小鳥は静かに寄る
どこで区切るか…悩む
優しさは噂では測れない。
それは今、確かに焔の中で息づいている。
「黒猫さん、影ごと抱くってなんです??
まぁ、それは置いといて、片腕だけだと戦闘めんどくさくないですか??」
焚き火がパチ、と小さく破裂する。
小鳥は首を傾げ、星みたいに目を丸くする。黒猫は一瞬口元を引きつらせ、深く息を吐いた。
「……置いとくのか、それを。」
「意味わかんないまま抱けって言われても!小鳥の羽根じゃ余るし!!」
バサバサと肩をすくめる仕草に焚き火の火が反射し、影が羽根のように地面に揺れた。
黒猫は片方の袖が空っぽの肩に視線を落とし、微かに肩を回す。
「片腕の不便など今さらだ。
剣は振れる、弓も引ける。牙も心もまだ折れてない。」
「じゃあ両腕あったら無敵だったってことです!?」
「……そういう計算式で言うな。」
小鳥はケラケラ笑いながら、薪の位置を直す。
火の粉が舞い上がり、星と溶け合う。
「でもさ、黒猫さん。
その影って、過去の痛みとか失ったもののことなんですよね?
『抱く』って、背負って苦しむってこととは違うんですか?」
黒猫の眼差しがゆっくりと焔を越え、小鳥の瞳に重なる。
その光はどこか深い夜の色をしていた──けれど、柔らかい。
「影は切り離すほど簡単じゃない。
忘れればいいものでもない。
だから、抱く。抱えたまま歩く。
片腕でも、傷ついた心でも──背を向けず進む。」
「ほえぇ……かっこよ……」
「褒めるな、落ち着く。」
黒猫はわざとそっけなく答えたのに、焚き火の灯に照らされる頬はわずかに朱い。
小鳥は膝を抱え、目を細める。
その声は風と火の音に紛れて少しだけ小さく、しかし真っ直ぐに響いた。
「じゃあ、小鳥も影ごと抱きますね。
黒猫さんの影でも、自分の影でも。だって……」
ふっと笑う。
「片腕じゃ届かないところは、羽根で掬えますから。」
黒猫は沈黙し、しばらく火を見つめていた。
夜の冷気、薪の匂い、星の瞬き──すべてがふたりを包み込む。
そして低く、噛み締めるような声で。
「……お前は重さを知らないのに、持とうとするのか。」
「うん。知らないから持てるんですよ。
知ったら降ろすかもしれない。でも持ってみたい。あなたと一緒なら。」
火の粉が夜へ跳ねた。
影が寄り添い、ひっそりと重なった。
黒猫はまるで言葉を選ぶように、小さく呟く。
「じゃあ──
お前が折れたら、今度は俺が抱く番だ。」
ふたりの間に流れたのは、沈黙ではなく約束の温度だった。
「ぁ、後、小鳥の里にはですね、面白い人たちがいてですね!足とか腕とか!簡単ですけど造る人達いますよ!ぎしゅ?ぎそく??とか言ってました!
興味あるなら一度手紙出しますよ!」
焚き火の橙がふっと揺れた。
小鳥のその言葉は夜気を切り裂く風のように、まっすぐ黒猫へ届く。
黒猫はわずかに目を見開き、焔の向こうで瞬きした。
その反応は驚きでも、拒絶でも、期待でもあるようで……どれとも言い切れなかった。
「……義手、義足の職人か。」
小鳥は勢いよく頷く。羽音みたいに、明るく。
「そうです!身に馴染むように作ってくれて、
試作品もいっぱいあって、猫のしなやかさみたいに動くのとかありましたよ!」
「猫の、しなやかさ……俺にそれ以上望んでどうする。」
口調は皮肉めいていたが、焚き火の影の奥で目が細くなった。
ほんの少しだけ──沈んでいた湖面に波紋が走ったような、興味の色。
小鳥はその変化を逃さず、焚き木をひとつくべる。
「黒猫さんは生き残った人なんでしょう?
だったら、生きる手段は多い方がいい。
過去に縛られた片腕より、未来へ伸びる二つ目の手があってもいいと思うんです!」
黒猫は腕の付け根に触れる。
そこには傷があり、記憶があり、喪失がある。
触れられたくない影の塊が、確かに存在していた。
だが──
「……お前の里の職人が本物なら、試す価値はあるかもしれん。」
「あります!絶対あります!小鳥が保証します!」
ぴょんっと立ち上がり、胸を張る。
その様子が可笑しくて、黒猫は鼻で笑った。
焚火を挟んだ夜風の中で、それはこっそり溶けるような笑みだった。
「ただし。
俺は簡単には懐かないぞ。猫だからな。」
「なんと!それは面白い!小鳥は追いかけますよ!
影も、傷も、黒猫さんの未来も!」
「……追いかけるだけなら鳥の勝ちだな。」
「捕まえるのも小鳥の勝ちですよ!」
火の粉が跳ねて空へ。
その瞬間、ふたりの影が地に重なり、新しい道の形をつくる。
黒猫は煙の向こうでひとつ息を吐き、言葉を落とした。
「手紙……いや、案内してくれ。お前の里へ。
影を抱いたままでも、進めるかどうか──試してみる。」
「っっ!!任せてください!!!一緒に飛びますよ!」
夜空は深く、星々は瞬き、
黒猫と小鳥の歩む道は、まだはじまったばかりだった。
焚き火は彼らの未来を照らし、暖かく、確かに燃えていた。
「おーいお前らー!明日の準備しておけ、夜番通りに回すからなー」
「はーい!分かりましたー!!って、小鳥朝方ダ!!じゃぁ、黒猫さん!おやすみなさい!」
「あぁ」
夜は深みを増し、焚き火の小さな橙が眠る前の鼓動のように揺れていた。
小鳥はぱたぱたと羽ばたくように走り、兵舎の方へと去っていく。
背中に残る声は軽やかで、生の匂いがする。
黒猫はその姿を目で追い、ゆっくりと呼吸した。
「……おやすみ、小鳥。」
言葉は焔に溶け、夜風に流れて消えた。
けれど、自分でも驚くほどその声は柔く、どこか満たされていた。
小鳥が去った後──静寂が訪れる。
火の爆ぜる音だけが、現実との境界を繋ぎ留めている。
黒猫は片腕を見下ろす。
そこには確かな重みと喪失があり、それが今まで前へ進む足の鎖になっていた。
しかし、今日、小さな鳥が語った言葉が胸の内で反響する。
「未来に運べるんですよ?」
「羽ばたく練習をして、遠く遠くまで飛ぶのかな?」
「届けますよ!」
黒猫は焚き火に手をかざす──その仕草は亡き陽だまりの手を思わせた。
記憶が胸に刺すが、痛みだけではない温度も確かに残っている。
「まだ……終わってはいない、か。」
夜空に鋭い三日月が浮かぶ。
陰と光を抱いたまま存在する、その形は黒猫の影に似ていた。
焚き火の向こう、足元に残るのはひだまりの温度と、小鳥の未来の羽音。
その二つを抱えたまま、黒猫はゆっくりと横になる。
「明日……確かめよう。」
瞳を閉じる。 夜風は毛皮のように優しく、
星の瞬きは遠い未来の灯火に思えた。
有翼人種は人前で翼を見せるのは自殺行為に等しいので、見せませんが、ローブやマントの下の服は背中開いてます…
だく、つつむ(抱)はほぼ求愛と同じなので
その意味を知ったシュバルツの行動が楽しみですね?
ぁ、シルヴィアさんが最後に手を伸ばしたのは手で「包もうと」したからです。はい。




