魚氷に上る、春の闇
季語、出したらどの時期かわかるかなーって思った。
春の里は、静かだ。
風はまだ冷たいが、日差しだけがやけにやさしい。
巣代わりの籠の中で、
ころころ、ころころと、何かが転がる音がする。
羽の生えた赤子――
リョウインは、転がっても転がっても、最後は必ず端で止まる。
籠の縁に小さな手を引っかけて、じっと外を見ている。
まだ焦点も合っていないはずなのに、妙に落ち着いた目をしている。
ワカタケは、ひたすら動く。
ころん、ころん、ころん。ころころころりん。
隣に何かがあれば掴み、なければ羽をばたつかせ、
自分がどこにいるのか確かめるみたいに動き続ける。
ハクロは、動かない。
正確には、動けない。
転がされれば転がるが、自分からは行かない。
胸が上下するたび、淡い青緑の羽が小さく震える。
――三つの呼吸。
三つの心音。
全部、違う。
ヒバリはその前に座り、翼を畳んだまま見下ろしている。
抱くことはできる。
守ることもできる。
けれど、与えられないものがあることを、ヒバリはもう知っていた。
母乳。
有翼人は人に近い。
体の構造も、臓器も、ほとんど同じ。
違うのは翼と、魔力の流れだけ。
だから――
オスであるヒバリには、乳は出ない。
アルヴィンにも、もちろん出ない。
「……なぁ」
困ったように頭を掻いたアルヴィンが、巣の横に腰を下ろす。
三つ子の様子を見て、困ったように笑う。
「腹は減るよなぁ。そりゃ」
返事はない。
代わりに、白露が小さく声をあげる。
泣き声というより、空気が抜けるような音だ。
その瞬間――
ぱし、と籠の縁に影が落ちた。
「はいはい、そこまで」
軽い声。
慣れた手つき。
アルヴィンの姉、シェリルだ。
抱えてきた布と、湯気の立つ小さな瓶を手際よく置く。
「まったく……産むのは命がけ、育てるのは別の地獄ね」
言いながらも、その顔は笑っている。
母の顔だ。
シェリルは迷いなくハクロを先に抱き上げる。
軽すぎる体重に、一瞬だけ目を伏せるが、何も言わない。
「順番よ。焦らなくていい」
乳を含ませると、白露の喉が小さく動く。
必死に、でも弱々しく。
涼陰はそれをじっと見ている。
若竹は、意味も分からず羽をばたつかせて騒ぐ。
ヒバリはその様子を、ただ見ている。
胸の奥が、少しだけ締め付けられる。
――守れる。
――愛している。
――それでも、全部はできない。
その現実が、春の光の中で、やけに静かに横たわっている。
「大丈夫」
シェリルが言う。
ヒバリの視線に気づいたように。
「群れで育てるのが、あんたたちのやり方でしょ」
その言葉に、アルヴィンが笑う。
「だな。家族ってやつだ」
ころころ転がる雛たちの上に、
翼ではない、別の温もりが重なっていく。
春は、こうして始まる。
誰か一人じゃ足りなくて、
それでもちゃんと、生きていける形で。
シェリルはハクロを胸に抱いたまま、静かに言った。
「この子は一番、時間がかかるわ。
魔力も体力も、他の子よりずっと細い。だから……」
一瞬だけ視線を落とし、それから顔を上げる。
「他の人にも声かける。
代用品も集めるし、魔力補助できる人も増やす。
一人でどうにかしようなんて、思わないで」
叱るでもなく、慰めるでもない。
現実を淡々と告げる声音だった。
ヒバリは小さく息を吸う。
白露の淡い羽が、かすかに上下するのを見て、目を逸らさずに頷いた。
「……うん。
この子、無理させたくない」
アルヴィンが腕を組み、少しだけ眉をひそめる。
「じゃあ俺は外回る。
白も赤も、頼れるやつ片っ端から引っ張ってくる」
即断だった。
迷いがないのは、もう覚悟が決まっている証拠だ。
シェリルはそれを見て、ふっと息を抜く。
「……それでいい」
そして、何気ない調子で続けた。
「――そういえば」
ヒバリとアルヴィンを交互に見て、口角を少し上げる。
「名前は、もう付けたの?」
一瞬、室内の空気が変わる。
緊張がほどけるわけじゃない。
でも、命の話から“生きる話”へと、視点が移った。
ヒバリは驚いたように目を瞬かせたあと、そっと三つ子を見る。
ころころと動く若竹。
静かに目を開けている涼陰。
そして、胸で小さく呼吸する白露。
「……つけた」
声は低いが、確かだった。
「黒い子は、涼陰。
静かで、影みたいで……でも、ちゃんと周りを見てる」
アルヴィンが「ああ」と頷く。
「緑のは、若竹。
動きっぱなしでさ、放っといたらどっか行きそうだから」
その言い方に、シェリルが小さく笑った。
「で、この子は?」
白露を抱いたまま、問いかける。
ヒバリは一瞬、言葉を探した。
そして、ゆっくりと。
「白露」
その名を口にした瞬間、
白露の指が、ほんのわずかに動いた。
「朝の光みたいで……
消えそうで、でも、ちゃんとそこにある」
アルヴィンが、少し照れたように鼻を鳴らす。
「弱いからじゃねぇぞ。
一番、守る理由がはっきりしてるってだけだ」
シェリルは白露の額に、そっと指を当てる。
「いい名前ね」
それから、真顔に戻る。
「名前をつけたなら、もう“客”じゃない。
群れの子よ。
遠慮なく、皆を使いなさい」
ヒバリは深く頷いた。
「使う。
全部使って、生かす」
その言葉は誓いに近かった。
籠の中で、若竹が羽をばたつかせ、
涼陰がそれをじっと見て、
白露が、ほんの小さく息を吸う。
春の里で、
三つの名が、確かに根を下ろした瞬間だった。
シェリルかシェリアだか、忘れる…でもどっちも同じ人だから、気にしないで!!
白露はハクロでもシラツユでもどっちでも読めるよね。
しかも、この三子季語です一応…。




