ボス猿の咆哮(1)
戦闘が終わって用済みとなったAI、つまり僕は、体から追い出されてユーレイに戻った。体のないユーレイにとって体調不良なんてのは縁の無いものだろうと思ってたけど、まだ頭がクラクラするのが続いてる。やっぱスローモーションのやり過ぎなのかな。でも、思い通りに発動できないのと同じく、発動を控えることも自由にできないんだから、結局どうしようもないんだけど。頭のクラクラは時間と共にちょっとずつマシになってる気がする。気にはなるけど、そのうち治まるだろう。
それにしても、戦闘は終わったんだからさっさと帰ればいいのに、アカツキは依然として遠くの岩場を睨んだまま動かない。あの岩場に何かあるのかな。僕は今ユーレイなので何があっても大丈夫だろうから、ちょっと見に行ってこよう。
上空から岩場に近づくと、アカツキからは死角になる位置に毛むくじゃらの塊がちらっと見えた。敵かな? まだ何かいるみたいだ。そう言えば猪どもの後ろで吠えて発破かけてたやついたっけ。さらに近づくと、さっきまでの奴らよりも遥かに大きい猿が一匹潜んでいて、アカツキの様子をうかがっている。アカツキは気づいていたんだ。直接見えてないのにすごいな。
興味本位で大猿の背後から静かに近づき、背中を蹴ってみた。案の定、何の手応えもなく足は空を切った。大猿の目の前で変顔をしてみる。騒いで踊ってみる。……全くの無反応。相変わらず真剣な眼差しでアカツキの様子をうかがっている。
大猿は岩陰から少し顔を出すと、ぎょっと目を見開いて驚いた。そりゃそうだ、アカツキめっちゃこっち睨んでるもん。いきなり目が合っちゃったんだろう。大猿もこそこそしてるのがばつが悪くなったのか、取り繕うように、のしのしと余裕たっぷりな感じでアカツキに姿を見せた。
「んー? 何もんだてめえ、見ねえ顔だな」
アカツキは何も言わず大猿をにらんでいる。睨んでるっていっても、表情ないし眼球もないから実際どこ見てんだかよく分かんないんだけど。
「あーあ、兵隊全員やっちまいやがって。てめえ、見た目アンデットの仲間みてえだが、色つやがその辺の骨とは全然違え感じだな。ゴリゴリに研がれた刀身みてえな感じだ。一体どこの軍勢だ?」
もちろんアカツキは返事なんてしない。てゆうか、アカツキは戦うのか? さっきは僕が頑張ったから、今回はアカツキに働いてもらいたいところだ。どんなふうに戦うのかゆっくりと見物させてもらおう。
「気に食わねえ野郎だ」
会話を完全に無視するアカツキに大猿はいら立ちを募らせている。アカツキの顔はずっと大猿の方に向けられているのに、何のリアクションもない。微動だにしないが、戦うそぶりも見せない。相手の出方をうかがっているのか? そんな回りくどいことはしないだろう。魔王の命令は全滅させて来いだったから、愚直なアカツキなら間髪入れずに攻撃するだろうし。もしかして雑魚どもは全滅させたからその時点で命令は完了したと思ってる? だったらもう、帰りませんかあ、アカツキさーん。
「別にお前とお話ししたいわけじゃねえんだ。どのみちぶっ殺すんだから、さっさとやらせてもらうぜ」
大猿はやる気だ。静かに息を吐き呼吸を落ち着かせ、一息に肺を膨らませ呼気を吸い込んだ。それを皮切りに組みかかってくるのかと思いきや、両脇で拳を握りしめて腰を落とし、口を大きく開け、そして吠えた。
轟音の唸り声、悪霊の怨嗟の声、錆びた金属がこすれる音、黒板を引掻く音、そんな不愉快な音全てが調和することなく広がって空間を侵食する。その波はユーレイである僕にも届いた。
おえー!ナニコレ、気持ちわるー! こんな不快な音聞いたことない。アカツキはどうなんだと目を遣ると平然とした顔をしている。さすがアカツキ、ガン無視決め込んだら徹底していらっしゃる。気持ち悪くなった隙を突く戦法か、大猿がアカツキに殴りかかってきた。そんな小細工はアカツキに通用しないだろ。アカツキは淡々と攻撃をあしらい、たやすく反撃するのだろう。と、思っていたら、アカツキはその場で微動だにしないまま拳骨を喰らい、大型ダンプにぶつかったダミー人形みたいにブっ飛ばされた。




