表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

ポケットいっぱいのアイラブユー

作者: 猫小路葵
掲載日:2025/08/20

 夏の高原。

「この木なんの木」と歌いたくなるような大きな木の陰で、拓実と並んで涼を取る。

 草の上に寝そべった拓実の横で、夏希は高い梢を仰いだ。

 枝の隙間に夏の空が見えていて、ゆっくり首を動かしてみると、白い陽射しが枝の模様にきらきらと瞬いた。


 視線を下ろし、寝ている拓実を眺めた。

 仰向いた拓実の顔の真ん中で、形のよい鼻がツンと上を向いている。

 拓実が気持ちよさそうに寝息をたてるたび、シャツの胸が上下していた。


 さざ波のようにやって来た夏風が、拓実の髪に触れて揺らした。

 拓実の髪で遊ぶ妖精たちの姿が見えるようだ。

 この俺に断りもなく拓実の髪に触れるなんて、その要領の良さに少し嫉妬する。

 俺だって触りたいのにと夏希は思った。


 拓実の髪、俺も撫でたらおかしいかな。


 周りの目を気にしながら、そんなことを悪戯っぽく考えてみた。

 何年か前なら、やっていたかもしれない。

 けれど、その頃よりは大人になった今、状況に応じてブレーキも掛けられるように成長した。


 髪を撫でることはできないけれど、そのかわり、じっと寝顔を観察した。

 拓実の寝顔なんてもう何度も見てるのに、いくら見ても見飽きないのはなぜだろう。

 拓実がよく、飼っている犬のことを、あいつのことはどれだけ見てても飽きないと話す。

 それと同じなのかな――夏希はこっそり笑った。


 草の上で眠る拓実に、風がまたどこからか吹いてくる。

 なんとなく、その寝顔に呟きたくなって、唇をひらいた。


「拓実、好き」


 拓実、好き――

 口にするたび、この胸のポケットがいっぱいに膨らむ気がする。

 嬉しいような恥ずかしいような、そしてちょっと切ないような……

 そんな思いが溢れそうになり、いつも慌ててしまう。

 どうしよう、困ったな。ここから逃げ出したい――

 そうやって戸惑うたびにポケットを押さえるのだけれど、また何度でも言いたくなるから不思議だった。


「好き」


 するとそのとき、眠っていたはずの拓実の口元が不意に歪んで、拓実が吹き出した。

 はっとして黙った夏希の前で、拓実がそろりと目をあける。

 拓実は寝転んだまま、にやりと笑った。


「そりゃどうも」


 夏希の顔がみるみる赤くなる。

 寝顔にそっと好きだなんて、そんな恥ずかしい独り言を聞かれてしまうなんて。

「なんだ拓実、起きてたの」

 可能な限り平静を装って、そうたずねる。

「うん。はじめはほんとに寝てたけど」

「そっか」


 夏希は素知らぬ顔でやり過ごそうとするけれど、なにせ心臓がドキドキと騒がしい。

 拓実は相変わらず寝転んだまま、そんな夏希をうれしそうに見上げていた。


「夏希ってさ、ときどきほんとに可愛いよね」


 拓実がじっと見てくるが、あくまでスルーする。

 夏希は手元にはえていた細い草を一本引き抜き、意味もなく、ねじったり結んだりした。


「ね、なっちゃん?」

「その顔やめろ」

「え、俺ヘンな顔してる?」


 拓実は片手で自分の頬を触りながら、「うれしくて、つい」と言って笑った。

 夏希が持つ一本の草には二つ、三つと結び目ができていく。

 目を合わせようとしない夏希を、拓実はそれでも楽しそうに眺め、話を続けた。


「もちろん夏希は可愛いだけじゃなくて、かっこいいトコもいっぱいあるけどな」

「無理しなくていいよ」

「無理なんかしてないよ」

「男のくせに、やることが乙女だと思っただろ」

「思ってないって」


 拓実は微笑み、草の上で姿勢を変えて、頭上の枝葉を見上げた。

 拓実の瞳に小さな木漏れ日が映った。

「まあ、可愛くても、かっこよくても……」

 そして再び夏希のほうを見て、その横顔に言った。

「どんな夏希も好きだよ、俺は」


 好きだよ――

 どんな夏希も、変わらずに俺は――

 拓実がそんなことを口にするたび、この胸のポケットが弾けそうになって、慌てて手を当てる。


「俺がぞっこんだってこと、内緒だぞ」

 茶目っ気のある声に夏希が拓実を見ると、拓実は人差し指を唇の前に立てた。

「誰にも言うなよ」

 それから意味ありげに少し笑って、付け加えた。

「夏希の独り言も秘密にしといてあげるから」


 憎らしいその顔に向かって、夏希は持っていた草を投げた。


「バカたく!」


 それだけ言い捨て、立ち上がって木陰から飛び出した。

 太陽光線が眩しく目を射し、世界がハレーションを起こす。


「夏希!」


 背中で拓実の呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返らずに草の上を駆けた。

 それを拓実が追いかけてくる。

 夏希、と名前を呼びながら。


「待てよ、夏希!」


 拓実に名前を呼ばれるたび、この胸はいっぱいになる。

 嬉しくて恥ずかしくて、そしてちょっと切なくて胸がいっぱいになる。

 どうしよう、困ったな。ここから逃げ出したい。

 零れそうなたくさんの思いに戸惑うけれど、だけどそれでも――


「夏希、待ってったら!」


 何度でも呼ばれたい。

 君にも触らせてみせたい、このいっぱいに膨らんだ、君への思いが溢れる胸のポケットを。


 夏草の上を駆けながら、背中に拓実を感じていた。

 振り返らなくてもわかる。

 ほら、今――


「よっし、つかまえた!」


 君が追いついた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