落ち行く記憶(2)
瓦礫と僕が同じようにゆっくりと落ちている? いや、ちょっと待て。僕は本当にゆっくりと落ちているのか? ゆっくりだと感じているだけではないのか? 僕にだけ重力が緩やかに働いているなら、僕だけがゆっくりと落ちているなら、周りの瓦礫はとっくに僕を追い越して地上に落下しているはずだ。なんでか上手い具合に都合の良い不思議な現象で、僕と瓦礫だけがゆっくり落下しているなんて、楽観的過ぎやしないか。実は僕は普通の速度で落下しているけど、1秒という瞬間を1分くらいの長さに感じているのだとしたら、この状況に納得がいく。
テレビで見たか本で読んだのか覚えちゃいないけど、知識としての記憶を一つ思い出した。生への執着、極限の集中力、無我の境地、スポーツ選手なんかが極限状態になって、脳が制限を外して超常の処理能力を発揮する現象、「ゾーン」ってやつに入ることがあるって聞いたことがある。
屋上の彼女に視線を移す。彼女は叫んでいるような泣きそうな顔をしていても、その表情も体も、ポーズをとったかのように微動だにしない。いや、よく見ていると、すうっと目を閉じて、しばらくしてから同じように目を開けた。表情と体は全く動かさないままで。
彼女はもしかして、瞬きしたんじゃないのか。ゼロコンマゼロ何秒という文字通り一瞬でするはずの瞬きが、僕には数秒に見えたってことじゃないのか。
このまま漂うように地上まで落ちていって、ふわりと着地できるのだと簡単に考えていたが、そうはいかないかもしれない。今自分がゾーンの状態にあるのだとしたら、感覚が鋭敏になって時間を長く感じているだけだとしたら、今自分は普通に落ちているので、普通に地面に激突して、そして普通に死ぬ。ゾーンに入ったからと言って、人間が飛ぶことはできないし、肉体が強靭になって着地できるわけでもない。地面に接触した後は、ゆっくりとひしゃげて潰れていく自分を感じながら、意識が遠のいていき、多分そのまま眠るように意識が消え去っていく。目覚めることのない淵に消えていく。
じわじわと心が不安に浸蝕されていくにつれ、僕の中に恐怖が芽生えた。死への恐怖という種火が僕の心に引火し、それは一瞬にして燃え広がり、その炎に全身が包まれた、その瞬間、
スローモーションの世界、ゾーンは終わりを告げた。
――思考を超越した速度で落下する体!
消し飛ぶ勢いで過ぎ去っていくビルの壁!
濁流のような風切り音が耳元をかすめ、鼓膜に轟音を響かせる!
1秒が1秒でしかないことが当然の世界。何者かに腸を鷲掴みにされたような、気味の悪い不快感の中、沸騰して頂点に達した恐怖が、抑えきれず体から溢れ出す。
おそらくこれは人生最後の瞬間だ。それでもこの刹那に見上げた世界の風景は、必要もなく鮮明に僕の脳裏に焼き付いた。ただただ純粋に青いだけの天蓋を背に、涙目で何かを叫び訴える少女の姿。それは僕の視界の中心に吸い込まれるように、見る見る小さく遠ざかっていき、瞬く間に逆光の空に消えようとしていた。その姿が小さな点になってしまったとき、巨大で平たい何かで背中を強烈に叩かれ、トマトでも投げつけられたかのように視界は真っ赤に染まった。何一つあがく間もなく、あっけなく終わった。ああ……死にたくないなあ。
僕の記憶はそこで終わるはずだった。いや、記憶もろともこの世から消えてしまうはずだった。
はじめまして。本稿を執筆しております、茜蘭と申します。こんな文体だけどJKです。この度は私の拙著をお読みいただき、たいへんうれしく思います。
丁寧な言葉づかいもできることを示したかったのでこんな話し方をしていますが、その目的は達成できたと思うので、いつもの口調に戻させてもらおうか。
俺がこの物語を書くに至った経緯は、ウチのサークルの活動記録「神々のラノベ創造」に書いてあるんで、まだ読んでないのなら是非とも読んでみてほしい。こんなことわざわざ書くのは宣伝の意味が大きい。もし、もしもだ。誰かに俺の拙著を紹介するようなことがあれば、そのときは神ラノの方から読むように勧めてほしい。そして宣伝以外の意味としては、俺が世話になった人のこと、今から述べる謝辞の相手のことを読者の皆様にも知ってもらいたいからだ。
常に離すことなく手を引いてくれた、御伽
俺を信じてこの世界に誘ってくれた、いちウス
細かいとこめっちゃ指摘してくれた、すみれ
俺の物語の扉をこじ開けてくれた、小花
そして、扉の鍵を開けておいてくれた、山田風太郎先生
俺をここまで連れて来てくれた全ての人々に、謹んで感謝申し上げます。
2025年8月29日 茜蘭
……小花、ちょっと拙著って言ってみ。




