94 コンクール前の通し練習
大会三日前。
店を閉め、マナはショーケースの照明を落とした。
時刻は十八時。
静まり返った店内に、冷蔵庫の低い駆動音だけが響いている。
松永とマナは、いつもとは違う緊張感をまとっていた。
今日は、土台となる桃のケーキの制作、
ピエスモンテのパーツ作り、そして組み立てまでを本番と同じ流れをすべて通して行う日だ。
各工程のタイムはすでに目標をクリアしている。
残る課題は、集中力を切らさず、最後まで作り切ること。
「マナ。俺は今から、審査員の一人としてお前の近くに立つ」
低く、淡々とした声。
「わかりました」
「十八時半から二十一時半までだ」
二人は同時に時計を確認する。
「……わかりました」
(空気が、ピリピリしてる……)
松永の表情は、いつもの優しいものではない。
ただひたすら、職人として、審査員として向き合おうとしている。
(松永さんが、ここまで真剣なんだ……。私も、応えなきゃ)
――開始まで、あと十分。
マナはトイレを済ませ、念入りに手を洗浄した。
爪の先まで確認し、深く息を吐く。
一方、松永はバインダーに評価シートを挟み、静かに目を落としている。
その横顔は、まるで別人のようだった。
作業台を、もう一度アルコールで拭き直す。
(これは……清める感じ。
心を落ち着かせるための、私なりの儀式)
十八時二十九分。
松永はデジタル時計をマナに向けた。
そして、事務的な声で告げる。
「では、出場者の方は一度作業台から離れてください」
(練習なのに……心臓、うるさい……)
「――開始してください」
その言葉と同時に、マナは目を見開いた。
計量から、スタート。
卵、グラニュ糖、薄力粉……手が自然に動く。
松永の視線は鋭く、ただひたすら、マナの手元だけを追っていた。一切の私情を排して。
ケーキと、出場者を評価するために。
続く。




