第46話 荒らされた花壇
翌朝、案の定というべきか。カスタニエ公爵邸でジスランが騒ぎ立て、私とフィデルはお父様の協力のもと、逃げるように学園へと帰っていった。
けれど学園に戻っても、一息つくことは許されないらしい。そう、謹慎を解かれたシルヴィ嬢が、早々に仕掛けてきたのだ。
「これは……ひでぇな」
荒らされた花壇の目の前で声を出すフィデル。私は前世で何度かやられたことがあるから、さほどショックは受けなかった。
教会、というと、変な怪しい新興宗教と間違えられて、よく悪さをされるのだ。しかし建物にいたずらをすると大騒動になるし、人目について目立ってしまう。けれど犯人にとっては、そこは意図しないことなのか、建物の傍にある花壇が、よく狙われていた。
それならば何もしないでほしいと思うのだが、何かしらのアクションはしたいらしい。意思表示とでもいうのか。困ったものである。
花壇は……野良猫たちの仕業である可能性も、否定できないからだ。安易に被害届が出せないこともあって、標的にされるのだろう。
けれどここは乙女ゲームの世界。さらに学園の敷地内である。庭師さんが四六時中管理している花壇を荒らす物好きはいないだろう。だが、私が手入れをしている花壇、となると話は別だった。
そう、これは公爵令嬢である私に対する、宣戦布告を意味する。学園でそんなことをする人物は一人しかいない。
「なんだか、庭師さんに申し訳ないことをしてしまったわね」
学園に戻ると寮へ行く前に、血相を変えた庭師さんに出くわしたのだ。どうやら私たちが帰ってくるのを待っていたらしい。
「しょうがないさ。俺だってシルヴィが、ここまでやるとは思っていなかったんだから、庭師だって警戒しないよ」
「そうね。でも一言、気をつけるように伝えておけばよかったわ。あまりにも気の毒に見えたから……」
責任感が強い人なのだろう。私は荒らされた花壇の前にしゃがんだ。
植えていたのは、庭師さんが薦めてくれた白とオレンジのアリッサム。小さな花が集まって、まるで花束のように見えるのが特徴な可愛らしい花であり、初心者でも育てやすい、とわざわざ私のために取り寄せてくれたものだった。
アリッサムの苗を受け取った時、「美しさを超えた価値を知っている方に、植えていただきたいのです」と花言葉をもじりながら励まされたのを、昨日の事のように思い出す。あの時は……取り巻きたちから離れて、一人土いじりをしていたから、寂しい令嬢に見えたのかもしれない。
可憐なアリッサムの花が咲いた時は、庭師さんからの心遣いに感謝したものだ。いくら育てやすいといっても、色々あって花壇にすら行けないことが何度もあったからだ。それでも無事に花を咲かせたのは、常に庭師さんが気にかけてくれたお陰だった。
「確かにこの花壇は、私が無理にお願いをして使わせてもらっていたけれど、学園内にある花壇はすべて、庭師さんが管理しているもの。ちょうど罠を仕掛けようと思っていたところだから……フィデル様。手伝ってもらえる?」
「力仕事なら任せてくれ。訓練にもなるし、ミュンヒ先生にもいい報告ができる」
「いい報告?」
「やられっぱなしだと、後で文句を言われるんだ」
「それは……ミュンヒ先生らしいわね」
「本当だよ。毎日、カスタニエ嬢が何をしたとか、何を言っていた、とか。細かく報告しないと怒られるんだ。独占欲強すぎない?」
ふふふっ、と油断していると、フィデルからとんでもない発言が飛び出してきた。
「……フィデル様。それは独占欲ではなく、監視よ。あと、その報告にこう付け加えてくれない? そんな報告をフィデル様にさせないで、と」
「分かった」
爽やかに答えるフィデルを見て、本当に分かっているのか、と不思議に思った。が、後日ミュンヒ先生に報告した時の話をしてくれたので、良しとした。
まぁ、それを含めて、やっぱり分かっていなかったんだと思ったけど。
『なんかさ、いきなり青くなったんだよ。しかもその後、凄く怒られてさ……俺、なんか悪いことをした?』
私にできることは、感謝の気持ちを込めて労ってあげることくらいだった。
さて、フィデルを通して私の行動を監視しようとした人間には、軽くお灸をそえられた。今度は花壇荒らしをとっちめなければ、ね。
前世では捕まえることすらできなかった恨み……シルヴィ嬢には関係ないけれど、晴らさせてもらうわ!
***
私とフィデルはその後、庭師さんから肥料やシャベルなど道具を借りながら、荒らされた花壇を掘り起こした。
綺麗に抜けば、白とオレンジのアリッサムをバスケットに入れて飾ったり、他の花と組み合わせてリースにしたりできるのに。踏まれたのか、ぺちゃんこにされた挙げ句、花びらには土がこびりついていた。
「あっ、フィデル様。花を乱暴に扱わないで」
白いアリッサムを花壇の外へ放り投げるフィデルを見て、私は咄嗟に注意した。案の定、フィデルは不思議そうな顔を私に向けてきた。
「え、なんで? これはもう捨てるだけなんだから、何をしても構わな――……」
「ダ、メ!」
「捨てる花なのに?」
「最終的にはそうだけど、この花たちにはまだ使い道があるの。だから粗雑な扱いはしないでね」
そう、これは花壇を荒らした、という物的証拠なのだ。さらにこの世界は乙女ゲームということもあり、魔法が存在する。つまり……。
「踏み潰された花を、魔術師に調べてもらうんだから」
「まさか、犯人探しのために? 相手が誰だか、調べなくても分かっているってのに、わざわざ大金を支払うのかよ」
「フィデル様の言いたいことは分かるわ。でも相手の背後を考えてみて」
エミリアン王子とアシルだ。フィデルが外れても、シルヴィ嬢の後ろ盾は、まだ強い。念には念を入れる必要があった。
「それに私の花壇が荒らされたと知ったら、黙っていない人物がいるでしょう? フィデル様には、この花をお兄様に届けてほしいの」
「……あぁ~、なるほど」
「相手はまた仕掛けてくるかもしれないから、なるべく早くお願い、と忘れずに伝えてね」
「構わないけど、そんなすぐに仕掛けてくるのか?」
「するわ」
私は断言をした。花壇を荒らすのは、幼稚な人間がすること。すぐに整えた後、再度する人間には二種類いるのだ。
一つは愉快犯。二つめは……。
「私への嫌がらせでこんなことをしたんだもの。何事もなかったかのような反応をしていたら、もう一度仕掛けるわ。そう、私の悔しがる顔を見るまでね」
シルヴィ嬢はきっと、陰湿犯だろう。




