第49話 覚醒のお膳立て
フィデルの案は、実に簡単なものだった。アリッサムの代わりに植えた花が、ラナンキュラスであることを学園内に広めただけ。
「たったそれだけ、と思ったけど……こういう作戦においては、フィデル様の方が間違いなかったわね」
「伊達に鍛えられていないからな」
フィデルの父は近衛騎士団長だものね。騎士の家系に生まれたからといって、その才能までも子どもが引き継いでいる、とは思っていない。親は親。子は子だもの。
別の存在だけど、フィデルは騎士の家系であるバラデュール伯爵家を、誇りに思っている。
だからこの結果が、乙女ゲームのヒロインと攻略対象者の結びつきが強いから、だとは認めたくなかった。夕暮れ時の放課後に、彼女が花壇の前に現れた瞬間でさえも。
「それよりも、本番はここからだ。カスタニエ嬢も気を引き締めてくれよな」
「え、えぇ。分かっているわ」
空がオレンジ色に染まっても、ピンク色の髪は色彩を失わない。そこもまた、ヒロインらしい証のようにも感じた。が、今はそれが命取りだとも思ってはいないのだろう。少しずつ、花壇へと近づくシルヴィ嬢。
私とフィデルは、それを物陰からじっと見つめた。花壇荒らしは、現行犯で捕まえなければ、言い逃れをされてしまう。だから花壇の周辺には、私たち以外の者たちを待機させていた。証人は多ければ多いほど、説得力が増すからだ。
身を潜めて、シルヴィ嬢がラナンキュラスに手を伸ばす瞬間を見つめる。その時、遠くから駆け寄って来る者が現れた。
「シルヴィ!」
「え、エミリアン!? どうしたの?」
思わず声を上げそうになり、両手で口を塞いだ。横を向くと、フィデルも意外だったのか、驚いている。
「ん? シルヴィがここで僕を待っているから、急いで行くように言われてきたんだけど……」
「あぁ、うん。そうなの。この学園にラナンキュラスが植えられているって聞いたから、いてもたってもいられなくて」
「ラナンキュラス? 確か、オリアーヌ嬢が植えたらしいね」
なんでそこで私の名前を出すのよ!
口元から手を離すと、横から肩を叩かれた。振り向くと、目を閉じたフィデルが首を横に振る。いつもとは違うフィデルの姿に、私は冷静さを取り戻した。
「オリアーヌ様は、ただこの花を植えただけかもしれないけれど、私にとっては特別な花なの」
「特別?」
「えぇ。この花がキッカケで、お父様……アペール男爵に引き取られたから。お陰で今、私がこの学園で、エミリアンと出会えたのよ。特別以外の何ものでもないわ」
シルヴィ嬢はエミリアン王子の手を両手で包み込む。さすがはヒロイン。ピンチをチャンスに変えるなんて。
ただ、そのラブシーンを私たち以下、数名が見ている、と思うとなんだか恥ずかしくなってきたわ。いやいや、これが私の真の目的なのだから、これくらい……我慢しなくては。
それに……もしかしたらシルヴィ嬢は、花壇を荒らしに来たのではなく、アレをするために来たのかもしれない。お互い前世で乙女ゲームをプレイしていたんだもの。アレを知らない、なんてあり得なかった。
ヒロインとラナンキュラス。再び相まみえることが、どんなことを意味しているのか。どれほど重要なことなのか、ということを。
シルヴィ嬢が体をずらし、白いラナンキュラスに向かって手を伸ばす。
「だからエミリアンと一緒に、この花を見たくて呼んだの」
こじんまりと丸く、何層にも重ねられた花びらに、シルヴィ嬢の指が触れた。途端、ラナンキュラスが呼応するかのように光り輝く。それと同時に、舞い上がる白い花びら。
咄嗟にエミリアン王子がシルヴィ嬢の元に駆け寄ったため、まるで二人を包み込むように光の柱となり、花びらは学園に降り注いだ。
なんて幻想的な光景なのだろう。これこそが花の女神様の恩恵。
私は立ち上がり、花びらを両手で受け止めた。すると、隣にいたフィデルも同じように立ち上がる。それを機に、隠れていた者たちも、次々に姿を現した。皆、花びらを取るために、両手を上げている。
「っ!」
「な、なんだお前たちは!? いつの間にいたんだ!」
光が消えるのと同時に、エミリアン王子がシルヴィ嬢を庇うかのように抱きしめる。二人からすれば、私たちは突然現れた存在。警戒するのも無理はなかった。
ずっといたんだけど、本当に気づかなかったなんてね。王子であり、メインの攻略対象者がこれでいいのかしら、とは思ったけれど、この機会を私も見逃すわけにはいかなかった。
私は低い垣根の脇を通り、エミリアン王子の前に出て進言した。
「大変、失礼をいたしました。私たちは、そこの花壇を荒らした者を捕まえるために、ここで待機していただけです。けしてお二人の邪魔、もしくは覗き見をしていたわけではございませんことを、先に申し上げます」
そう、つまり花壇の前でいきなりイチャイチャしていた二人が悪い、と遠回しに言ってみせたのだ。私は私で、協力していただいた方々を守る義務がある。
「そ、そうだったな。ここはオリアーヌ嬢が管理している花壇だから、ラナンキュラスを……そして」
「はい。シルヴィ嬢が見事、私たちの見ている目の前で、ラナンキュラスを光らせました。この意味を知らない者はレムリー公国にはおりません。特にこちらのラナンキュラスは、教会から分けていただいたもの。それがシルヴィ嬢に反応を示したのであれば、一目瞭然です」
私はエミリアン王子に向かってカーテシーをする。
「おめでとうございます。花の女神様に選ばれし花乙女の誕生を、この目で見ることができ、感謝申し上げます」
そして拍手をする。花乙女の出現を、王族は無視できない。ましてや、エミリアン王子はまだ立太子宣言されていないのだ。
花乙女となった少女は王族と婚姻を結び、レムリー公国を支えることが、定められている。その国を支える花乙女の夫となる人物が、末席に位置する王族では意味がない。公王であることが、暗黙の了解となっていた。
だから花乙女であるシルヴィ嬢を妻に迎えれば、公王の座がグンッと近くなるのだ。そして今、エミリアン王子の恋人はシルヴィ嬢。
なんの苦労もなく、花乙女を手にできる位置にいた。ただ一つ、障害となっているのは、私との婚約だ。
私の拍手を機に、フィデルや待機していた方々もエミリアン王子とシルヴィ嬢に近づきながら、拍手をしている。
「おめでとうございます」
「我々もまさか、このような場面に出くわすとは、思ってもみませんでした」
口々に出る祝いの言葉は、どれも気持ちがこもっているせいか、シルヴィ嬢がエミリアン王子の横に並び、にこやかに対応している。
私の言葉は白々しかった、というのもあるが、始めシルヴィ嬢は戸惑っていた。
しかしこの場面は、まさに乙女ゲームでヒロインが花乙女として覚醒したイベントのスチルそのものである。それをシルヴィ嬢も感じたからこそ、微笑んで見せているのだ。
花壇荒らしを捕まえる、という建前で皆を集めたかいがあったわ。シルヴィ嬢が花乙女であることを証明する人間がこんなにもいる。これで誰も、嘘だとか虚言だとか、言う人物は現れないだろう。
さぁどうかしら、シルヴィ嬢。私がお膳立てした舞台の感想はいかが?




