93 勘違いしそうになる
家に帰り、お風呂に浸かった途端、ふっと昼間の光景が胸によみがえった。
松永さんに、あのとき抱き寄せられた瞬間——
優しくて、でも驚くほど力強かった腕の感触。
思い出すだけで、心臓がじんわり熱くなる。
……つい、勘違いしてしまいそうになる。
でも、松永さんは優しい人だ。
困っている人がいれば自然に手を伸ばしてしまう、そんな人。
だからあれも、私じゃなくても、同じようにしてくれたのかもしれない。
そう思おうとしたのに——
『ただの従業員なわけないだろ』
あの低くて真っすぐな言葉が、耳の奥でくっきり蘇る。
視線まで優しくて、逃げられないみたいだった。
「松永さん……」
ふと声がこぼれる。
胸の真ん中が、ぎゅっと痛いほどに締めつけられる。
「もし、私から告白したら……やっぱり困らせちゃうのかな」
フラれてしまったらどうなるんだろう。
二人しかいない厨房で、気まずくなって……
それが怖くて、想像しただけでお湯の中でも震えそうになる。
ぼうっとしてきて、頬がさらに熱くなる。
「……危ない、のぼせそう……!」
勢いよく浴槽から出て、頬を手のひらで冷やす。
「松永さん……」
名前を呼ぶたび、胸の奥が甘く疼いた。
「大会まで、あと一週間……集中、しなきゃいけないのに……」
気を引き締めようとしても、頭の中で何度も松永さんの顔が浮かぶ。
熱は少しも冷めてくれなかった。
続く




