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ターゲット「呪いかけた有翼人」レッツスタンバイ!
回復の兆し
もがれた翼は結局、戻らない。
失われた翼はただの古傷として沈黙し続ける。
けれど――
残った翼は、まるで失われた分まで取り戻そうとするように
日に日に大きく、強く育ってゆく。
里へ辿り着くまでの旅路、
夜ごと羽が伸びるたびに背骨が焼けるような痛みが走り、
シエルは歯を噛みしめ、汗で枕を濡らし、それでも生え揃う翼を受け止めた。
息が詰まるほどの激痛。
身体が勝手に反応して、寝ながら羽を広げ、部屋の空気を震わせる。
ときに黒猫の眠りを妨げるほど。
黒猫は眉をわずかに寄せ、しかし決して起こさない。
ただ黙って、羽の音が収まるのを待つ。
――彼女がこの夜を越える事を、信じているから。
夜明けの光が窓から差し込むころには、
羽の先端が昨日よりわずかに長く、白く、しなやかに輝いている。
痛む背に手を当てながらシエルは小さく笑う。
「……あと少し。飛べなくても、羽ばたける。」
失われた翼は戻らない。
でも残った翼は、誇りを失わず 大きく生まれ変わる。
――その痛みごと、生きてゆく。
里へ辿り着く頃、その片翼は間違いなく空を掴めるほどに。
そして黒猫の隣で、もう一度風を見られるだろうと
彼女は今日も信じながら羽を抱きしめて眠る。
闇は深く、雨のように静かだった。
寝台の向こうで、羽ばたく音が絶え間なく続く。
力強いわけじゃない。むしろ弱々しく、無意識に逃れるような羽音だ。
――痛みに耐えている証拠。
シエルの背は汗で濡れ、喉の奥で押し殺した息が漏れる。
眠りながら、彼女はずっと戦っているのだ。
しなった片翼が夜気を払い、部屋の空気をかすかに振るわせていた。
俺は横で目を閉じたまま、ただ聞いていた。
声は掛けない。
慰めれば、あいつはたぶん笑って「大丈夫」と強がるから。
泣き言を並べる子ではない。
――誇りをもがれてもなお、翼を持つ者の顔だ。
呪いで戻らぬ片翼。
その事実を、俺は知っている。
生え揃う羽根を持ってしても、欠けた半身は埋まらない。
彼女がどれほど飛びたいと願っても、空は片側から彼女を引き裂くだろう。
けれど。
今、伸びる羽根の音は生の証だ。
痛みは、生きているということだ。
あの夜のように、腕の中で冷えていく体とは違う。
「……シルヴィア。」
胸の奥が微かに疼く。
眠れぬ夜は、思考を勝手に過去へ連れていく。
もしあの時守れたなら。
もし触れなければ。
もし名を呼んでいれば。
――祈りにも呪いにもならない仮定ばかりが、胸に積もる。
だが、今目の前にいるのは『小鳥』だ。
シルヴィアではない。
代わりでもない。
似ているのは笑い方だけ。
残されたその翼は、もう片方の影を越えるほどに育っていく。
痛みに震えながらも、それでも伸びる意志を失わない。
俺はそっと寝返り、見えない夜の向こうの羽ばたきを耳で撫でる。
――片翼でも、空を諦めていない。
なら俺は、ただそれを折らないように傍に在ればいい。
守りすぎず、縛らず、奪わず。
ただ、落ちる時に支えられるように。
あの月光のしたで失ったものを、重ねはしない。
臆せず笑うこの子の未来に、血の色は似合わない。
「……生きろよ、小鳥。」
声にはならず、息だけを吐き出した。
羽音が少しだけ弱まり、静かな寝息へと変わってゆく。
夜明けまであとわずか。
痛みとともに育つその翼が、いつか空を掴む日を
俺はただ、静かに待っている。
小鳥に呪いをかけたのは里の住人、自分より子供の小鳥がとんでもない才能を持ってて怖かったから、自分が得意な呪いで成長阻害とかまぁ、色々やった
おかげで小鳥は小柄なまま、つばさも成長しないけど、その怖さを助長することになったよ
夜の底でようやく静まった羽音――
その裏に潜む真相は、あまりにも醜く、えぐく、人の形をしていない。
小鳥の翼は、自然に朽ちたのではない。
戦で失ったものでも、生まれ持った欠陥でもない。
里が、自分たちが恐れたから。
小さく、幼く、まだ名も持たぬ頃のシエル。
だというのに、風を切る才能があった。
高く飛べた。速く舞えた。
誰よりも空の理に愛された子だった。
だからこそ――怖かった。
自分より幼い小鳥が、自分を追い抜き、越えてゆく未来。
その影に怯え、嫉妬に焼かれた者が
「守るため」でも「導くため」でもなく
ただ己が優位であり続けるために呪いをかけた。
成長を止める呪い。
翼が育たぬよう縛る呪い。
骨も筋も伸びず、体は小柄なまま。
本来なら大空を裂く翼も、片方は奪われ、もう片方は縮み腐らされた。
――けれど、皮肉だった。
抑えつけようとした才能は
止められぬほど深く根づいていた。
羽根は千切られても蘇り、
血を流しながらも伸びようとする。
才能を封じたつもりが、
逆に呪いは“異質な強さ”を育ててしまった。
小鳥が小鳥のままであることは、弱さではなく呪いの反動――
可憐な外見に、誰も知らぬ刃が宿る。
黒猫が知らねばならないのはただ一つ。
小鳥は哀れな被害者でも、守られるだけの子でもない。
呪いを飲み込み、なお前へ進む「怪物になりそこねた天才」だ。
翼が生え揃う時、
残された片翼はきっと、空を裂くほどに伸び上がる。
奪われた片方の代わりに、未来までも掴むように。
そして黒猫は――
あの夜の失った温もりを、
今度はただ見殺しにしないだろう。
「守る」のではなく、
「共に歩き、共に飛ぶ」ために。
いつか、呪いよりも強い風が吹く日まで。
片翼で空へ挑む小鳥の横で
ただ静かに、牙を研いでいればいい。
どういう風に責め苦に合わしてやろうか…ふふふ




