第六話:懐かしい響き
"立ち話もなんだから"。
と、コロちゃんに連れられて入ったカフェ。
時間的に混むのは仕方ないとして、見渡す限り、若い女の子でいっぱいだった。
「───さすがに、この時間は混んでるね。」
「前にも来たことあるの?」
「ううん。一番近かったから入っただけ。
気になるなら、別のお店探そうか?」
「わたしは、どこでも、いいけど……。」
「私もいいよ。」
コロちゃんは全く動じなかった。
元から"カフェにもケーキ屋さんにも堂々入れちゃう男子"だったけど、より堂々としている。
周り女の子ばっかじゃん、と卑屈にならない。
お金払えば誰来たって一緒でしょ、と横柄になるでもない。
誰もコロちゃんを不審な目で見ない。
わたしの目から見ても、コロちゃんと周りの女の子たちに差異はない。
「みんな写真撮ってるね。」
「そう、だね。
SNSに上げるんじゃない?」
「内装イイ感じだもんね。こっちも一枚撮っとく?」
「いいよ。」
「え、私を撮るの?」
「違うの?」
「私が撮ろうか、ってつもりで言ったんだよ。」
「ええー。いいよ、わたしは。
普通の格好だし、あなたと違って───」
「私と違って?」
「……なんでもない。」
なんなら、生まれついての女性であるわたし達以上に、コロちゃんの方が洗練されたお姉さんだ。
「なに飲む?」
「んと……。」
「私はソイラテにしようかな。」
「あ……。
じゃあ、わたしは、カプチーノにしよう、かな。」
ソイラテ、今でも好きなんだな。
前と今とで変わったところがあれば、変わらないところもあって、いちいち混乱してしまう。
同一人物なんだと、認識をアップデートさせたはずなのに、鼬ごっこみたいにバグの発生が繰り返す。
「わ、見てこれ。こんな大っきいのに700円だって。」
「安いね。」
「パンケーキって、少ないなら少ないで文句言うくせに、大きかったり多過ぎたりすると、こんなに要らないって思っちゃうよね。」
「そうだね。」
気まずい。
なんでこんなに気まずいのって、そりゃそうか。
彼が彼女になった衝撃で、つい忘れそうになるけど、わたし達にはそもそもの前提がある。
五年のブランクがある元恋人と再会。
こんな滅多な状況を楽しめる人は、よほど面の皮が厚い。
「昔はなんだかんだって平らげたものだけど、最近はぜんぜん駄目。特にクリーム系は、すぐもたれちゃって。
寄る年波ってやつ。」
会って話がしたかったんでしょう?
したかった話は、パンケーキがどうだ、寄る年波がなんだの世間話じゃないでしょう?
深刻な内容だからこそ、まずは注文したものが届いてから、仕切り直そうとしているの?
「───お待たせしました。ソイラテのお客様?」
「私です。」
「こちらは、カプチーノになります。
熱いのでお気を付けください。」
「ありがとうございます……。」
ほら、注文したもの届いたよ。もう邪魔は入らないよ。
わざわざ会ってしたかった話、していいよ。
「お砂糖いいの?」
「今日はいい。」
コロちゃんも気まずい、のかな。
わたしほどじゃないにせよ、緊張してるのかな。
だったら、コロちゃんの気持ちが整うまで、待ってあげようか。
大丈夫。まだお昼だし。今日一日フリーだし。
気まずいのはお互い様って分かってれば、沈黙も痛くない。
「そのまんまでも飲めるようになったんだ?
甘くしないと美味しくないって、昔は言ってたのにね。」
受け身でいいんだよ。
自分から行動起こして上手くいった試しないんだから、自分が何とかしなきゃって焦らなくていいんだよ。
自分で貧乏くじ引きにいくとか、馬鹿のすることなんだよ。
「どうして」
そうだった。
わたし、馬鹿なんだった。
「どうして、今になって急に、連絡したの。
会いたいなんて言ったの。」
「………。」
「もう、必要ないはずでしょ。
ただの友達なら、あなたなら、わたし以外にいくらでも、代わりがいるでしょ。」
「トロちゃん、」
そんな顔しないで。
懐かしい名前で呼ばないでよ。
「前までのわたし達とは、違うでしょ。
あなたも、わたしも、前とは違う。前と違うあなたに、わたしが出来ることなんて、もうないでしょ。
だからわたしは、あなたから───」
どうして、わたしは、いつも、ずっと。
なりたい自分に、自分から遠ざかってしまうんだろう。
「……ごめん。こんなこと言いたいんじゃない。」
「うん。」
「いきなり本題入ったら、わたしがビックリするから、空気温っためようとしてくれたんだもんね。」
「うん。」
「ごめん。」
「ううん。
言いたいこと分かる。謝らないで。」
気持ちが整っていなかったのは、わたしだ。
短く深呼吸して、カプチーノを一口飲む。
「私の話したいことと、君の聞きたいこと、どっち先がいい?」
「わたしはどっちでも。」
「なら先に聞いて。」
「いいの?」
「先に君の疑問とか色々ぶつけてもらって、それに答えながら私も話すよ。」
「わかった。
どこまでなら聞いていい?」
「なんでも聞いていいよ。」
「それだとコッ───。
……あなたの気に障ることにも、踏み込んじゃうかもしれないし。」
「いいよ。なんだって、いい。」
万が一にも聞き耳を立てられるのを防ぐため、あの日は個室のあるカラオケ店を選んだ。
対してここは、仕切りがある程度で、流行りのカフェで、混雑する時間帯だ。
「それより今、"コロちゃん"って言おうとした?」
「ごめん。さっきも反射で───」
「いいってば。
ふ。ほんとに、懐かしい。」
なんでも、聞いていいのか。
答えたくない質問は拒否できるとして、質問をしていいのか。
万が一聞き耳を立てられたとして、見ず知らずの他人に、個人情報が漏れて構わないのか。