第48話 予想通りにいかないのはお互い様
「なんか、凄い形相でこっちを見ているんだけど……アレ、放置していていいの?」
花壇が荒らされているのを発見した数日後。私とフィデルは、アリッサムの代わりの花を植え終えたため、久しぶりに授業に出たのだ。
さすがにそのままでは、庭師さんにも悪い、と学園側も思ったのだろう。そんな配慮をしてくれたのだ。
まぁ正確にいうと、犯人を捕まえるために、あれこれご協力いただいたお陰で、授業に出るのが遅れてしまったのだけど……。
シルヴィ嬢の反応を見ると、皆の努力が無駄にならずに済みそうで良かったわ。
「フィデル様は護衛だから、気になるとは思うけど、相手にしないでね」
「カスタニエ嬢がそういうなら、従うけど。本当にシルヴィが警戒する対象だったなんてな」
「あら、花壇の時は確信めいた発言をしていたのに……やっぱり信じられない?」
いくら私とミュンヒ先生が説き伏せ、学園の噂が飛び交っても、数カ月前まではシルヴィ嬢の近くにいたのだ。しかもフィデルは攻略対象者。簡単に乙女ゲームのヒロインであるシルヴィ嬢に対して、良くない感情は抱けないのだろう。
「いや、エミリアンとアシルの趣味が悪いな、と思っただけ」
「否定はしないけど……親友と元護衛対象を悪く言うのは控えてね。今後のためにも」
「今後?」
「ミュンヒ先生が私のために、礼拝堂と孤児院を建ててくださるの。子どもたちに悪い影響を与えられては困るから」
フィデルは今、カスタニエ公爵家に雇われて、私の護衛をしている。けれど護衛にフィデルを選んだのは、ミュンヒ先生だ。だから当然、結婚後だってそのまま継続するに違いない。
「子どもたち……その子たちの面倒を、俺も見ることはできるのか?」
「え? まぁ、経営を私に任せてくれるっていう話だから、可能だけど……どうして?」
「剣術を教えたいんだ」
「それはいいわね。護身にもなるし、将来のことを考えると尚更だわ。でも教えるのが剣術だけっていうのもね。フィデル様も、子どもたちに勉強を教えられるようになると、いいんだけど?」
「うっ……それは追々な。い、今は無事に捕まえられるか、どうかだろう?」
あっ、話を逸らした。でも、ちゃんと『犯人』『荒した』という相手が警戒するワードを言わなかったことは、褒めてあげなければ。席が離れているとはいえ、シルヴィ嬢にも聞こえるかもしれなかったからだ。
「そうね。でも今日は、動かないと思うから大丈夫よ。本番は明日から。こちらも慎重に動きましょう」
「だな。そうなると、カスタニエ卿からの連絡が、今日中に届くといいんだけど」
「ミュンヒ先生も動いているから、そっちも大丈夫でしょう。変にライバル心を抱いているから」
お陰でジスランを操作し易くて、助かっている。元々、攻略対象者というだけあって、ジスランはスペックが高いのだ。ただの妹想いの兄であれば、どれだけ良かったことか、と思えるほどに。
「お兄様が迷惑をかけることもあるかと思うけど、そこは我慢してね」
「大丈夫。カスタニエ卿がシスコンなのは、有名な話だから」
「……本当にごめんなさい」
こんな時、教壇に立っているのがミュンヒ先生だったら、どんなに良かったか。フィデルと雑談していたら、不機嫌になるだろうけれど、そんなことは関係ない。
ミュンヒ先生の姿を見れば、いつだって私の心は晴れるのだから。
***
フィデルには気をつけるように、と言ったものの、実際シルヴィ嬢がどのように動くのか、見当がつかなかった。
向こうも同じことを考えていると思うが、相手は転生者。乙女ゲームのヒロインではなく、元プレイヤー。しかも、私を貶めようと画策する人物だ。
これまでのシルヴィ嬢のイメージは、浅はかで幼稚。我慢強くなくて短気。だからすぐにまた、仕掛けてくると思ったのだ。
「今日もダメだったな」
「……えぇ」
「警戒されているんじゃないか」
「もしくは、大きなことを計画しているのかも」
「その準備をしているから遅れている、とでもいうのか?」
いくらなんでも、それはあり得ないだろう、という副音声が聞こえてくるようだった。けれど私は、死に戻る前のシルヴィ嬢を知っている。
「彼女なら、大それたことだって平気でやるわ。エミリアン王子に近づいたのが、いい証拠よ」
「……確かに」
だからこそ、用心するに越したことはなかった。問題は……協力していただいた方々の忍耐が、どれくらいあるか、だ。
「フィデル様はおそらく、我慢するのは苦手だと思うけど」
「うん」
即答……なのね。でもちょうどいいわ。ちゃんと釘を刺しておかなければ。
「シルヴィ嬢が動くまでは、絶対に手を出さないでほしいの」
「……どうしても? 上手くいかないのなら、少し変更するくらい、別に悪手だとは思わないけど」
「そうかしら?」
「相手の出方を待つ場合は、特にな。訓練でも実践でも、よくやる方法だ」
なるほど。普段のフィデルを見ていると忘れそうになるけれど、一応騎士の家系の生まれなのよね。
ミュンヒ先生がいないから、なんでも自分が、とか思っていたけれど、忘れていたわ。
『私は一人ではない』
ジスランが学園に来た時、再確認したはずなのに、もう頭から抜けているなんてね。それに今回は、ミュンヒ先生だけではない。フィデルもいるし、他にも協力者を募っている。
「フィデル様。そういうのなら、いい案があるのでしょう? 是非、聞かせてもらえない?」
「いいよ。それに、カスタニエ嬢よりも俺の方が、シルヴィのことを知っていると思うんだ」
本来のヒロインではなく、転生者であるシルヴィ嬢の傍にいたのだから、そう言われると説得力があった。さて、それで釣られてくれるのか。お手並み拝見、といきましょうか。




