37 記憶
義手に早く慣れてぇ??どんなに調整しても1週間は激痛は変わらねぇぞ?自分の魔力とは別の魔力が塊であるからな。血液回す見てぇに魔力回すしかねぇぞ??by親方
義手を接続した直後、黒猫は軽く腕を振っただけで顔をしかめていた。
魔力の線が無理やり自分の身体に貼り付けるような感覚――関節に力を入れれば入れるほど、内部の魔力回路が逆流する。魔石が生きている証拠だ。
「……やっぱ痛ぇな」
息を吐きながらも、手首の可動域を確認する。魔石が微妙に抵抗し、神経の代わりに走る幻痛が、肘の先まで鋭く響く。
職人が横で細かく調整するたび、黒猫は無言で歯を食いしばる。
「馴染むまで、少し時間がかかる」
その“馴染む”期間は、約一週間。魔石は自分の意思で魔力を引き込み、身体と接続部を調整する。肘から先を通る魔力は神経の代わりに黒猫の感覚を叩き、夜になると逆撫でされるような痛みで目が覚めることもあった。
睡眠不足は避けられない。眠っても夢の中で手が動き、指の数を間違える。起きているときには痛みと戦いながら義手の動きを身体に覚えさせる。
それでも、義手をつけた初期の頃よりも、腕の動きは明らかに速い。握力、剣速、跳躍――生身ではありえないパワーが、手首一つで出せるようになっていた。
シュバルツは布団に転がり、雪明かりの差し込む部屋で短く息を吐く。
「……寝る暇、ねぇな」
義手はまだ身体の一部になりきれていない。それでも、確実に戦力としての機能を持ち始めていることを、シュバルツは痛みの奥で実感していた。
夜は深く、里の寝静まった家の中。
小鳥は喉の渇きに目を覚まし、そっと布団から抜け出した。
水を求めて歩く廊下の途中、低く、抑えきれない呻き声が耳に届く。
「……?……」
思わず足を止め、声の主を確かめる。
そっと寝室に戻ると、黒猫は義手を装着した右腕を布団の外に投げ出し、うずくまるように眠っていた。
額には薄く汗。呼吸は浅く、苦しそうに揺れている。
小鳥は無意識に歩み寄り、そっと額を黒猫の額にくっつけた。
「……熱があるかも……」
寝惚けた声で呟き、手を添えてそっと体温を確かめる。
黒猫は半分夢の中、痛みと戦う義手の感覚にうめき声を漏らす。
小鳥はそれを静かに見守り、無言で布団をめくって隣に潜り込む。
「……一緒に寝ていい?」
寝惚けたまま囁き、黒猫はわずかに顔を上げて小さく頷く。
二人はそのまま布団に身を寄せ、夜の静寂の中で互いの温もりを感じながら、ゆっくりと眠りにつく。
義手の痛みは続くが、小鳥の存在がわずかに心を落ち着かせる。
夜明けまで、微かな呼吸だけが聞こえる。
黒猫の意識は、義手を通じて伝わる痛みとともに深い夢の底へ落ちていく。
そこは戦場だった。血と煙、叫び声が渦巻く世界。
腕を斬られたあの瞬間――痛みと衝撃が、まるで昨日のことのように蘇る。
砂埃にまみれ、手を伸ばしても届かない――シルヴィアは目の前で倒れ、微笑んでいた。
「……くそっ……!」
声にならない怒りと後悔が、胸の奥を締め付ける。
周囲の幽鬼のような影が、彼女を取り巻く。
戦場を駆け抜ける残骸、叫び、裂けた鎧、散らばる羽毛。
黒猫は義手を最大限に駆動させようとするが、魔力は悲鳴となり、体を締め上げる。
痛みは神経を超え、骨を震わせ、心臓が逆流するように打つ。
それでも止まれない。
義手が限界に近づくたび、肉体は悲鳴を上げる。
守れなかった命、失った腕、全てが重く、全身を縛る。
その絶望の中で、かすかに柔らかな気配。
夢の境界を割って、暖かい存在が傍に潜り込む。
「……一緒に寝ていい?」
朧げな声。夢の断片の中で、無意識に小さく頷いた気がする。
目が覚めると、薄暗い夜の布団の中に、柔らかい体の重みと暖かさが確かにあった。
痛みはまだ残る――義手も、心も。
だが、戦場の幽鬼は影を潜め、ただ夜の静寂が、かすかな安堵を運んでくる。
朝の光が、少しずつ室内に差し込む。
窓から入り込む陽射しは強く、まだ夢の残像を引きずる意識には眩しすぎた。
シュバルツは無意識に義手で額を覆い、目元に影を作る。
夢の残像――戦場の轟音、守れなかったシルヴィアの姿、義手を駆動させて耐えた痛みそれらが、胸の奥でまだうずく。
だが、不思議なことに、日常の動作は少しずつ楽になってきていた。
水を汲み、義手で器を持つ。手首の角度や握力はまだ不自然だが、夢で味わった限界の痛みに比べれば、日常の操作は淡々と行える。
窓の向こうで、鳥の声が聞こえる。
柔らかな朝の空気、微かに混じる土と木の香り。
戦場の記憶は残っているが、現実の静けさが心を少しずつほぐしていく。
シュバルツは静かに息を吐き、義手を軽く握り直す。
日常的な動作をしている今、痛みはあるにはあるが、神経を逆撫でするような鋭い痛みは薄れてきている。
まだ睡眠不足で目は重いが、少しずつ、義手と体が“共にあること”に慣れてきていることを感じる。
寝不足で頭が回らず、うつらうつらしているなかで、ふと視線を横にずらした。
「……隣が、暖かい…?」
目だけを動かして確認すると、そこには寝惚けた小鳥――シエル――がぴったりと寄り添っていた。
シュバルツは思わず唖然とする。兵舎ではあんなにきちんとしていたのに、どうして今こんなふにゃふにゃしているのかと。
シエルはまだ半分眠りながら、モゾモゾと身体を動かす。
寒いのか、無意識に暖かいものを求めて義手に手を触れた瞬間、シュバルツは目を見開いた。
「――っ!」
義手はまだ朝の調整中で、魔力を蓄えて熱を帯びている。
下手をすれば火傷しかねない温度。シュバルツの身体が反射的に硬直する。
「ぁ、おい!!」
声にならない叫びとともに、義手を引っ込めようと動かすが
「…ぅ? ちょっと暖かい…」
兵舎にいた頃の凛としたシエルの姿はどこへやら。
でも、この家では、安心して身を任せられる。
シュバルツの義手を抱きしめるように触れるのも、自分の家だから、守られているからこそ。
シュバルツは心の奥で、少しだけ肩の力を抜く。
まだ朝の義手調整は終わっていないし、痛みや熱の管理もある。
けれど、隣で小さく震える温もりを感じながら、少しずつ目を覚まし、朝の光に慣れていく。
魔石さん、生きてるってことは意識があるんですよねぇ…へへ
びっくりしすぎて魔力が途切れたので急速冷却されたのと、無意識の調整よ。
後、シュバルツさん猫っ毛ロングヘア野郎なんだ…、見た目に無頓着、後に襟足までにカットされます。




