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元シスター、悪役令嬢に転生したので修道院行きを目指したら、俺様侯爵様に溺愛されました  作者: 有木珠乃
第一章:学園編

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第45話 卑怯なのはどっち?

 そんな私の心の叫びも虚しく、気がつくと別の部屋に移されていた。いや、正確には、なぜかミュンヒ先生の膝の上という、学園の研究室となんら変わらない定位置に。


「お、降ろしてください!」

「ダメだ。まだ顔が赤いからな」

「え、嘘っ!」


 咄嗟に両手で顔を覆うとしたが、ミュンヒ先生の大きな手に掴まえられてしまった。


「隠すな。さっきはその可愛い顔を、他の連中に見られたくなくて抱き上げたら、俺まで見えなくなったんだ。堪能させてくれ」

「そ、それはこちらの台詞です! 今まであんなこと言わなかったのに、お父様たちの前で言うなんて……わ、私にも心の準備というものが……」

「言っていなかったか?」

「聞いていません! 好き……とも言われていません」

「それなら、なんと言っていた?」

「え? そ、それくらいご自分で思い出してください」


 どうして私が……答えるのはむしろ、ミュンヒ先生の方でしょう?


 けれどそんな私の抗議など、お見通しだったのだろう。考える素振りを見せつつ、口元は弧を描いていた。


「思い出せないから聞いているんだ」

「っ!」


 ミュンヒ先生は、私の顔が近くにあることをいいことに、突然、こめかみにキスされた。


「こうすれば思い出せるか?」

「ちょっ……!」


 今度は額に。


「言うつもりがないのなら、一層のこと、塞いでしまうか」

「んっ!」


 強気な語尾のまま、唇を重ねるミュンヒ先生。始めは強引だったのにもかかかわらず、私が受け入れるのを待つように唇を舐める。しかしこれは、我慢できなくなった私をただ見たかっただけなのかもしれない。口を開けた途端、「いい子だ」と満足そうな声が聞こえた。


 子ども扱いしないで、と思うのに、なぜかその声に甘えたくなった。ミュンヒ先生の肩に手を置き、身を寄り添おうとした瞬間、グッと体を引き寄せられた。と思えば、頭を優しく撫でられ、私ももっと、と求めてしまう。


「本当にこの顔は卑怯だな」

「な、何を?」


 唇を離すと、私の頬を撫でながら、言葉とは裏腹に、その手と同じ優しい声で言うミュンヒ先生。私はただ、深緑色の前髪の奥にある赤い瞳を見つめているだけで精一杯だった。それなのに……。


「だから、そんな顔で俺を見ないでくれ」

「え?」


 気がつくと、後ろから伸びてきたミュンヒ先生の大きな手に両目を塞がれた。さらにもう片方の手で、唇を押さえられてしまい、疑問を口にすることすらできなかった。

 いや、あえてそういう意図があったのだろう。ミュンヒ先生の息がかかるほど、大きなため息が聞こえてきた。


「カスタニエ公爵の提案通り、連れて帰れば良かったな」


 おと……うさま? どうしてここで?


 覆われているのにもかかわらず、目をしばたたかせた。その動揺がミュンヒ先生にも伝わったのだろう。ゆっくりと、大きな手が離れて赤い瞳と目が合う。


 先ほどとは違い、優しくて愛おしそうに見つめられ、私は……咄嗟に顔を逸らした。


 ここにいるのが、本来のオリアーヌだったら、何を言われているのか分からずに首を傾げていたかもしれない。けれど今、ミュンヒ先生の前にいるのは、数多くの人生相談を受けてきた、元シスター。


 ミュンヒ先生の言葉の意味を理解できない、なんて言い訳はできなかった。


「……つまり、その……お父様はお認めくださった、ということですか?」

「それは俺たちの婚約を、ということか? それとも……――」

「こ、婚約に決まっているではありませんか!」


 どこの世界に、婚約してもいない相手に婚前交渉を許可する親がいるんですか!? それにあの場にはジスランもいたんですよ。お父様が仮に許可をしたとしても、ジスランが……ってあれ?


「どうした? オリアーヌ」

「えっと、その……ここはどこなのでしょうか」

「……今更な質問だな」

「すみません」


 ミュンヒ先生の発言から、ここがカスタニエ公爵邸であることは確かなのだろうが……。それに辺りを見渡すと、当然だが私たちしかいない。


 オリアーヌの記憶では、婚約者でもない相手と二人きりになるのは良くなかったはずなのに……これも、お父様が認めてくれた証なのだろうか。


「ここはカスタニエ公爵邸の客間だ。あの時の会話が耳に入らないくらい動揺してくれていたとはな」

「っ!」

「確かに俺も悪いことをした、と思っている。オリアーヌに言われるまで、直接伝えていなかったことに気がつかなかった」

「……可愛い、だけでも嬉しかったですよ?」

「そんなことを言うと、言葉巧みに伝えたくなるな。どんな反応を見せてくれるのか、楽しみになる。あれだけで、あんな反応を見せてくれるんだからな」

「免疫がないんですから、仕方がないじゃないですか」


 いくら乙女ゲームで、攻略対象者から甘い言葉を聞いていても、それは画面越し。囁かれているのは、プレイヤーではなくヒロインなのだ。


「キスも、俺が初めてだったからな。知っていたか? キスした後、もっとほしいような、そんな甘い顔に俺が惚れたってことを」

「え?」

「それが決め手になった。だからキス以外にも、あんな顔はするな。特に、俺以外の男が近くにいる時は絶対にな」

「よく分かりませんが、つまり応接室で私がそのような顔をしていた、ということですか?」


 だから客間に?


「あぁ。だが、お陰で今日は客間に泊ることになった」

「……私も、ここで過ごすのはダメですか?」


 さすがに自室で休むのは怖い。すぐに帰るつもりでいたから、カスタニエ公爵邸に行けたのだ。転生して間もなかったとはいえ、毒殺された部屋に、なんて……考えただけでも吐き気がする。


「俺はダメではないが……さすがにここはカスタニエ公爵邸だ。仮に公爵が容認したとしても、うるさいのが一人いるからな」

「そう……ですね」


 ジスランならチェックし兼ねない。


「今更、連れて帰るわけにも行かないし……準備もできていないしな」

「準備?」

「そうだ。だからオリアーヌはこのまま客間で寝ろ。疲れる出来事があったんだ。言い訳はできる」

「ミュンヒ先生はどうするんですか? どこかに行かれるような言い方ですが」

「相変わらず察しがいいな。カスタニエ公爵からの許可も得たことだから、早々に動こうと思っている。たとえば、公王様も含め各方面に書簡を送るとかな。すぐにオリアーヌを迎え入れられるように、あっちの屋敷も改装しなければならない。礼拝堂を作る約束をしていただろう?」

「あっ」


 つまり準備とは、結婚後の……。


「気が早いです」

「そうか? 俺は婚約したら来てもらうつもりでいたんだが、嫌だったか?」

「まさか!? ここはお兄様がいますから、できれば私もそうしたいです」

「決まりだな。後でカスタニエ公爵に、その旨も伝えておこう」

「ありがとうございます」


 そうしてミュンヒ先生は、夜遅くにこっそりと公爵邸を出て行った。

 客間で見送った私は、どっと疲れが出たのか、ふらふらとベッドの上に上がり、そのまま眠り込んだ。言い訳でもなんでもなく、文字通り。客間の扉の外で、フィデルが護衛として立っていることも知らずに。

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