66 好きだったなマナのこと
剪定を終えた畑に、冷たい風が少しずつ吹きはじめていた。
陽は傾き、小屋の影が長く地面に伸びている。
マナは手袋を脱ぎながら、ゆっくりと口を開いた。
「……航」
「うん」
「ごめんね」
「……え?」
「幼稚園の頃からずっと一緒にいて……
毎年、家の手伝いにも来てくれて、
それが当たり前みたいになってて……
まさか、あんなふうに言ってくれるなんて思ってなくて……」
声がわずかに震える。
マナの瞳には、涙がにじんでいた。
「だから、すぐにはうまく返事できなくて。
でもちゃんと考えて……出した答えなの」
「……航のこと……優しいお兄ちゃんにしか見られないんだ」
「航………ごめん……」
「本当にごめん………」
航は、数秒黙ってマナの言葉を受けとめたあと、
ふっと表情をゆるめた。
「いや、俺が勝手に好きになっただけだし」
優しくて、でもどこか吹っ切ったような声。
マナは目を丸くする。
「俺のほうこそ、ごめんな。
プレッシャーみたいになってたら悪かった。……でも、言えてよかった」
「………」
「安心して……今まで通り手伝いにも来るし、うちの収穫のときには勝さんたちとまた一緒に来てよ」
「……いいの?」
「いいに決まってんじゃん。俺たち、幼馴染でしょ?」
マナは、ゆっくりと笑った。
少し涙ぐんでいたけど、その笑顔はまっすぐだった。
「……ありがとう。……これからも、よろしくね」
航は、いつもの笑顔を浮かべて、軽トラへ向かって歩きだす。
夕日に染まったその背中を、マナはまっすぐ見送っていた。
風が、剪定後の枝をカサリと撫でていった。
────
軽トラのエンジンをかけたまま、航の手はハンドルの上で止まっていた。
田んぼ道の空は、夕焼けがすっかり溶けて、深い暗闇に沈んでいる。
「……っはぁ……」
大きく息を吐き出す。
胸の奥が、まだじりじりと熱を残していた。
(そっか……やっぱダメだったか)
自分が言った言葉を、頭の中で何度も繰り返す。
真剣に伝えて、未来の話までして、
あのとき抱きしめたぬくもりも──全部、本気だったのに。
「……俺、なにやってんだよ……」
情けなさ、空しさ、そして、どうしようもない恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。
「……マナが悪いわけじゃないし……ちゃんと伝えてくれたし……でも……だけど……」
言葉にならない思いが、喉の奥に詰まった。
しばらく、ハンドルに額を押しつけて動けなかった。
エンジン音の振動ですら、いまの航にはうるさく感じた。
「……うわぁ……きっつ……」
ようやく顔を上げると、目の奥がじんと熱い。
だけど、泣きたくなんかない。泣くのは、なんか違う気がして。
ただ、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「……好きだったな。マナのこと……ずっと」
そのひと言だけが、まっすぐに胸に落ちた。
そしてようやく、アクセルを踏む気になった。
帰り道のラジオは──今日はつけなかった。
続く




