28 質問はありますか?
阿鼻叫喚、楽しんでいただけました??
シュバルツの意識が一瞬途切れた後、スっと覚醒する。
焚き火の赤が、黒猫の頬を薄く照らす。
シエルが寝息を立てて寄り添うその腕の中で――黒猫の片目はずっとヒバリを見ていた。
ヒバリが気配に肩を揺らし、静かに問いかける。
「どうかしましたか? シュヴァルツさん?」
微風が二人の間を渡る。灰が舞い、火が小さく弾ける音。
黒猫はすぐには答えなかった。
じっと、測るように、しかし敵意ではなく――観察する獣の目。
言葉より真実を拾う目。
ようやく、低く静かな声が落ちる。
「……尾羽根の意味、知らなかったわけじゃないな?」
ヒバリは目を瞬く。
ごまかすよりも先に、ため息がこぼれた。
「ええ。シエルはきっと知らなかったけど――
僕らは、あの子の仕草に全部意味があるって知ってました。」
羽先で頬を掻くような仕草。
苦笑するように、肩を落とす。
「でも、止めなかった。
シエルが誰かに向けて羽を伸ばすのを、僕らは…ずっと見てみたかったんです。
もし、その相手が奪うだけの人間なら――僕らが止めるつもりでした。」
火がぱち、とはぜる。
黒猫の表情は変わらない。だが、沈黙がもう攻撃ではなくなる。
「あなたは奪わなかった。
傷口にも、羽にも、心にも、手を伸ばす時はただ支えただけだった。」
ヒバリは夜風の方へ視線を向ける。
「だから僕は――安心して眠れる。
尾羽根をつつかれるより、よっぽど…ね。」
わずかに笑う。自嘲でもなく皮肉でもなく――任せた、と言う笑み。
そしてヒバリは黒猫に問い返す。
「シュヴァルツさん。
シエルの無自覚な “求愛” を、あなたはどう受け取りますか?」
火の影、月下の静寂。
答え次第で、友情にも牙にもなる夜。
――その返事を、じっと待つ。
風が梢を渡り、夜の森がひそやかに息を吸う。
黒猫の言葉は、焚き火の音より静かに落ちた。
無骨で、迷いの無い一言。
「…恋も知らない子供に手を出すほど、まともじゃない、
支えるだけだ。」
その声音には、欲も正しさも混じらない。
ただ、自分で定めた線を踏み越えないと誓う男の熱があった。
ヒバリは一瞬目を細め、それからふっと微笑む。
敵意ではなく、ようやく呼吸を許された仲間の表情で。
「…なら、よかった。」
小声は羽ばたきのように軽いが、その奥で長い緊張がほどける。
「僕らはシエルの翼を守れなかった。
だから、せめて今だけでも――
信じられる誰かがそばにいるなら、それでいい。」
焚き火が黒猫の影を揺らす。
シエルは羽毛布団のような片翼にくるまり、穏やかに眠っている。
ヒバリは目を夜空へ向け直し、番を続けながら呟いた。
「…あの子は、きっとまた飛ぶ。
恋を知るのは、そのずっとあとでいい。」
月光が白く地面を照らす。
その隣で、黒猫は静かな眠りへ落ちる小鳥を見つめ続けた。
誰にも言わないまま――
その翼の再生と、生きる意志の強さに、
胸の奥がかすかに疼いていることを。
焚き火がぱちりと弾ける。
ヒバリは弓を膝に置き、黒猫の横顔を横目で伺うように問いかけた。
「夜はまだ長いですからね。
他に聞きたいことは? 有翼人種特有の行動とか……ありますか?」
声は落ち着いているが、どこか探るような色を含んでいた。
「翼」「触れる」「並んで寝る」――
今日だけで黒猫が知らず踏み抜いた文化的地雷は多い。
それを確認しようとする、慎重な優しさだった。
黒猫は指先で煙草の束を無造作になぞり、短く息を吐く。
「……なら、一つ聞く。」
焚き火越しに、琥珀の瞳がヒバリを捉える。
「シエルが無意識でやってる仕草――
たとえば羽の付け根を預けてきたり、そばで眠ったり。
あれは……どういう意味だ?」
質問は単刀直入。
しかし声の奥には、怒りでも困惑でもなく――
