第39話 思わぬ協力者(シルヴィ視点)
アシルの提案で、学園にある庭園のガゼボへと移動した。私が不在の間にあった出来事を、手短に話すことはできないから、という理由は分かるけど……。
「エミリアンに荷物を任せて、本当に良かったの? 王子様よ?」
一応、学園では身分関係ない交流を求められている。特に王族は、私のような身分の低い者と交流できる場所は希少だからだ。お陰でエミリアンは、私を邪険に扱うことなく、接触を許してくれた、というわけである。
これが一般世間に対する建前で、本音は乙女ゲームなのだから当然でしょう? 私がヒロインなんだから、攻略対象者と交流できなくてどうするのよ。といった心持ちだった。
けれど仮にもエミリアンは王子様。文句も言わずに私の荷物を持ち「寮に届けておくよ」と言い、止める間もなく行ってしまった。さすがに罪悪感が否めない。
「それはシルヴィに対して、後ろめたさがあるからだろう」
「どういう意味?」
まさか、私がいない間にオリアーヌと……!
「結局、何もしなかったことに対してだよ。フィデルのことだってそうさ。学園長に抗議をしただけで、それ以上は強く出なかった」
「……それは、フィデル様がオリアーヌ様のところへ行くと決めたからではないの?」
「え?」
「だってそうでしょう? 私が強くお願いしたから、アシル様は動いてくれた。でも……フィデル様がそう決心したから、アシル様は何もしなかった。だからエミリアンもそうしたのではないの?」
二人は幼なじみ。それ以上の関係を外野が望むほど、二人の絆は深いはず。だけどアシルはエミリアンを責めなかった。ということは、そういうことでしょう?
「何もしなかったわけでない……というか、前にも言ったと思うが、フィデルのことで変に勘ぐらないでくれ。シルヴィがそんな目で見るから、フィデルも私から離れようとしたのではないか、と思っただけさ」
「そんなっ! 私はただ……」
尊いと、ではなく。
「二人の仲がいいから、羨ましいと思ったの。オリアーヌ様のお陰で、表立って悪く言う人たちは減ったけど、仲良くしてくれることはなかったから」
「シルヴィ……大人気ないことを言ってごめん。だけど分かってほしかったんだ。私が動くのは、シルヴィのためだけだということを」
「まぁ! 嬉しいわ、アシル様」
ふふふ、なんてチョロいのかしら。
「だから忠告するよ。エミリアンはやめた方がいい」
「……どうして?」
自分を選んでくれ、ではなく忠告?
「シルヴィが苦しむだけだ。カスタニエ嬢を切り捨てることもできず、中途半端に君を縛り付けているのに、望みを叶えるわけでもない。それなら私の方が力になれる」
「力? 私が何を望んでいるのか、アシル様には分かるとでも?」
「勿論。おそらく君は私と同類だ。エミリアンに固執している理由もまた、そうだろう?」
不敵に笑うアシル。さっきまで私に熱っぽい視線を向けていたのが、嘘だと思えるほどだった。
「君は公妃となり、権力を得たい。私は宰相となり、国を動かしたい。役割は違うが、野心は同じ。そう、君からは同じ匂いがするんだ」
「だから私を味方につけたい、というわけ?」
「まぁ、それもある。けれど一番は君が欲しい」
アシルは私の手を握り、距離を詰めてきた。彼の言う通り、私たちは同じだ。権力も愛も欲する者同士。だからこそ、気になった。
「……同族嫌悪はしないの? アシル様につかないのなら、私の野心をエミリアンに話す、と脅すことだってできるのよ」
「どうして?」
「その方が望みを叶えやすくなるから」
「確かにね。でも私は違う。エミリアンから君を奪うのではなく、同じ野心を抱く妻が欲しいんだ。そうでなければ、君を学園に戻すために、他の人間を使うなんて危ない橋は渡らないさ」
他の……人間って?
口元を手で隠したが、ゾクゾクする気持ちだけは隠し切れなかった。その証拠に、アシルが満足気に私を見ている。その姿を見てみたかったかのように。
だから素直に気持ちを伝えた。
「どんな手を使ったの?」
「うん。やっぱり君なら、そう聞くと思ったよ。この学園には、問題のある生徒が何人かいるのさ。カスタニエ嬢や……シルヴィの陰でまったく認識されていない奴らが。だからこれを機に清算させてあげたんだよ」
「具体的には?」
「君がいた孤児院に寄付金と称して金を送った。その金を使って、シルヴィを学園に戻すように働きかけてくれ、とお願いしたんだ。だからまぁ、相当な金額の寄付金になったとは思うが、半分は院長の懐に入っているだろうよ」
なるほど。だから孤児院を出た日、院長が晴れやかな顔をしていたのね。てっきり、私がいなくなって清々した、という表情だと思っていたのに。
学園に戻って来るための馬車だって、いいものだった。エミリアンが用意したものだと思っていたけど、あれももしかしたら院長だったのかも。
「その代わり、そいつらの悪事が表沙汰にならないように、隠蔽工作をした。ここの教師たちも、裏では危ない橋を渡っていたようだからね。それも含めて父上にバレたら困るから、内緒にしていてくれ」
「だからエミリアンを遠ざけたの?」
「まぁ、シルヴィの荷物を部屋まで運べば、多少は機嫌を直すだろう、とは助言をしたけど。そうだね」
「素敵だわ、アシル様。だけどやっぱり私は公妃になりたい」
「シルヴィ……」
悲し気に私を見つめるアシルの手を握り返した。
このまま貴方を手放すわけがないでしょう? フィデルがいなくなった以上、アシルは大事なんだから。だって……。
「そのための力になって、アシル様。公妃になったら、貴方がやりたかったことを全面的に支持するから。二人でエミリアンを支えましょう?」
「本当に君は……底意地が悪いね。ますます気に入ったよ」
「あら、それは嬉しいわ」
ガゼボの中で、私とアシルは手を取りながら笑いあった。誰かが見たら、恋の密会に見えるかもしれない。それならそれでいい。エミリアンが嫉妬してくれたら御の字だからだ。
そしてアシルとは……これ以上にない、交渉ができた。
あぁ、やっぱり私はこの世界のヒロインなのだわ。待っていなさい、オリアーヌ。アンスガーとフィデルを味方に付けていい気になっているだろうけど、それもここまでよ。
お望み通り、エミリアンと婚約破棄させてやるんだから!




