第三話:秋風は王子様を連れて
自称するのもなんだけど、わたしはモテるほうだ。
色白で童顔で背が小さくて、ついでにおっぱいがFカップある。
みんなが憧れる女優さんやモデルさんなんかには程遠いけど、男ウケのいい容姿に生まれたことは早くから自覚していた。
たしか、中学生の頃には既に。
「───六花ちゃん大丈夫ー?顔色めちゃ悪いよー?
いよいよしんどくなったら、オレにSOS出すんだよー?」
「───六花ってなんか危なっかしいつかさ、放っとけないんだよな。
また困ったことあったら、いつでも俺を頼んな。」
「───門戸さんって本当、頑張り屋さんだよね。たまに心配になるくらい。
せめて僕の前でくらいは、弱音零したっていいんだよ?」
おかげさまで、なにかと得をさせてもらってきた。
かわいいから、か弱そうだからって理由で、守ってくれる人、諂ってくれる人が常に周りにいた。
言わずもがな、ほとんどが男の人だ。
「───あいつって表じゃ清楚ぶってっけど、裏ではかなーり遊んでんしょ?」
「そうなん?」
「まー、あの顔と体だしな。さぞおモテになるんでしょう。」
「そういや木下の友達、前ヤッたことあるって。」
「それ言うなら、うちのサークルにも何人かいるぜ。食われたってやつ。」
「まじ?」
ただ、得が多いイコール、損が少ないわけではない。
体感で言えばむしろ、得よりも損だと感じる場面の方が、ずっとずっと多かった。
「なんだよ、結局は友達の友達がーって話ばっかじゃん。」
「実体験のやつ居ねーのかよ。」
「じゃ確かめに行けば?」
「どういう。」
「"お前ヤリマンなんしょ?俺も一発お願いしていい?"。」
「まさかの直談判。」
「やばそれ。」
彼らは、わたしに、門戸六花という人間に興味があるんじゃあない。
色白で童顔で背が小さくて、おっぱいがFカップある若い女という器に、性的な価値を見出しているだけ。
「───ったく、どいつもこいつもさー。
マジ碌な奴いねーのな。」
「───あんま気にすんなよ。
しょせん噂だって、分かってくれる人だけ信じればいい。」
「───他の人がどうかは知らないけど。
少なくとも僕は、僕だけは、君の味方だからね。」
最初は守ってあげたい、支えてあげたいって近付いてくる。
勝手に騎士さま気取りで、自分は不逞の輩じゃないですよって誠実アピールしてくる。
「───そうだ。今度ふたりで飲み行こうよ。
たまにはパーッと、嫌なこと忘れてさ。」
「あ……。」
「こういうのって、同性の友達にも相談し辛かったりするでしょ?
おれ口堅いし、愚痴でもなんでも聞いてあげるよ。」
「そ、じゃなくて……。」
「あ、なんなら一日、どっか遊び行こっか?
駅前に新しい店入ったっていうから、そことか───」
「いかない。」
「え。」
「き、気持ちは有り難い、けど。
男のひと、付き合ってない男の人、と、ふたりで出掛けるとかは、しないから。」
「……なに、それ。」
そのくせ、小細工が通じないとなるや、掌を返す。
体しか取り柄がないくせに、お高く留まってんじゃねーよと、唾を吐き捨てる。
「え、なに?もしかして警戒されてる?」
「………。」
「まさかおれが、遊び行ったそのままホテル連れ込むとか思ってんの?」
「そ、ゆ、わけでは……。」
「いや思ってるでしょ。
おれは純粋に、六花ちゃんの力になりたいってだけなのにさ。
なに?ほんとはずっと、そういう目で見てたわけだ?おれのことそういう男って?」
「だからそういうんじゃ───」
「だいいち、変に思わせぶりな態度とるから誤解されんでしょ。
マジで男除けしたいんだったら、もっと化粧薄くするとか、スカートは履かないとか徹底すりゃいいのに。」
「………。」
「しょっちゅう男に絡まれて困ってますーみたいな顔して、実は結構楽しんでるんじゃないの?」
"あわよくばヤれそうな女"。
"エロいのに清純ぶってる女"。
"彼女にしたらステータスになりそうな女"。
"彼女にするには最高だけど、結婚相手には望ましくない女"。
"かわいい"は、あくまで容姿の話。
"か弱そう"は、支配しやすそうの裏返し。
どんなに壁を作っても、耳を塞いでも、心臓を裂くような雑音は、わたしの中に入ってくる。
「火のないところに煙は立たないんだよ。」
好きでこの容姿に生まれたんじゃないのに。
性的な目で見てくれなんて頼んでないのに。
「───六花さ、最近ジム通い始めたんでしょ?」
「へー、珍しい。」
「なにきっかけ?」
「んー、イメチェンしたいなって思って。」
「イメチェン?」
「どんな風に?」
「こう……。マニッシュ系というか、女っぽさとは逆をいくような……。」
「えー、六花がぁ?」
「想像できん。」
「ていうか、なんでまた急に?今の感じで普通に合ってるじゃん。」
「でも、スカート履いてるってだけで、因縁つけられることもあるし……。」
「つまり男どもに狙われないようにするために、本来の自分を捨てると。」
「そんなん尚更ダメだって。
どんな格好しようと、それはそれで集まってくるに決まってる。」
「お、男がどうとかを抜きにしても、"カッコイイ"への憧れは前からあって───」
「いやいや。」
「いやいやいや。」
わたしだって、本当は、なりたい自分になりたかった。
男ウケじゃなくて、同じ女にモテるような、カッコ良くて強い女性になってみたかった。
下手くそなりに、精一杯、努力したつもりだった。
「六花には似合わないって。」
いいや、もう。
どうしたって、わたしがわたしである限り、わたしの望みは叶わない。
わたしは一生カッコ良くも強くもなれないし、わたしを人として好きだと言ってくれる人も現れない。
「───六花ちゃんて可愛いよなー。」
「───門戸さんて可愛いけどさー。」
道を歩けばナンパされて、電車に乗れば痴漢されて。
気持ち悪い人たちや心ない人たちから、タッチの差で好かれたり嫌われたり、憎まれたりして。
「───男ウケの塊みたいでさ。」
「───女ウケは最悪だよね。」
いつか30歳を越えた頃には、ピークが過ぎたって嘲笑われて。
性的な価値がなくなったら、生きてる価値そのものがないって後ろ指をさされて。
「ま、誰も本気で相手にはしないか。」
そんなのが、わたしの人生に違いないんだって。
「───ここが運命の分かれ道。」
諦めた矢先の王子様。
出会うべくもなかった運命の彼を、秋の風が連れて来てくれた。