ハッピーニューイヤー 黒猫
皆さま良い年をー!!!
リヨンブールの街角には、新年の空気が満ちていた。
屋台の香ばしい匂い、甘い香り、熱気、人々の笑い声。金属のコインが跳ねる音、子供たちのはしゃぎ声――あらゆる音が、街を鮮やかに震わせている。
シュバルツは通り沿いを素通りしながら、頭の中で考える。
「依頼、受けるか……それとも、腹を満たすか……」
けれど、目の前の屋台が勝った。焼き鳥、ソーセージ、甘い団子。手には自然と串が並ぶ。鼻先まで来る香りに、つい唾を飲む。いつもの習性か、慎重に、人ごみを避けながら屋根の上へ足を向ける。
屋根の上は、街を一望できる特等席。
人々の喧騒も、屋台の熱気も、地面から届く熱さも、少し離れればただの色と音の波。
シュバルツは独り腰を下ろす。煙草をもう一本、口にくわえて火を点ける。煙が夜の空に溶ける。
屋台の明かりが揺れ、人々の笑い声や呼び声が混ざる中、シュバルツは屋根の上。
手には串焼きの束。
何の肉かは知らないが香ばしい匂いが鼻をくすぐり、甘い匂いのクレープ状の生地に包まれた鶏肉も並ぶ。甘辛く味付けされた鶏肉の香りが、夜風に乗って漂う。
「……腹減ったな」
低くつぶやき、まずは串焼きから一本。皮は香ばしく、内側の肉はふっくら柔らかい。かじるたびに、口の中で脂と香ばしさが混ざり合う。10本も並べられた串は、祭りの夜のための野良猫の贅沢。
片手には小瓶の酒も握る。昼間の温かい光に溶け込むような、甘みのある香り。口に含めば喉を熱く落ちていき、胃にじんわり広がる。鼻から抜けるアルコールの香りに、街のざわめきがほんの少し遠ざかる。
その時、魔術による祝祭花火が夜空を彩った。
小さな光の粒が、ゆっくりと散り、夜空を溶かすように広がる。
青、赤、金――色が溶けて、すぐに消える。だが、消えた後にも残る余韻がある。
シュバルツは串をかじる。
皮は香ばしく、中は柔らかい。噛みしめるたびに、鼻から喉までが熱くなる。
煙草の香りと混ざり合い、祭りの夜の匂いが、一瞬、里の夜と重なる。
無意識に、左耳の三つ編みに触れる。冷たさでも温かさでもなく、存在の確かさを確認するだけだ。
屋根の端から下を見るように背を丸める。
視線の先には、花火の残り火のように揺れる街灯、笑う子供たち、道を行き交う群衆。
「……遠いな」
独り言。誰も聞かない。誰も、聞かなくていい。
でも、胸の奥に何か小さく温かいものが残っていることに気づく。三つ編みの重みか、祭りの匂いか、それとも――ただの、街の空気か。
花火の一発が大きく夜空に開く。
シュバルツの瞳が一瞬光る。赤、青、金――
空に散った火花は、すぐに闇に溶ける。けれど、焼け跡のような余韻が、彼の胸の奥に残る。
串をもう一口かじる。焦げた香りが鼻腔をくすぐる。甘い煙草の香りと混ざる。
誰にも邪魔されない、誰も求めない、ただの夜の時間。
串を3本平らげた後、甘辛いタレがしみ込んだクレープ状の生地の鶏肉もかじる。外は薄くパリッとしていて、噛めば柔らかい肉の旨味と甘辛いタレが混ざり、口の中に春祭りの味が広がる。野良猫のくせに、ちょっとした王様気分。
左耳の上の三つ編みに無意識に触れる。青い石が柔らかく光を反射し、夜の街に溶け込む。切り落とした過去と残った三つ編み。串をかじり、酒を舐め、甘辛い鶏肉をかじる指先の感覚と共に、シュバルツは夜の空気を全身で味わう。
「……ふぅ、悪くねぇ」
低く、独り言。誰にも届かない声。
夜空を彩る花火、匂い、味、風。
全部がここにある。
誰にも邪魔されない、独りだけの春祭り。
屋根の上のシュバルツは、串をかじり、酒を口に含み、夜風に髪が揺れ、煙草の煙が鼻をくすぐる。三つ編みの重みが、胸の奥で微かに温かい。
花火が小さく弾けるたびに、街の灯が揺れ、屋台の光が点滅する。
野良猫はその間を静かに眺め、串をかじり、酒を傾け、夜の匂いを吸い込む。
街は生きている。祭りの夜は、生きている全ての匂いと音で満ちている。
手元には串焼きの残り、そして酒瓶。左側の三つ編みは、その隣で夜の光を受けながら揺れる。守るものも、守られるものも、まだ手の中にはない。
けれど、三つ編みは確かに残り、夜の空気と祭りの匂いの中で、野良猫の胸に小さな灯火をともしている。
春の祭りの夜は、リヨンブールの屋根の上で、シュバルツにとって静かで、しかし確かな贅沢の時間だった。
そして日が昇れば、鐘が鳴る。
一年の始まりを告げる、重く、低く、でも確かな音。
その時、野良猫――いや、シュバルツは、まだ屋根の上にいるだろう。
串を持ち、煙草をくわえ、花火の残り香を胸に抱きながら。
街の一瞬の喧騒を、独り占めするように。
春の朝まで、空の色と煙の匂いの間で静かに佇む。
守るものも、守られるものも、まだ手の中にはない。
けれど、三つ編みは確かに残っている。
そして、街の春風は、シュバルツの背中をそっと撫でて、どこか遠くに行けと囁くのだ。
海外の新年の祭りって楽しそうだよね!作者花火大好き!
シュバルツが食べたもの
塩コショウやハーブで味付けされた色んな部位の串焼き10本
トルティーヤ キャベツなどの葉野菜と鶏肉
酒 酒瓶2本(1L)、ビールみたいな発酵酒、後麦酒




