失われた秘術の記憶(1)
自分の名前と過去の記憶をほんの少しだけど思い出した。僕の名前はアキラで、どこかのビルの屋上から落ちて、恐らく死んだ。そして今は骸骨型サイボーグの戦闘AIの人格としてユーレイのように存在している。
名前を思い出したことで、僕にはやはり前世の様な過去があることが確信できた。ビルの屋上で僕の名を叫ぶ少女の姿が、声が、その記憶が鮮明であればあるほど、この過去が確かなものだと思えるんだ。
そう、過去はある。僕が人間だった過去は絶対にある。いつかどこかで僕は生まれた。誰かに育てられ、学生服を着るような学校に通い、ビルが立ち並ぶ文明社会に暮らし、美少女と名前で呼び合……っていたかは怪しいが、思い出せなくても、そんな人生を歩んだ少年であったはずだ。今は思い出せないだけで、何かきっかけがあれば名前を思い出したみたいにきっと何かを思い出すはずだ。
この世界で目覚めてから、今の境遇にはなんの縁もゆかりも感じなかった。でも戦闘AIのコードネームと僕の名前が同じく「アキラ」だった。偶然かもしれないけど僕が戦闘AIとして今ここにいるのも何か理由があるのかもしれない。その理由を知ったとき、僕の記憶も取り戻せるんじゃないかなって、そんな気がするんだ。だから知ろう。この世界のこと、僕がいた世界で起こったこと、戦闘サイボーグのこと、魔王と人類の戦いのこと。アカツキや魔王の会話の中にヒントはある。注意深く話に耳を傾けるんだ。
そして今目の前には、貴重な情報源として会話が繰り広げられようとしているんだけど、これは別名、修羅場とか呼ばれるやつかもしれない。
アカツキは魔王と並び立ち、魔王城のバルコニーにいる。その向かいにはアルテアが仁王立ちで魔王を睨んでいる。魔王も腕組しながら胸を張って立っているが、表情は若干こわばっているように見えた。アカツキは相変わらず何事もなかったかのように直立不動だ。僕はというと、ユーレイの状態でこの場に同席しているけど、僕はなぜかアカツキからは離れられないみたいなので成り行きでここに居るだけで、彼らは僕の存在を認識すらしていない。このあたりにフヨフヨと浮いて高みの見物だ。
「魔王様」
ズシリと重たい声でアルテアが口火を切ると、間髪入れず魔王が早口で答える。
「まあ、聞けアルテア」だめだこりゃ、魔王はまだ何も訊かれていないのに、いきなり言い訳モードでスタートしている。「こいつが……あっ、こいつアカツキっていうんだって。で、アカツキが急に暴走しちゃって、慌てて追いかけて行って何とか捕まえたって話。な、アカツキ」
「はい」
アルテアは無言でじっと魔王の眼を睨んでいる。魔王は沈黙に耐え切れず、あっさり横を向いて目を逸らしてしまった。
「嘘ですね」
うん。僕でも見破れる。
「んーなことねえよー。な、アカツキ」
「はい」
アカツキの返事も単調で嘘っぽく聞こえてしまう。
「……では、魔王様。アカツキに命令してください」
「な、何を?」
「アルテアの質問に嘘偽りなく答えよ、と」
「あ、てめっ……」
「出来ませんか。出来ないんですね。出来ないのであれば嘘確定ですね」
詰んだ。潔く嘘を認めたほうがいいと思うが。
「で、できるよー。命令するよー。アカツキ、今からー、アルテアがなんか聞くからー、嘘つかずに答えろよー」
これが狼狽が。初めて見たかもしれない。
「はい」
魔王はアカツキの方を振り向き、片方の頬を強張らせてバチバチと下手くそなウィンクをしている。アカツキは魔王の異様な仕草にも一切動じず、相変わらず無表情で佇んでいる。そしてほんの短い間しかアカツキを見ていないけど分かる。アカツキが魔王の言葉の裏を読んで真意を察するとか、そんな忖度するわけがない。
アルテアは嘲笑混じりに魔王を一瞥し、容赦なく質問を始める。
「答えなさい、アカツキ。お前は目覚めた後、暴走したの」
「いいえ」
魔王の期待は木端微塵に砕け散った。今魔王は大穴狙いに突っ込んで、一レースで全財産をスッたばくち打ちのおっさんのような顔をしている。
アカツキはそんな魔王の様子など気にも留めず、しかし以外にも話を付け加えた。
「暴走したのはアキラです」
なんだと。まさか、完全に高みの見物を決め込んでいた僕を巻き込んできた。きっと僕は魔王と同じ顔をしていることだろう。
「アキラって……誰?」
「私に内蔵されている戦闘AIの呼称です。AIとは人工知能を意味し、戦闘に特化した別人格のようなものとお考え下さい」




