100人斬り!(5)
残り五体は猿のような奴だ。猪に混じって猿がいるなとは気づいていたが、猿を倒した記憶はない。つまりこの猿は今までずっと戦わずに様子見を決め込んでいたということだ。この猿が戦闘を避けるただの臆病者なら、今はいよいよ追い詰められた状況で最大怯えていてもおかしくないけど、そんな様子は全くない。むしろ落ち着いた面持ちで攻撃の機をうかがっているように見え、少し距離を置いてにじり寄ってくる。見た目ではなく動きや雰囲気が他のやつらとは少し違う。気を付けたほうがよさそうだ。
中央の一体が飛びかかってきた。速い。が、対処できないほどじゃない。素早く足を繰り出し、その胴体を蹴り返すと後ろに吹っ飛んで行く。
その背後から入れ替わるように二体が現れ、同時に左右から飛びかかってくる。両手の拳をハンマーのように、同時に二体の頭頂部に振り下ろすと、二体はひしゃげるようにして地面に伏した。
気が付くと最後の二体はさらに左右に回り込んでいる。左のが少し早い。まず左に一歩踏み込み、拳を突き出そうとしたら、空中を迫りくるナイフが目に入った。これを狙っての連携だったのか。あわててナイフの柄を掴み、掴んだまま拳で殴り倒す。当然右のもなんか仕掛けてくるかと思いながら、振り向き裏拳を繰り出す。やっぱりナイフが飛んできてたが、弾かなくてもかわせそうだ。しかし最後の一体は左手にもナイフを持って、僕の顔面を貫こうと真一文字に迫りくる。ナイフを持った腕を叩こうと拳の軌道を調整したら、誰かに、両足を掴まれた。
足元に目を向けると、さっき地面に伏し倒した二体がそれぞれ僕の左右の足を掴んでいる。足を引っ張られてそのままバランスを崩し、裏拳は空を切った。やばい。
飛んできたナイフの切っ先が右目の一寸先に迫ったそのとき、尖った先端は静止した。止まった? いや、そうでもない。迫りくる切っ先と僕が首をのけ反らせる速度がほぼ拮抗しているだけで静止したわけではない。ただ、スローの度合いが上がった。最初の超スローモーションと同じくらい、さらにゆっくりになったのだ。ビビり度合いと連動するってことで間違いなさそうだ。
目いっぱい首をのけ反らしたら、僕の鼻先スレスレを冷たく光る刃が通過していった。紙一重だ。空振りした拳を引き戻し、ナイフを突いてきた猿の腕の付け根辺りを殴り上げる。腕の芯にある骨が、ビスケットが割れるくらいの感触で、さくりと折れてしまったのがわかった。超スローモーション世界では触れる全てが柔らかく感じられる。
この猿たちはほかの獣とは違う。速いだけじゃなくタフで、倒してもなお攻めてくる。大怪我させるくらいでないと完全に倒せない。いや、待て。じゃあ、最初に倒した猿はどうした。いない。どこだ、くそっ、完全に見失った。
冷静に考えろ。時間はあるはずだ。見失ったってことは視界の範囲にいないってことだ。それはつまり、奴は視界の外、死角にいるってことになる。
まさか、いるのか、後ろに。足を掴まれて仰向けに倒れかけている自分と背後の地面の隙間は一メートル程度だろう。この隙間にいるのならもう既に攻撃を受けているはずだ。後ろじゃない、どこだ、どこにいる。
周囲に意識を集中する。集中と緊張がごちゃまぜになって、頭と眼がピリピリと痺れたように感じた時、突然世界を塗り替えたように、視界が灰色になった。視覚が色を失い、モノクロームの風景が広がる。それと同時に、見えない範囲の状況が知覚できた。三百六十度、全方位の十メートルくらいまでの範囲、上も下も後ろも物陰でも、どんな形のものがあるのかが分かる。感覚が極限にまで研ぎ澄まされて、見えるのではなくて存在そのものが理解できる。最初の猿は腕を折った猿の背後にいる。見えてはいないが、そこにいると感じられる。背後の地面の状況もわかる。
なんてことだ、地面にナイフが仕掛けてある。その刃は真っ直ぐ上を向き僕に向かって尖っている。いつの間に誰がやったんだ。このまま倒れこんだら背中を貫かれてしまう。だが時間はある。よく考えろ。所詮短いナイフだ。地面に手をつけば背中に刺さることはない。それより足を引っ張る猿だ。こいつらに足を掴まれている限りは全ての動きが狂わされてしまう。先ず、こいつらを始末する。




