第五話:綺麗になったね
コロちゃんとお別れして、はや五年。
この間にわたしは、三人の男性と交際一歩手前までいって、三人とも駄目になった。
一人目は、雰囲気がちょっとコロちゃんに似た、おっとりタイプの人。
でもコロちゃんと違って、おっとりの仕方が自分勝手というか、単に協調性がない人だった。
二人目は、コロちゃんとはあんまり似てないけど、真面目そうな人。
コロちゃんと違うのはいいとして、自分が真面目にやっているんだから君も貞淑でいてくれと、価値観を押し付けてくる人だった。
三人目は、コロちゃんとは似ても似つかない、半分ケモノみたいなオラオラ系の人。
いっそコロちゃんとは真逆の人のほうが、新しい恋に踏み出せるかと期待したけど、普通にわたしの嫌いな要素をマシマシに盛ったウンコマンだった。
三人が三人とも、別に悪人ではなかった。
最後のウンコマンだって、わたしにとってはウンコマンでも、そういう男性が好みって人には絵に描いた王子様かもしれない。
コロちゃんに似た男性が相手だと、コロちゃんを忘れられなくて駄目だと言い。
コロちゃんに似てない男性が相手だと、コロちゃんを思い出して駄目だと言い。
何人もの男性を値踏みするような、何人もの男性とコロちゃんとを比べてしまう自分を、一番最低だと嫌悪する。
『お久しぶりです。』
そうして気付けば、五年もの歳月が流れていた、今日この頃。
わたしの使い古したスマホ宛てに、当のコロちゃんからメッセージが送られてきた。
『急に連絡してごめん。山口五郎だった者です。
無事に送信できてるってことは、そっちのIDも変わってないんだね。
ブロックもされてないみたいで良かった。』
"お友達に戻りましょう"の体で別れたから、連絡先は残してあった。
ただ、残してあっただけで、実際に連絡し合うことはなかった。
大学卒業のすぐ後から、わたしは電話もメッセージも送らなくなった。
返信が必要な場合にも、最低限の受け答えで済ませていた。
それで多分、察したんだろう。
コロちゃんからも段々と連絡してこなくなり、やがて音信不通となった。
「(なんで、今になって。)」
てっきりコロちゃんは、わたしのことなんか忘れてしまったと思っていたのに。
まさかコロちゃんも、わたしの連絡先を残していて、自分の連絡先も変えずにいたなんて。
知らず知らずと同じ行動を取っていたことに一瞬嬉しくなり、いけないいけないと我に返る。
『本当に久しぶり。元気にしてた?』
『うん。そっちは?』
『なんとかやってるよ。
でも改まってどうしたの?なにか大事な用?』
『実は、会って話せないかなって。』
『それって直接会わないと出来ない話?』
『勝手は重々承知だけど、できれば。
もちろん、気が乗らないなら無理にとは言わない。
時間が必要ってことなら、何日かかっても君のタイミングを待つよ。』
"山口五郎だった者"。
口ぶりからして、少なくとも"五郎"ではなくなったらしいことが窺える。
その上でとなると、五郎でなくなった彼と、彼から彼女になったコロちゃんと、初対面するということになる。
耐えられるだろうか、わたしに。
彼への未練を抱えたままのわたしに、彼女の今を受け止めきれるだろうか。
晴れて女性になったコロちゃんを、心の底から祝福できるだろうか。
『分かった。会おう。』
恐怖があって不安があって、迷いも躊躇いもするけれど。
あの日のカミングアウトと同じで、きっと精一杯の勇気を振り絞って、わたしに会いたいと言ってくれている。
ならば、応えよう。
恋人だった者として、他人になった者として。
最後で最初で最後のお願いに、こちらも精一杯報いよう。
そして、不完全燃焼に終わってしまった"山口五郎との関係"を、今度こそ清算しよう。
これきり、互いを苛む悔悟の念から、解き放たれますように。
「───久しぶり。」
後日。
彼との待ち合わせ場所によく使っていた駅前へ向かうと、一人の女性が話し掛けてきた。
「あの日以来、だね。」
いつも、約束の15分前には先回りしていた彼。
今日も今日とて、まだ10分も余裕があるにも拘わらず、先回りをして待ってくれていた。
「コロちゃん……?」
「うん。」
ライトベージュのセットアップに、
モスグリーンのハンドバッグに、
チャコールグレーのアンクルブーツ。
取り決めていた目印と一致する。
でも、俄に信じられなかった。
照らし合わせてなお、目の前の女性がコロちゃんだとは、信じ難かった。
「ほんとに、コロちゃん?」
「うん。
ふふ、懐かしい響き。」
女性だ。女性なんだ。
完璧な女装を披露してくれたあの日以上に、完璧に普通に綺麗な女性。
慎ましい胸の膨らみと、笛の音を思わせる高い声は借り物として、多くは努力の賜物だろう。
モデルさん。または女優さん。
美しく、カッコよく、ある意味で強さをも内包する。
往来の人々が、つい羨望の眼差しを向けてしまう有り様なんて、まさしく。
「ごめん、さすがに、ちょっと引くよね。」
ああ、もう、わたしの愛した山口五郎は、どこにもいないのか。
分かっていたけど、やっぱり悲しいけど、辛いけど。
ふとした瞬間に出る、かつての面影が、山口五郎は死んだわけではないと教えてくれる。
目の前の彼女と、思い出の中の彼が同一人物であることが、悲しくて辛くて、たまらなく嬉しい。
「綺麗になったね、コロちゃん。」
綺麗になった、と。
皮肉にも取られ兼ねない台詞が、とっさに口を衝いた。
とっさの判断もできないほど、心の底から漏れた本音だった。
「ありがとう。」
コロちゃんは、わかってるよって、笑った。