けた記憐。

渡された想い。

生きている証。

そして――

まだ、あの黒い兄ちゃんが持ってるという事実。

ただ、ルナはカラスの中では体が小さいけどね!

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