第50話 彼女の望みを叶える者
「ありがとうございます! これでようやく、堂々とエミリアンの隣を歩けます」
祝福の言葉を受けて上機嫌になったのか、シルヴィ嬢は人目も憚らず、エミリアン王子に寄り添う。そして、これでもかといわんばかりにその腕を取り、自身の体を密着させた。けれど先ほど、二人のイチャイチャ場面を見せられていたため、周囲の反応は和やかなままだった。
それもそうよね。だって花乙女となったシルヴィ嬢は、いわば未来の公妃だ。ここで非難をして敵と認識されるのは、誰だって嫌がるだろう。
さらにいうと、現在エミリアン王子の婚約者である私が、二人を祝福しているのだ。お陰で皆さんも堂々と、シルヴィ嬢を支持することができる、というわけである。
けれどシルヴィ嬢の図々しさというか、図太さというか。チャンスを逃さない、その神経はあっぱれ、としかいいようがなかった。
「だけど、僕にはまだ……」
そんな中、空気を読めないのが、エミリアン王子である。シルヴィ嬢と同じように祝福されていればいいものを、チラッと私を見た。
「婚約者がいる、という話ならば、問題ない」
どう返そうか悩んでいると、いつの間にかこの場に合流していたのか、深緑色の髪をした男性が助け船を出してくれた。
その低い声と堂々とした姿に、思わず声を張り上げた。
「ミュンヒ先生!」
「遅れてすまなかった。だが、タイミングはバッチリだったようだな。公王様からようやく婚約解消の承諾を得て、こちらに向かっている最中に、あの光を見たのだからな」
駆け寄ろうとしたが、逆にミュンヒ先生の足の方が早く、肩を引き寄せられた。
「つまり、正式に婚約者ではなくなった、ということですか?」
「あぁ。ようやくな」
思わずシルヴィ嬢のように抱きつきたくなった。本来ならば、私が直接公王様に胸の内を明かし、エミリアン王子との婚約について話し合うべきところを、すべて裏で動いてくれたのだ。
感謝だけでなく、それ以上の想いも込み上げてくるのを感じた。けれど今は、話の最中である。
一人だけ納得していない、という顔でエミリアン王子が近づいてくる。
「勝手に、僕の承諾もなしに、父上に話を持っていったのですか? ミュンヒ先生。いや、侯爵」
「何をそんなに怒っているんだ。王侯貴族の婚約など、皆そんなものだろう。現にオリアーヌ嬢との婚約も、本人の意思は関係なかった、と認識しているが。違ったか?」
「……オリアーヌ嬢が望んだ、と聞いたけど」
この状況、空気なのにもかかわらず、エミリアン王子は未練がましく私を見つめる。その隣では、シルヴィ嬢が今にも掴みかかってくるのではないかという形相をしていた。
幸いにも、皆の視線が私とミュンヒ先生に注がれていたため、気づく者はいなかった。
「私が望んだのは、シルヴィ嬢を選ぶ前のエミリアン王子です。他の方に現を抜かしている者に、興味はありませんわ」
「オリアーヌ嬢は、俺のように望みを叶えてくれる者が好みのようだしな。甲斐性のない人間に嫌気が差したのだろうさ」
「望み? 僕を欲したのに、それに応えなかったからか?」
「違います。仮に応えてくださったとしても、ミュンヒ先生以上のものを、私に差し出すことはできないと思いますわ」
礼拝堂に孤児院。修道女のような仕事の他に、溺れるほどの愛情を注ぎ、求めてくれる。そんな方はミュンヒ先生しかいない。
「だからお父様とミュンヒ先生の協力の下、婚約解消してもらいました。幸いにも、このような醜態を晒す間もなく、エミリアン王子は花乙女となったシルヴィ嬢と婚約を結び。誰も婚約解消の話を持ち出すことなく、祝福の声をかけてくださるでしょう」
「もうすぐここに、大聖堂の者たちが押し寄せてくるだろう。あの光を見たのだからな」
あぁ、そうか。いくらここにいる者が証人となっても、大聖堂いる大司教様がシルヴィ嬢を花乙女だと証明しなければ、民衆は信用しない。
「アペール男爵からはすでに、『娘が花乙女である可能性があるため、一度ちゃんと調べてほしい』旨を教会側に提出している。だから遠慮なくここへ来て、調べてくれるだろうさ」
