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羽ばたく小鳥は猫とゆく  作者: 久遠 聖
プロローグ

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38/58

騎士と30秒の怪獣ごっこ

小話!

朝の訓練が終わると、シルヴィアはいつもより少しだけ早く兜を脱いだ。

額にかいた汗を、手の甲で軽く拭って、空を仰ぐ。


今日は雲が少ない。

風もあたたかい。

いい日だ、と思った。


(……お腹、空いたな)


それが真っ先に浮かぶあたり、彼女はどこまでも素直だった。


食堂に向かう足取りは軽い。

鎧はまだ少し重いけれど、それすら今日の空気には邪魔にならない。

厨房から漂ってくる焼きたてのパンの匂いに、思わず目を細めた。


(パン……今日は蜂蜜、残ってるかな)


甘いものが好きだという自覚はある。

けれど、恥ずかしいとは思わない。

生きて、働いて、腹が減って、好きなものを食べる。

それは、とてもまっとうで、健やかなことだと思っているから。


食後、庭に寄るのが日課だった。

訓練場の喧騒から少しだけ離れた、石畳と小さな花壇のある場所。


そこにしゃがみ込んで、花を見る。


赤、白、黄色。

名前なんて正確に言えないものも多い。

けれど、それで困ったことは一度もなかった。


(……今日も、ちゃんと咲いてる)


それだけで、十分だった。


折れることもある。 風で倒れることもある。 踏まれてしまう日もある。


それでも、何事もなかったかのように、また伸びて、また咲く。

その強さと、やわらかさが、ただ好きだった。


仕事は、きちんとやる。


命令があれば前に出る。

盾が必要なら、迷わず立つ。

剣を振るう理由を、疑ったことはない。


それが「守るため」だと知っているから。


けれど、それ以上の重さは背負わない。

世界を救うだとか、国を変えるだとか、そんな大それたことは考えない。


今日、守るべき人がいて、

今日、終えるべき任務があって、

今日、空腹を満たす食事がある。


それでいいと、本気で思っていた。


だから彼女は、よく笑った。


同僚にからかわれても笑い、

失敗しても笑い、

花を見ては笑い、

食べ物の話題では、少しだけ声を弾ませた。


(……ああ、今日も、生きてるな)


眠る前、そんなふうに思いながら目を閉じる。


怖い夢も見る。

血の匂いが鼻に残る夜もある。

それでも、朝になれば、またパンの匂いに腹が鳴る。


それが、彼女にとっての「平和」だった。


陽だまりの中で、無防備に立っているような人。

誰かを照らそうともせず、

ただ、そこに在るだけで、周囲が少し安心してしまう人。



石畳に、夕方の影が斜めに伸びていた。

巡回の時間は退屈になりがちだけど、シルヴィアは嫌いじゃない。


人の気配。

パン屋の匂い。

窓からはみ出る洗濯物。

暮らしの音が、ちゃんとここにある。


(……平和だなぁ)


そう思った、その時。


「わっ!」


いきなり小さな塊が、鎧にどん、とぶつかってきた。


「ん?」


見下ろすと、団子みたいな髪の小さな男の子が、尻もちをついて目をぱちぱちさせている。

その後ろから、同じくらいの年齢の子どもが何人も走ってきて、ぴたりと止まった。


「ご、ごめんなさい騎士さま!」


シルヴィアは、一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。


「いいよ。怪我、ない?」


しゃがんで目線を合わせる。

ゴツい鎧に大きな剣。

怖がらせてもおかしくない格好なのに、彼女の声はやけにやわらかい。


男の子はこくこくと頷いた。


「うん! ない! スッゴイぶつかったけど!」


「じゃあ、よかった」


そう言って、ぽん、と頭を撫でた。


すると今度は、後ろにいた女の子が、おずおずと近づいてくる。


「あのね、さっきまで、ここでね……怪獣ごっこしてたの」


「怪獣ごっこ?」


「うん! でも、怪獣がいなくなっちゃって……」


シルヴィアは少し考えてから、剣の柄に軽く手を置いた。


「じゃあさ、今から三十秒だけ、私が怪獣やるよ」


「え!? いいの!?」


「いいよ。ただし――」


わざと低い声を作って、ぎこちなく唸る。


「騒ぐと、本物の怪獣が来ちゃうからね?」


子どもたちは一瞬息を詰め、次の瞬間――

「きゃーー!!」

と、はしゃいで四方八方に散った。


シルヴィアは、わざと足音を大きくして追いかける。


「待て待てー」


速すぎない。

怖くならない。

ちゃんと“捕まらない速さ”。


しばらくして、全員が満足した頃。

子どもたちは道の端に座り込んで、はぁはぁと息をしていた。


「騎士さま、つよすぎ……」


「怪獣なのに、やさしい……」


シルヴィアは照れたように頬をかいた。


「怪獣でもさ、ちびっこは食べないんだよ」


すると男の子が、真剣な顔で言った。


「じゃあ……騎士さまは、ずっとここにいる?」


一瞬だけ、言葉に詰まる。


(……いつかは、別の場所へ行く)


それは分かっている。

でも、それをそのまま言う必要はない。


シルヴィアは、少しだけ笑って言った。


「今日と明日は、いるよ」


それで十分だと思った。


女の子が、ポケットからしわしわの飴を取り出す。


「これ、あげる。怪獣やってくれたから」


「ありがとう。大事にもらうね」


飴を受け取る指先は、戦場で剣を握る手と同じなのに、

その動きはひどく、やさしかった。


立ち上がると、子どもたちは一斉に手を振る。


「ばいばーい!」「またねー!」「こんども怪獣してねー!」


「うん、またね」


夕焼けの中、巡回を再開しながら、彼女は小さく息を吐く。


(……守るって、こういうことなんだよね)


剣のためじゃなく、命令のためでもなく、

今ここで笑っているもののために、そこに立つ。


陽だまりの中を歩く騎士は、

まだこの時、

“それが失われる日”なんて、考えもしなかった。



それが――

黒猫に出会う前の、シルヴィアだった。

メンタル回復用かな…多分?

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