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56 笑顔の味 心のレシピ

カラカラと扉が鳴る

「いらっしゃいませ」

 

杖をつき、おしゃれな帽子を被った

品のあるおじいさんが店内に入り


ゆっくりと1番奥のテーブルに座った


マナがおじいさんのところにいくと


「ありゃ!? 若い子だねー新人さん?」

「あっはい!」

 

「アメリカン2つ」


「あっはい!」

(アメリカン?……2つ? 後で誰かくるのかな?)

 


松永が横に立つ

「お久しぶりです」

 

「あんた近ちゃんの息子か?」

「はは、息子じゃないけど、息子みたいなもんです」

 

「そっかぁ…」

 


「いつものクッキー2つで」

ニコニコと注文するおじいさん

  


「少しお待ち下さい」



松永がマナにメモを見せる 

「アメリカンは深煎り120ccで出して、後からお湯40cc足して」

「はい」

 

松永は焼き菓子のバタークッキーを袋から出して、グラニュをまぶしてから


鉄板にのせてオーブンに入れる

 

「アメリカンってあんまり聞かないですね。」



「喫茶店だと定番。あのお客さんは5年前の近田さんがやっていた喫茶店の開業当初から来てたみたい」

 


「そうなんですね……お連れさんすぐ来るかな」

マナがドリップにお湯を注ぐ

  



すると、松永は少し目線を落として答える。


「いや……来ないよ」

「えっ…」


クッキーをオーブンから出す


まだらに端が焦げ茶になっていた。


「えっ…? このクッキー縁焦げかけですよ?」



「これでいいんだ」

陶器の皿に盛り付ける


 

「お待たせしました」

 

アメリカン2つを置き、

クッキーを真ん中に置く

 

「近ちゃんの手作りクッキー! ばあさん、これ好きなんだ」



嬉しそうに微笑むおじいさんは窓の外を見ていた。


「しかし…おせぇーな……まだ買い物してるのかな…」

  

「……ゆっくりお過ごし下さいね」

 


──



厨房に戻ると

マナはおじいさんの方を心配そうにみる



「近田さんの奥さんから聞いたけど、お店来たときから少し認知症が始まっていて、3年前に奥さんなくなって……ここに来るとおばあさんに会えると思ってる」

 


「えっ…」


「近田さんの手作りクッキーとアメリカン2つがずっと変わらずで」

 


「俺のクッキーだと色薄いから、少し追加で焼いてる。グラニュ糖まぶして近田さんのクッキーに似せてる」

 


おじいさんは窓をずっと見ている。

 

「想い出の味なんですね」

「そうだな」

 

「昔は奥さんの運転する車で来てたみたいだけど、今日はここまで歩いてきたのかな……」


「おばあちゃんに会いに歩いてここまで…」


 


───


カラカラと扉が鳴る

「父さん!! こんなところに!」

 

駆け込んできたのは髪が乱れ、

慌てた様子の50代くらいの女性

 

「心配したじゃない!! 勝手に出かけないで!」

 


ぽかんとするおじいさん

 

「あんた、どちら様?」

「──っ…!」



泣きそうな顔の後、すぐ睨む

「……お店の人に迷惑だから!帰るわよ!」 


「ばあさん、まだ来てないんだ…」

 

「もう来ないの!……母さんは亡くなったでしょ!」 

「……」



「ほら立って!」

おじいさんの手を取る


  

「ご迷惑おかけしました!本当にすみませんでした!」

泣きそうな顔をして深く頭を下げる

 


「いえいえ、大丈夫ですよ」

松永は微笑む


  

ぽかんとした表情のおじいさんは女性の方を向く

「あんたコーヒー飲むか?」

「はぁ…?」

 


残念そうな顔をして

「ばあさん、なぜか来ないんだ……コーヒー代わりに飲んでくれないか」

 

「はぁ……もうわかったわよ」

 ため息をつきながら席に座る



「ごゆっくり」

松永は厨房に戻っていく 



──


「このクッキー美味しいよ。あんたも食べれるか?」


「……ありがとう」

クッキーを手に取る

  


「俺さ、孫の女の子がいるんだけど、その子が作るクッキーがここのクッキーに似てて、ばあさんと、よく食べるんだ」

「えっ…」 



「それ…私よ……そんな50年も前の昔の事よく覚えるわね……」


 

「『焦げたー失敗したー』って、ばあさんとコーヒー飲みながら、味は美味しいって3人で笑いながらよく食べたんだ」

 


女性の目が潤む


「なんで……そんな事覚えるのに…なんで私の事忘れちゃうのよ……父さん…」

 



下を向き、目頭を押さえながら

「都合の悪いことはすぐ忘れちゃうのに……」

 



「あんた大丈夫か?」

おじいさんはきょとんとした表情。

 


「本当は……ばあさんにあげたかったけど、あんたにやるよ」


ポケットから個包装されたチョコレートを取り出し、そっと渡した。

 

  



「もう……」



「母さんにチョコレートあげちゃ駄目って散々言ってたのに…」

ふっと笑う



「……隠して渡してたのここで?……駄目じゃない父さん…」 



「母さんの事は絶対忘れないのね……」


「仲良しだったもんね……父さん、母さんの事ずっと好きだったもんね……」


ハンカチで目頭を押さえ涙を拭く。




───



女性は優しい表情で

「おじいさん……おばあさん、家戻ったかもよ」

「ばあさん、家にいるのか?」


「私が家まで送ってあげる」


「そうか、そうか、あんたいい人だな」

嬉しそうな顔をするおじいさん


「……一緒に帰ろう」 






女性が深々とお辞儀して

おじいさんと帰っていった。



───



マナはグラスを拭きながら話す。


「おじいさん、おばあさんの事ずっと想い続けていたんですね。」

 


「そうだな…きっと大切な2人の想い出なんだろうな」

 

「おじいさんに最初クッキーが全然違うって言われて、再現するのに時間がかかった…」


 

「やっぱりどんなに修行しても、思い出の味にはかなわないな…」



「心のレシピって感じですね」

マナは笑う



「そうだな…」

微笑む松永


「……その想いに、少しでも寄り添えたらいいなって思ってる」



そう呟く松永の横顔を見つめながら、

マナはグラスを拭く手をそっと止めた。



お客さんの心に残る味って、

なにか特別な材料が入っているわけじゃない。

誰かを想って、誰かと笑顔で過ごして、

その想い出ごと

“笑顔の味”なんだ。




(……いつか、私にもできるのかな)

(“あの人と一緒に食べたい”って思ってもらえる味を)


ほんの少し、胸が温かくなった。


マナはまた、グラスを拭き始めた。


 




続く

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