9 材料に感謝を
松永が軽トラの運転席に乗り込み、マナは助手席にちょこんと座った
「今から卵と牛乳、仕入れに行くから」
「はっ、はいっ!」
軽トラがゆっくり動き出すと、街の風景が少しずつ緑に変わっていく。田んぼが広がり、空が高くなる。
マナはこっそり首をかしげた。
ホテル勤務では、卵も牛乳も決まった時間に業者が届けてくれていた それが当たり前だと思っていた。
(自分で仕入れに行くんだ……)
松永はハンドルを握ったまま、ちらりとこちらを見る。
「マナちゃん、鶏とか牛とか平気?動物苦手じゃなかったか?」
「えっ、あっ……大丈夫です!」
「ならよかった」
(鶏?牛?……まさか見るだけじゃない……?)
「もうすぐ着くよ」
ほどなくして、“小林ファーム”と書かれた看板が見えてきた。
「ここの小林さんのファームで新鮮な卵と牛乳仕入れしてる。たまに手伝いしてその代わりに安く仕入れさせてもらってる」
「そう…なんですね…」
柵はニ重になっていて、進むと大きい一軒家が見えて、六十代後半くらいの女性が手を振っている
「松永君いらっしゃい」
「小林さんこんにちは。この子うちで働いてくれる瀬川マナさん、よろしく」
「よろしくお願いします!」
「マナちゃんよろしくね。今日は卵集めて貰おうか」
小林さんの後について行く
「小林さんが育ててる卵は餌にこだわっていて、卵黄はコクがあって、卵白は余分な臭さはないんだよ」
「そうなんですね…」
柵の扉を開けるとかなりの広さで、小さい小屋が2つあり、鶏達が放し飼いになっていた。
「平飼い卵なんですね」
「柵の中の鶏小屋で産んでくれる子がほとんどなんだけど、たまに向こうの道具小屋とかに隠れて産んじゃうのよ。ほとんど有精卵だから回収しないと……全部ひよこになっちゃうのよ」
小林は笑いながら話す。
「俺は鶏小屋で卵回収するから、マナちゃん向こうの道具小屋探してくれるか?」
かごを渡される。
「わかりました」
道具小屋には農業で使われるクワや釜等が掛けてあり、古い機械などが置かれていた。
鶏がこんな所にいるのかと探していると。
脱穀機の近くに羽が落ちていた。
マナが脱穀機の下のスキマを見ると
コケっ…
奥にいた鶏と目があった。
卵を温めている。
「こんな所にいた!」
スキマは狭く、身体が入らず
手を伸ばすしか無く鶏の下の卵を取ろうとすると
「あっいたた! 痛っー!」
手を激しくつつかれる。
「ごめんね……温めてる途中だったんだよね……」
マナは鶏の体をそっと横にずらして、下にあった3つの卵をそっと取った。
かごに並べてから振り返ると、さっきの鶏が黙ってこちらを見ていた。抵抗する様子もない
ただどこか、寂しそうだった。
今まで、納品された卵をただ使っていた。
でもこうやって産んでくれる命がいて、それを分けてもらっているんだ。
マナは胸の奥に、すとんと重たい感覚が落ちた。
道具小屋を出ると、遠くで松永が待っていた。
(これからは卵を使う時、ひとつひとつちゃんと感謝しよう)
マナはそっとかごを持ち直し、鶏たちのいる方へ頭を下げるように視線を向けた。
次回へ続く