ただ真っ直ぐに理解しようとする意志があった。
ヒバリは少しだけ目を見開き、
次いで苦笑とも溜息ともつかない息を漏らす。
「……やっぱり気付いてませんでしたか。」
枝を一本火にくべ、赤い光が二人の顔を照らす。
「有翼人にとって、羽は心臓より深い領域です。
触れさせることは、信頼の最奥……
それどころか場合によっては――求愛に近い。」
黒猫のまぶたがわずかに動く。
焚き火の影が頬を切り裂くように動く。
ヒバリは続けた。
「尾脂腺の手入れを他者に頼むなんて、本来ありえません。
子を持つつがい、あるいは家族、それも特別な時だけ。
同じ火のそばで眠るのも、ただの同行者にはしない。」
そこで一拍置き、真っ直ぐ黒猫を見る。
「……シエルは自覚していません。
けれど、あの子の行動は――
あなたを家族か、それ以上に近い存在として扱っています。」
森の夜風が吹き抜けた。
羽毛の残香と樹の湿った匂い。
遠くで梟が鳴き、焚き火の炎がゆらりと揺れる。
黒猫はゆっくりと視線を下げ、眠るシエルを見つめた。
その横顔は幼くて、痛みと再生の余韻がまだ残っていて、
けれどなにより――信じきるように穏やかだった。
ヒバリが柔らかく笑う。
「だから、あなたがどう応えるかは……
きっとこの先、あの子の空になる。」
そして問うた。
「――シュヴァルツ。
それでも“支えるだけ”と言えますか?」
焚き火の赤が二人の影を重ね、夜はまだ深い。
「後、換毛期が終わったあとのいちばん綺麗な羽渡されたら注意してくださいね、正式な"申し込み"ですので」というヒバリ
黒猫は一瞬、目を細めてシエルの寝顔から目をそらす。
声は低く、落ち着いているがその指先は小さく震えを含んでいた。
「……そうか。正式な“申し込み”か。」
ヒバリの言葉の意味を理解し、静かに頷く。
その後も黙って焚き火の炎を見つめ、夜の闇と赤い光が交錯する中で思考を巡らせる。
(慎重に、だ。無理に答えを返す必要はない。だが……あの子の信頼を、裏切るつもりはない。)
言葉は出さずとも、黒猫の胸の内では“支えるだけ”の境界線を越えようとする意志が、静かに芽生えていた。
ヒバリは満足そうに微笑み、焚き火の温かさに体を委ねる。
小鳥の寝息、森のざわめき、夜はまだ深く、未来の可能性を包み込むように静かに流れていく。
「人と僕らとじゃ、文化も生活も色々違います、違いすぎて心を壊す仲間もいます。
あなたたちにとっての当たり前が僕たちにとっては特別なんです。」
「例えば綺麗なものをあげる、仲間同士なら絆、家族なら共有、恋人や番には宝物って意味になります」
「一番、苦しいのは
僕たちのこの翼を広げた姿を見て、怖がられること…ですね
シエルの反応からして、大丈夫と判断したから僕たちも翼を広げてますが、人里に降りる時は折りたたんで過ごします。
有翼人は…………その翼も…………高値で売れるので…」
黒猫は小さく息を吐き、炎の揺らぎに目を落とす。
「……なるほど。そういう意味か。」
言葉少なに頷きながらも、頭の中で整理をしていた。
人間の文化、里の掟、そして有翼人特有の“翼の価値”。
そのすべてが、仲間同士でさえ互いの心を傷つけかねないことを理解する。
(つまり、無防備に見せるものには責任が伴う。
ただ広げるだけでは、意味が伝わらない……いや、伝わったとしても危険が増すだけだ)
黒猫の右目の青銅と、左目の緑がかった瞳が交互にシエルの寝顔と森の闇を見渡す。
静かに炎の音と羽ばたきの夢想が交錯し、片腕の力で抱きかかえた夜の温度を感じながら、守るべき“特別”の意味を改めて胸に刻む。
「……わかった。気をつける。」
声は低く、しかし確かな決意を帯びていた。
夜の静寂の中で、守るべきものと守れぬものの境界を、黒猫は確かめるようにしていた。
