53 手紙の返事
休み明け
ミキサーの音が止まり、厨房はしんとした静けさに包まれていた。
松永は、チョコレートを黙々と刻んでいた
(……もう何年も前なのに)
(……あんな風に祝われたの、いつ以来だったろう)
「……どうしました? 暗い顔して…」
マナの声に、松永は一瞬、肩を揺らす。
「……いや、なんでもない」
チョコレートをボウルに移し
生クリームを鍋に入れ火にかける
「そういえば、この前の焼き菓子……すごく美味しかった。ありがとう。それと……手紙も」
途端にマナの手が止まる。
(手紙読まれた! 渡したの私だけど……ちょっと恥ずかしい)
洗いかけのボウルを持ったまま、顔だけ赤くなる。
「良かったです! ……わ、わざわざすみません……」
「コーヒーに合うように全部シンプルに仕上げたんだろ? 上手に出来ていた」
「ありがとうございます……」
「松永さん、夜コーヒー飲んでゆっくりするのが好きって言ってたので、それに合わせて作りました」
「……そうか。ありがとう」
「後……俺もマナちゃんが、一緒に働いてくれて助かってる……ありがとう」
松永の顔が照れてみえた
「……?」
マナはハッとする
(手紙の返事だ!)
「いえ! いえ! こちらこそ!!」
マナは顔が赤くなる
「私、洗い物しますね!」
そう言うと、水道の音をやや強めにした。
(なんだ……照れているように見えるが……気のせいか……)
沸騰した生クリームをチョコレートに注ぐ。
松永は、ふと自分の手を止めて思う。
(……明後日、元奥さんが店に来る……)
マナに言うべきだろうか。
いや、部下にわざわざ伝えることじゃない。
妹だったとしても、きっと言わない。
……そもそも、なんで言う必要があるって思ったんだ?
(……なんだろうな、この気持ちは)
伝えるべき言葉がわからないまま、
松永はそっとガナッシュを混ぜ直した。
続く




