魔王城(1)
僕はユーレイなのかと自問すると、悲しいくらい身に覚えがある。だってビルから落ちて死んだ記憶あるもん。動けないのって、地縛霊的なことになっちゃってる? 死んだ場所に縛られてるみたいな。でもここビルの足元と違うし、視点すら動かせないって何なんだ。それとも、もしかして壺だか電子ジャーだかに悪霊として封印されているのか。いや、めっちゃ普通に天井見えてるし。
封印されてるとして、欲深い盗賊とかが宝物と思い込んで封印を解くのが定番の流れだけど、だいたいそういうのって千年後とか二千年後とかだよな。嫌だよこんなの、落っこちて死ぬのも、手足がないのも、ユーレイになるのも、千年暇なのも……嫌だーー! 誰かあああ、助けてええーー!
心の中で懇願したところで、もちろん誰も応えない。心の中だけが騒がしかったが、騒いでもどうにもならないことを悟ると、少し心が落ち着いた。心が無言になると、今度は絶望を象徴するかのような静寂の世界にいることに気付いた。この静寂が千年どころか永遠に続くようにも思えたが、それはいとも簡単に、あっさりと打ち破られた。
「おい、こいつ今叫んだよな」
えっ、誰かいる。左側から聞こえる。男の声だ。
「そうですね。そういう無駄な動作をする機能は備わっていないと考えていましたが、酔狂な人間どもの考えることです、起動シークエンスの完了確認のリアクションをこのように設定したのかもしれません。というか、いつまで寝台の陰に隠れてるおつもりですか」
右側にもう一人いる。こっちは女の声だ。
「いや、爆発とかしないだろうかと思って、つい。まあ大丈夫そうだな。で、動くのか」
低い位置から聞こえていた男の声は、話しながら高い位置に移っていき、衣擦れの音も聞こえた。身を屈めていたところから立ち上がったような気配だ。
「起動には成功したと思われます。魔王様の命令に従うよう調整して魂を構築していますので、何かご命令いただければ作動すると思います」
今、魔王様って言った? 男の方は魔王なの? いったいここは何処なんだ。病院じゃないのか。それに「こいつ」って僕のこと? 動くとかどうとか言ってるけど、少なくとも僕は実体があるってことなのか。ユーレイじゃないってことなら、その点は少しほっとした。
「そうなのか……さっきは全然動かずに声出したよな、口もないのにどこから声出したんだこいつは」
僕の定点カメラのような視界に、ニュっと男の顔が飛び込んできた。紫がかった肌に緑の瞳、野牛のように曲がった太い角が頭に生えている、正に魔王然とした顔立ちだが、どこか緊張感に欠けていて、訝しげに僕の顔を覗き込んでいる。そして僕には口がないという新事実が発覚した。
「多分スピーカーと呼ばれる機械部品が付いているのだと思います。どんな音でも再現できる装置のようです」
次に視界に入ってきた女は、細くしなやかな指で僕の喉元を指さしている。魔王と同じような肌だが、緊張感のない魔王とは対照的な毅然と引き締まった表情だ。朱色の長い髪が肩口からハラリと枝垂れ落ち、僕の耳元をくすぐった。そして僕にはスピーカーが付いているという新事実。
「スピーカーっていうのか。人間は変なもの作るんだな。魔界でこんなの作れるやつなんていないだろうな」
ここ魔界なの……? どゆこと? 矢継ぎ早に驚愕の新事実が明らかになりすぎる。魔王がいるんだからここが魔界であってもおかしくはないけど、僕はそういう世界に来ちゃったってこと? 全く理解が追い付かない。
「まあいいか、命令すればいいんだな。ちょっとやってみるか……おほん。では……目覚めよ、骸の天使。魔王アリゲルトに傅くがよい」
この魔王と呼ばれる男の命令が、言葉そのものが耳から頭の中に入ってきて、頭と体の隅々にまで染み渡っていくように感じられた。視界がぼんやりと黄色くなってきた。いや、風景が黄色く変わったんじゃない、僕の目が光っているんだ。その瞬間僕は、正確には僕の意識は、反発しあう磁石のように、この全く動かない体から勢いよく弾き出された。




