臨戦態勢(1)
人間が魔族と戦うために作ったサイボーグ戦士、それがアカツキだ。アカツキは魔王との戦いに敗れたが、魔王の手により魔王の兵隊の一人としてよみがえった。そして魔王の気まぐれか悪ふざけか道楽かで、今から敵陣に突撃することになったみたいだ。
「んじゃあ、ちょっと前線まで行こっか。俺は飛んでくけど、付いてこれるか。お前翼剥ぎ取られて飛べないまんまだし」
そういえば元は見た目天使で羽生えてたって言ってたな。サイボーグでも最初は飛べてたんだ。
「問題ありません。如何なる地形でも走破可能です」
「言うじゃねえか。もしかして水面も走れちゃったりする?」
「現状では不可能です。体皮革装備と翼装備が必要な技巧です」
「それあったらできんのか、すげえな。羽があったら飛べるから水面走る意味ないけどな」殴り込みに行こうって時なのに魔王は楽しそうに談笑している。「でも、できるってんなら見てみたい。皮と羽はいずれ取り返そう」
「承知しました」
「ま、それは今すぐってワケにはいかないから、とりあえず今は前線を目指すか。走ってくるってんなら、お手並み拝見といくか」
魔王は床を蹴ることもなく、気球の離陸みたいに静かに浮かび上がり、徐々に高度を上げながら遠く草原が広がる一帯に向きを変えた。一瞬アカツキを振り返ると次の瞬間、放たれた矢のように、風を切る音だけをその場に残して飛び去った。間を置かずアカツキも屋上から飛び降りると、僕の意識も親鳥の後を追うひな鳥のごとく、アカツキの動きに引き連れられていく。地上まで自由落下する僅かな時間の内にも魔王の姿はどんどん遠ざかっていく。アカツキは着地するや、その衝撃よりもさらに強く地面を蹴り、弾けるような加速は一瞬にして城壁の風景を後方に押しやった。
アカツキは走っているというよりは大きな跳躍を繰り返している。高い跳躍ではなく、地面スレスレの低軌道で時々足を着きながらのほぼ水平方向への跳躍なので、これはもはや飛んでいると言っていい。立ちはだかる木立ちにも猪のように突っ込んでいく。足を着くたびに僅かに軌道を修正し、当たるか当たらないかのギリギリの進路で木立ちの隙間を最短距離ですり抜けた。意識だけ引きずられる僕は何かにぶつかる心配はないが、なかなかにスリリングだ。いや、安全が担保された状況でこのスピード感、はっきり言ってジェットコースターみたいで爽快だ。気が付けば空にはマントをたなびかせて飛ぶ魔王の姿がはっきりと見えている。もう追いついたんだ。
あんな風に飛べたらさぞ気分がいいだろう。そういえば意識が引きずられているとは言え、アカツキの近くなら僕の意識は自由に動けるはずだ。ちょっと空を飛ぶ気分を味わってみようと思い、体を水平に、進行方向に右手の拳を突き出し、アメコミヒーローっぽいポーズをとってみた。おお、なんかマントがたなびいているような錯覚がする。上空の魔王はどんな風景を見ているのか。突き出した拳をグンと上に向け、それっぽく上昇する。近くに見えた地平の輪郭は遥かに広がり遠ざかる。魔王の真横まで上昇すると、進む先には切り立った岩肌の山がそびえているのが見えた。隣に並んで飛ぶ魔王の髪が風を受けて激しく暴れていて、顔に相当の風圧を受けているのだろうけど、その目ははっきりと見開かれたまま、岩山の頂を見据えているようだった。アカツキが近づいてきたことに気づいたのか、魔王は後方に追随するアカツキに視線を移した。
「すげえな。本当に走ってついてきてる。虫みてえに超高速で手足をバタバタと動かすのかと思ってたけど、一歩一歩の歩幅が異常に広い。地べたを這ってる割に優雅ですらあるな」
魔王は口元を緩ませ、感心した様子でアカツキに声をかける。
「おい、アカツキ、この先に尖った山があるだろ。その右側に物見にちょうどいい高台がある。そこで待っているぞ」




