魔王城(2)
「うわわわ! なんだこれ!」
突然放り出された僕の意識は、気が付けば宙に浮いていて、辺りを自由に見廻すことができる。声も出ている。重力なんて全く感じない。動きたいと考えるだけでけっこう自由に動き回れる。というか飛び回れる。動けたのが嬉しくて文字通り浮立ってしまったが、ちょっと待て。これって、幽体離脱ってやつ? てことは、僕はやっぱりユーレイなのか。
と、再び落胆したが、次の瞬間目にしたものに、そんな気持ちは一瞬でかき消された。
眼下に横たわる、たった今追い出された自分の体に目を奪われた。……骸骨。金属の鈍い光沢を放つ骸骨。それが僕の、さっきまで僕がその中に居た体だった。その体は円形をした石の寝台に大の字に横たわっている。爛々と光る黄色い目は昆虫の複眼のようだが、どちらかというと昔の特撮ヒーローのそれに近い。胸の真ん中に水晶玉みたいのが嵌っていて、それも別の特撮ヒーローっぽいが、いかんせん骸骨なので全体的にヒーロー感は皆無といえる。目の光が徐々に薄くなり、それが消えると、骸骨は音もなく上体を起こして滑らかな動作で立ち上がり、すぐさま石の寝台から飛び降りて魔王の前に跪いた。
「なんなりとご命令ください、魔王様」
骸骨が喋った。くぐもったような機械的な声だ。よく見ると頭蓋骨の下顎がない。この声はスピーカーの音声か。まあ、顎があっても骨だけでは喋れないんだけど。それよりもあの骸骨が自分の意思で喋っているってことは、あれは僕の体ではないのか。自分が骸骨でなくてほっとしたような、自分の肉体がなくてがっかりしたような……もう、訳が分からない。今のところ、僕はユーレイである説が最有力だ。だって、さっきから散々こいつらの視界でうろついたり騒いだりしてるのに、こいつら何の反応もないし、気にしている様子もない。僕のことは見えてないし、聞こえてもないみたいだ。
改めて自分を、ユーレイの自分の体を見てみると、宙に浮いた意識だけのようでちゃんと人間の手足や体が見える。ちょっと透けているところがいかにもユーレイっぽい。ちなみに服は着ていない。自分が男であることもしっかり確認できた。僕のことは見えてないようでも、さすがに丸裸はやっぱり恥ずかしい。そう思えてくると、なんと、服が現れた。ビルから落ちた時に着てた学生服だ。誰にも見えないからあんま意味ないけど。
「ついに目覚めたか、骸の天使よ。これからはこの魔王のために働くがよい」
「仰せのままに」
骸骨が答えた後、しばしの沈黙が続く。
「……うん。でも今すぐやって欲しいことは特にないんだわ。今日はまあちょっと、動くかどうか試してみただけだから」
骸骨は反応しない。命令や問いかけにしか反応しないのかな。なんという肩透かし感。じゃあ今日はもう帰っていいですかって、僕なら言ってしまいそうだ。それにしてもこの魔王はなんかいい加減な奴だな。威厳のある喋り方も頑張って演じているような印象だし。思い付きだけで行動するタイプなのだろう、横の女も普段から振り回されているのか、何かをこらえて表情が引きつっている。手持ち無沙汰な雰囲気の沈黙が続き、魔王は小声でひそひそと隣の女に話し始めた。
「おい、アルテア、終わったらスイッチ切ったりしなくていいのか」
「魔王様……」
アルテアと呼ばれた女の口調が尖っている。少し空気が引き締まった。
「はい?」
「魔王様が早く早くと急かされるので、急ぎ起動儀式を行ったというのに、やらせることはない、ですか」
「だって動くかどうか気になるじゃん。で、動いたから一安心」
本当に魔王は緩んだ安堵の表情を浮かべている。自分が他人の怒りを買っていることに気づかない能天気なのか。他人の怒りなど意に介さない豪胆な性格なのか。あるいは何者が怒ろうとも、力づくで押し通せるほど腕っぷしが強いのか。