「え? つまり……どういうこと?」
さすがにここからは乙女ゲームの範疇を超えている。シルヴィ嬢の知らない未来が待ち受けているのだ。そう、これがミュンヒ先生なりの二人への細やかな復讐だった。
「取り調べで数カ月は拘束されるだろうが、大聖堂側が力を見せつけるために、早々に婚約はさせるだろう。また、結婚や立太子の儀も、大聖堂の都合で行われる、と覚悟しておくんだな」
「ひっ! そ、そんなのってないわ! エミリアン、どうにかならないの?」
「花乙女は大聖堂の管轄なんだよ、シルヴィ。王族の力は通用しない」
「嫌よ。拘束されるなんて。また教会に、大聖堂なんて……冗談じゃないわ。絶対に、嫌……」
小声で愚痴を言うシルヴィ嬢。一応、周りを気にする配慮は残っていたらしい。この発言まで、周りの者たちを証人にするわけにはいかなかったからだ。
その後、ミュンヒ先生の言葉通り、大聖堂の者たちが学園にやって来て、有無を言わせずにシルヴィ嬢を連れて行った。
乙女ゲームでは、オリアーヌを排除した後、エミリアン王子の婚約者となっていたため、覚醒したからといっても、大聖堂がシルヴィ嬢に強く出ることはできなかった。しかし今のシルヴィ嬢は男爵令嬢。エミリアン王子との婚約前である。
「アペール男爵は貴族派になったんですよね」
大聖堂の者たちが立ち去ると、蜘蛛の子を散らしたかのように、その場には私とミュンヒ先生、フィデルだけとなった。
私は花壇に近づきながら、ミュンヒ先生に問いかける。
「そうでなければ、下級貴族である男爵が大聖堂に働きかけることは不可能だ」
「つまり、裏を返せば、貴族派の筆頭となったミュンヒ先生が、強引にエミリアン王子とシルヴィ嬢の婚約を成立させることができる、ということですよね」
シルヴィ嬢を同じ貴族派の上級貴族の養女にして。
貴族派の筆頭となることは、私と婚約するための条件として、お父様がミュンヒ先生に掲示したものだ。中立派であり、公王様との繋がりを持っているミュンヒ先生に反対する者はいなかったという。侯爵という爵位と、お父様からの推薦が大きかったのだろう。
ミュンヒ先生は「カスタニエ公爵家と姻戚関係になるから、他の貴族たちも強く言えなかっただけだ」といっていた。言葉の端々に結婚を意識させようとしているのか、少しだけ恥ずかしかった。
「オリアーヌが望むのなら、そうするが。どうする?」
「……いいえ。このままでいいです。シルヴィ嬢の望み通り、花乙女にすることはできましたが、少しだけモヤモヤしていましたから」
「これでスッキリしたか?」
フィデルがいるのにもかかわらず、ミュンヒ先生は私を後ろから抱きしめる。しかし、それでもいいと思った。
白いラナンキュラスの花言葉は「純潔」
私もシルヴィ嬢も縁がないような言葉だけど。
「はい。ありがとうございます、ミュンヒ先生」
それでもこの花を前に伝えたい。
「愛しています」
一陣の風が吹き、地面の上にあった白い花びらが再び舞い上がる。まるで花の女神様が祝福してくれているように感じた。
シルヴィ嬢をあるべき姿にしたからだろうか。いや、彼女を花乙女に導いたからだと思いたい。
これで少しは恩返しができたでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
こちらでの投稿は、第一章:学園編のみとさせていただきます。
50話まで長い第一章になってしまいました。
花乙女となったシルヴィがこのまま大人しく引き下がるのか、はたまたオリアーヌに挑んでいくのか。
そしてオリアーヌとアンスガーの関係の進展など、お話はまだまだ続きます。
けれど、こちらはネオページ様契約作品であるため、投稿はここまでとさせていただきます。
ご了承ください。
第一章までですが、面白かった、良かったなどありましたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願いいたします。
再び投稿できることを願って、失礼いたします。