「…本当は言いたくないことですが、シエルの羽根の色は珍しいので、里の中でも…
絶対に人前で見せたら二度とその瞳に陽の光が当たりません…」
黒猫はゆっくりと目を閉じ、炎の揺らぎに影を落とす。
「……そうか。」
言葉にはしないが、頭の中で映像がよぎる。
シエルの片翼が光を受けて羽ばたく姿――その鮮やかさと特異さが、里の秩序や大人たちの目には脅威になること。
それを知った瞬間、守るべきものが単なる肉体や命だけではないと理解する。
(見せれば、自由を奪われ、心を縛られる――それだけは絶対に避けねぇと)
黒猫の片腕は、シエルの横にそっと置かれた羽根の感触を確かめるように微かに触れる。
「……分かった、絶対に見せない。誰にも。」
低く、しかし揺るぎない声が夜の森に溶けていく。
彼の胸の奥には、守るべき“特別”と“危険”の境界線が、確かに刻まれた。
「まぁ、なので森で会った時に言った通り、シエルに呪いをかけたやつはざまぁみろ!って僕は思います
シエルの翼はそんな事じゃ折れない、おられるわけが無いってね!」おちゃめに笑う
黒猫はその言葉を聞き、眉をわずかにひそめる。
(…確かに呪いをかけたやつは、もうただじゃ済まねぇな)
しかし、口には出さず、静かに炎を見つめる。
心の中で思うのは、ただ一つ――シエルの翼が、どんな理不尽にも負けずに、また空を駆けることができるということだけだ。
そして、微かに口角を上げる。
(…まぁ、あの無邪気な笑顔を見ると、どうしても許せねぇ奴らのことも、思わずざまぁみろって思っちまうな)
黒猫の瞳に、守るべき者を思う静かな決意と、少しの微笑みが混ざる夜。
ヒバリ「ここには居ませんがシェリアっていう噂話が大好きで半日あれば里中に噂を広めるバカが1人いるんですが……何も言わなくっても、噂が広がるので、気をつけてください…ほんと…アルヴィンの姉ですが、ファルカが筋肉バカだとしたらあっちはおしゃべりバカです」
黒猫はその話を聞くと、目を細めて小さく息を吐く。
(…なるほど、情報網は既に別の形で出来上がってるわけか)
片腕を組み、火の明かりに照らされた焚き火をじっと見つめながら、思考を巡らせる。
この里で、誰に何をどう伝わるか――それを考えれば、今ここでの行動や言葉も無駄にはできない。
「…わかった、気をつける」
口に出す言葉はそれだけだが、その瞳には決意が宿る。
「シエルに関わることは、余計なことは全て俺の責任だ…」
火の揺らめきの中、黒猫は静かに背筋を伸ばす。
守るべき者と、それに絡むすべての“騒がしさ”に対する、覚悟の夜だった。
ヒバリ「僕たちの世代でグループを作ってるのは僕、アルヴィン、シエル、シェリア、ユラの5匹だけで、他はグループを作らず親や親戚と一緒に暮らしてます。ユラは基本物静かで日向に居ますが、雀なので、シェリルと一緒にいるとうるさいです」
黒猫はその説明を聞き、眉間にわずかな皺を寄せる。
(なるほど…理解できた。情報の密度、活動範囲、性格の差…この小さな群れの中にも、管理と観察が必要な要素が多い)
口を開かず、ただ焚き火を見つめながら思考を巡らせる。
アルヴィンとヒバリ、そしてシエルに加え、ユラとシェリア――彼らの行動や性格、群れの力学を頭の中で整理する。
(…シェリアか、噂好きの姉か。なるほど、少し先を読まないと、シエルのことが勝手に広まるな…)
黒猫の沈黙は重く、しかし確かな決意を帯びていた。
(この里で生きるシエルを守るには、ただ翼を守るだけでは足りない――群れの動き、性格、習慣、すべてを把握しておかねばならない)
焚き火の光が瞳に映り、静かに夜は更けていく。
シュバルツさんの意識が途切れたのは何分?
ヒバリ「月が傾くよりも短かったよ、アルヴィンと交代する前から途切れてたみたいだから…30分?それくらいだね」




